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 不動産屋から出てきたのは二人の男性。どちらも黒い服なのは共通しているが、それ以外はまるで対照的だ。片方は背が高く、着ているのはスーツだし、髪も 長く顔の掘りも深い。いかにもタフな見た目の割に、眉間に寄った皺と短めのヒゲのせいで年齢不詳の出で立ちだ。もう一人は、これは一目で一五,六才の少年 だと分かる。白い肌、黒い学生服姿で顔立ちも涼しげだ。隣にいる男の背が高すぎるのでそうは思われないかもしれないが、一応長身の部類には入るだろう。強 いて言えば、やや長めの位置で切りそろえられた銀の髪に違和感があるくらいか。
「案外あっさり決まったね」
「ああいう所も、遊ばせておくよりは使って欲しいでしょうから」
 真木の持つビジネスバッグには珍しくパソコンが入っておらず、かわりに契約書が入っている。
 それは不動産業者との契約、新たに会計事務所がそのフロアを借り切って事務所を新設する、というものだ。名前も何もかもが架空のものであるが、実態だけ はある。パンドラが『船』への|中継所≪ゲート≫として使うのだ。
「じゃあ、物件を見に行きます」
「了解」
 そんな会話を交わしながらも、二人――兵部と真木はひとつのビルに向かった。

 オフィス街、ガラス張りの近代的なビルの6階。真木も兵部も、その事務所に入るのは初めてだった。
 磨りガラスを使い前の法律事務所の名が刻まれた入り口を手動で開ける。真っ先に目に入るのは相談窓口然とした事務的な接客スペース、その奥が事務員の執 務スペース。見た目、ごく普通の事務所である。前に入っていた法律事務所が社員もろとも夜逃げ同然にいなくなってしまったらしく、デスクも書架も事務用品 もそのままで、明日からでも使えそうだ。
「こりゃあ、いいね」
「確かに」
 不動産屋の提示した契約条件には前事務所が置いていった様々のものを「自由に処分」してくれとあった。色々な手間が省けるというものだ。パンドラは最 近、少しばかりコメリカでの活動で忙しいので。
 なのに、何故兵部自らがここに来ているかというと。
「あそこだね」
 僅かに細めた兵部の目がそれをとらえる。左斜め下側に見えるビル。濃いグレーの壁面に、整然としたガラス窓が並ぶ中層建築だ。
「ええ。――明後日、あそこのビルで事故が起こる」
 パンドラの|予知能力者≪プレコグ≫が目下にあるビルで起こる事故を予知し、更に、幹部会議の結果そこに駆けつけてくるのがバベルの至宝「ザ・チルドレ ン」である可能性が高いということになった。予知能力≪プレコグ≫は精度の高い能力ではないが、チルドレンと聞いて兵部が動かないはずもなく。
 折しも近くに|中継所≪ゲート≫を作る話があった所を、ちょうどそのビルが見える場所に絞り込んで借りにきたのだ。
 あいにくオフィス街なので借りられたのは事務所だったが、これなら身分の偽装もできて一石二鳥だと真木も思う。
「こっちが、所長室か」
 ドアを開けて入り込んでいく兵部の後ろ姿を追って、真木もまた奥へと入り込んでいく。
 やけに青々しい観葉植物は造花なのだろう。窓際にどっしりとしたつくりの応接セットが、その手前に大きなデスクが置かれてある。
「ここからも、見えるんだね」
「そのようですね」
 しかし予知による事故現場――ビルの正面、一階のショッピングフロアへのタンクローリーの激突は、角度的にはオフィス側のほうが見やすいだろう。六階と いう高さは監視に適しているのかいないのか、少し微妙でもあるが。
 窓際に寄ったついでとばかりに応接ソファに兵部が座る。
「埃っぽくないですか」
「全然。ほら」
 ぽんぽんと脇の一人がけ椅子を軽く叩くと真木をそこへ座らせる。確かに、埃っぽいとか汚れたという感じはしない。人の気配がないのを除けば立派な事務所 に見える。
 応接用の机のほうも塵が降りていないのを確認してから、真木はビジネスバックをそこに置いた。
「あとは登記簿の登録や税務署への届け出等が残ってますが、そちらは急がなくても……」
「それより」
 兵部が真木の言葉を遮ると、真木の手も止まる。見ると兵部は少しいたずらっぽい顔で笑っている。
「しない?」
「は?」
 何を。そこまで考えると嫌でも想像できた。できればそれは回避したい。常識的に考えて。
「念のために聞きますが……なにを」
「セックス」
 ――でしょうね。
 多分押し切られるのだろうなと予測はしながらも、一応常識論は提示してみるべきだろう。
「こんな所でそんな事、なんて、駄目でしょう。普通は」
「なんでー?奉仕するからさー」
 長めの銀髪をなで上げると中腰になる兵部。に、思わず仰け反りながら両手を胸の前に出す真木。
「奉仕…って、そ、そんなことしなくていいですからっ!ほら、最近忙しくて疲れてらっしゃるでしょう?」
「そうだよ。忙しいのには飽きちゃった」
「……飽きないで下さい」
 せっかくゲートを設置するためにあれこれと動いているというのに。真木は時差の関係上自室に戻る機会すら失いつつある。それを飽きた、の一言で片づけら れると泣きも入るというものだ。
「だってさー」
 唇を突き出して不満そうに言うには。
「君のいない夜にももう飽きた」
「……」
 不意打ちだった。真木の心臓が跳ねる。
 愛しい人にそう言われてしまうと、思わず目線を伏せてしまう。少し顔も赤くなっているかもしれない。
「どうせ今夜も、船には戻れないんだろう?」
「……はい」
 言うとおりだった。もちろん兵部が真実命じれば、真木どころかパンドラ全てが活動を停止するだろうが。
「その分、ここで埋め合わせ。…ね?」
 いつの間にか兵部は真木の目前にまでにじり寄って来ていた。こういう時の兵部には逆らえない。素直に聞いておけばよかったと思うような目には何度も遭わ されたし、真木自身、彼を抱くこと自体はこの上ない喜びだと思っている。
 だからこそ、きちんとした場所で、たっぷりと相応の時間をかけて存分に愛したい。
 兵部に言ったらきっとじじむさいとか言われるかもしれないが。
「しかし」
 せめてちゃんとしたところに行きたい。けど言い出しにくい――そんな煮え切らない真木の態度に、兵部の堪忍袋の緒が切れた。
「あーあ。君ってやつは、まったく」
 目の前に立ちはだかったかと思いきや、真木の両足をむんずと開きながら体を挟めるように床に膝立ちになって、足の付け根のところへと手を伸ばす。
「ちょ、ちょっとっ、駄目ですって!」
 真木の長身には少し狭いソファで抗い、離れようとするが、兵部は自分の両肘で真木の両股をがっちりと固定している。気が付くとその手はベルトを外し終わ り、スーツの隙間から下を露わにしようとしている。
「しょ、少佐っ、それは……!」
 前を開けられ、下着ごしに触れられると、真木の負けだった。
「……!」

 兵部にやめさせるためだったはずの腕が動きを止める。露骨すぎる自分の反応に顔を背けるも、そんな ことには構わずに兵部は下着の中から真木の半勃ちになったものを取り出して空気に晒す。
「少、佐…っ」
 そもそも兵部がセックス、などとあからさまなことを言った時点で少し大きくなっているのに、兵部はためらいなくそれを口に含む。
「、ん、っ」
「――ぁ」
 兵部の口に、息を詰めながらも半分以上をすっぽりと包み込まれて。普段大きくなっている時では届くことのない場所への舌の動きが、どうしようもなく劣情 を煽る。
「……っ……」
 罪悪感とともに目線を下ろすと兵部の睫毛が見える。時々ぱちぱちとまばたきするその動きを見るともなしに見ていると、ふいに目を閉じた。と思うと、真木 のものを吸い上げられる。
「――!」
 情けなくも歯を噛みしめて、男の欲望を食い止める。――吐き出したい、という。
 クス、と兵部が鼻で笑う。
「すっかり大きくなっちゃってるよ、真木。ずいぶん気持ちいいんだね?」
 これではまるきり犯されている気分だ。己の口腔から解放した真木の屹立をチロ、と舌で舐める顔はぞくりとするほど隠微で。
 加えて、兵部は気付いていないかもしれないが、すぐ脇は窓で、少し首を動かすだけで外が丸見えなのだ。白昼から、見られるかもわからないような場所で兵 部に弄ばれている。
 度し難いとわかっていながらも、精が集まっていく。兵部の掌の中のものへ。
「もう口じゃ、銜えきれないかなぁ」
 裏側を絞るようにされると、真木の先端から透明な雫が漏れだしてきて、それをまたちゅ、と唇で吸われ、更に舌で先端を刺激されて。
「!いいかげんにっ……」
 兵部の両脇に手を入れて体ごとひっぱりあげる。不満そうに兵部が睨みつけてくる。
「なんだよ、真木。僕に奉仕されるのがそんなに嫌なの?」
「じゃなくって、ですね」
 ようやく兵部の手と口の拘束から解放され、少しだけ冷静な自分が戻ってくる。
 しばらく会えなくて、その、溜まっている、のは自分もそうなのだ。
 なのに久しぶりの接触が兵部の口の中への吐露だなどと、いくら何でも情けなさすぎる。
「僕ヘタになった?よくない、わけないよね。オフィスで、上官を跪かせて口でさせる、なんて、男の浪漫だと思うのに」
「……その妙な例えには、賛成も反対もしかねますが」
 真木は太股の上に兵部の膝を預けさせてから、上気してうっすらと色づき始めた唇に自分の唇を重ねあわせる。
 途端に、嬉しそうに兵部の舌が入り込んできたのて、しばらくしたいままに任せる。けれど退く姿勢を見せたなら、すかさず攻勢に転じてキスを続ける。こと セックスに関しては、誘うのと、追われるのとが好きで、待つのと、追うのは好きじゃない、それが兵部だ。だから攻守を入れ替えて何度もキスを繰り返す。
「……んっ……ふ」
 薄く目を開くと、快感に目を閉じた兵部の瞳の周りが赤くなっているのがわかる。
 挑発的な口淫や妙な屁理屈よりも、この顔を見ているほうがずっといい。
「、ぁ……」
 真木が唇を離す。と、兵部はどこか悲しげにも聞こえる声をあげ、瞼を開いて真木を見る。
「あなたは、キスのほうがずっと上手で――気持ちいいです」
「…ん」
 真木の言葉に、少しむくれて目線を落とす。と、兵部はそわそわと体を揺らす。
「……まさか」
 手敏く兵部の足の雄へ手を当てる。
「ま、真木っ」
 そこは熱く、改めて目線を落とすと学生服の上から見ただけでわかる位に突っ張っていた。
「俺より、感じてたんじゃないですか。こんな――」
「ちょっ、触るな、それに、い、言うなっ!」
 狭い椅子の上で慌てながら暴れる兵部が思いがけず面白くて、つい意地悪をしてみたくなる。
「そう言うなら、俺が手を触れるまでもありません、か?」
 そう言って手を引こうとすると、きゅっと眉根を寄せて睨んでくる。羞恥と快感に赤く潤んだ目で。
「どうして欲しいんです?」
 結局その目の力に折れて、真木は聞き返す。
「――……触って」
「はい」
 たっぷりの時間を使って逡巡している兵部の姿を見ながら、真木もまた興奮に猛る自分を自覚していた。
 熱の中心をわざと外して、両膝から上へと掌で撫でる。外側を、内側を、そして裏から双丘を経て腰へと手を廻して、今度は前へ。右手で腰から、股の付け根 の関節を辿って熱の中心に辿り着く頃、左手はベルトを掴んでそれを外し始める。
「ん――」
 そんなささやかな指先の戯れにも焦れて、兵部は自分で学生服のボタンを外してゆく。全てのボタンを外したところで、その指が大きくぶれた。真木が、兵部 のものを直に触ったからだ。
「ひゃ、っ…」
「今にもいきそうじゃないですか」
 思わずごくりと喉を鳴らして唾を飲み下すと、兵部のものを眺める。すっかり勃ちきって、先端からは更なる性の刺激を欲する透明な液が溢れてきつつある。 指で揉みしだくつど、兵部が切なげに啼く。
「だって、だって、真木、が、……いないと……っ」
 真木の手に触れられる心地よさに屈服した兵部の腰はすっかりくだけて、真木の股の上に座り込んでいる。
「俺がいない間は?一人でしなかったんですか?」
 そんな問いかけに兵部は銀の髪を揺らしながら首を振った。
「真木が、いい」
「――っ……」
 兵部は知らないかもしれない。こんな些細な一言に、どうしようもなく嬉しさを感じる真木の心の動きを。
「…少佐」
 唇に口付けを落とす。けど今度は舌のかわりに言葉を返された。
「……真、木、はやく……っ」
 それを聞いた途端、どうしても釈然としないものを感じてしまう。少し前に感じた嬉しさは勘違いで、実は体しか求めてなかったのだと言われたような気がし て。
「わかり…ました」
 邪推だと知っていても。真木は立ち上がりながら、兵部の体を追い立てるように無理に立たせる。前を開けられたせいで少し動きにくそうにしている兵部を、 窓に向かって腕をつかせると、焦った声が聞こえる。
「ま、真木っ」
 窓そのものに真っ正面から手をついた兵部に、後ろから覆い被さる。逃がすつもりはない。
 腰の少し下、兵部の中心にある熱棒を握ると、変わらずそこは解放を求めて立ち上がっている。
「う、嘘、だってこれ、見えるっ……!」
「そうですよ」
 しばらくは力の入らない手足をばたつかせていたが、おざなりに撫でることしかしていなかったところを意識して触ると、息を呑んで静かになる。
「俺に口でしているところも、触られて感じていたところも、全部、見られてたんですよ」
「こんな、の……っ」
 逆らう言葉は聞かない。首筋に顔を埋めて、強く吸う。快感を与える手の力を強めに保ちながら、耳へと口付けてゆくと、兵部の体が屈辱にか快感にか、わず かに震えているのが分かる。けれど、どちらが本心なのかは分からないのが悔しくて、つい確認のための意地悪を口に出す。
「本当は見張るためではなく、見せるために私を連れ出したのでは?」
 嫌だ嫌だと泣くからと体の動きを止めてみれば、今度は不満そうに体を揺らしはじめる――そんな事はよくある。本質的に天邪鬼なのだ。
「そんなの……じゃ、ない――あアっ」
 へらず口を叩こうとしたのを察知して、手の中のものをきつく扱き、その先端の割れ目に指先を詰める。と、真木もよく知った快感の吐息が漏れる。
「っ、ふぁ……っ」
 一度性欲に染まると、発散するまではなかなか戻らない体だというのはよく知っている。自ら導いたその結果に喜びを感じるのは、いけないことだとは思えな い。だって兵部は気持ちよくなっているのだから。その顔が見えないことが強いて言えば不満ではあるが。
「んっ、……ん、ぁん」
 外から見えるかもしれない、とは言うが、一面硝子張りと言えど下から段階的な磨りガラスになっているし、こんな時間こんな場所を見る者がいるとも思えな い。確かに通りに人はいるけれど、兵部は服もほとんど脱いでないのだ。――物足りないくらいに。
 真木は思い切って兵部の学生服の下に手をかけて、下履きごと膝上まで脱がす。
「っ、真木…!?」
 いつも真木を受け入れている、兵部の体の奥まった所。そこに至る谷間に沿うように、自分のものをなすりつける。
「あ、っ……!」
 兵部の口で煽られたそれは、兵部の中に入る時を待って堅さを保っている。
 ただ割れ目を往復するだけの動きなのに、文字通り滴るほどの先走りの液が溢れることには、我ながら苦笑するしかない。
「――ま、ぎっ…」
 ふと兵部を鑑みると、首筋から耳にかけて、真木のつけたキスマークの跡をたどるように、じわりと赤味に染まり、広がっていく。
「真木、……入れ、て……僕、に」
 手足の震えも隠せなくなった兵部の欲求は、もはや頂点に達している。真木は滾る自分をその体に差し込みたい欲求をねじ伏せながら、兵部をたしなめる。
「駄目ですよ。あなたのほうの準備がまだです」
「そんなの、いい、からっ……ぁんっ!」
 真木の性器で、兵部のまだ堅い入り口の近くを小刻みに、けれど決して挿入には至らぬ角度で動かすと、兵部が腰をくねらせてくる。
 卑猥に過ぎる光景に、目が釘付けになって動かない。
「いいんですか――見られてても」
 苦し紛れの台詞に、兵部のはっと目を開けたらしい気配――そして、焦る声。
「――や、だ、真木、こっち見てる…見られ、てるっ」
 外にいる者が目ざとく見つけたか。が、ざっと人波を見た真木にはそんな者の姿は見えない。
「見せてやればいいじゃないですか」
 そうだ。それは存外、いい提案のように思えた。
「俺に導かれて、|到達≪い≫く姿を、見せつけて」
 決してお前には手に入らないものなのだと知らしめるのは。
「――ぃ、やぁ……」
 自らの屹立を谷に沿って上下させる動きはそのままに、兵部のものをきつく握り、今までにない強さで扱き上げると。
「やあぁ、んぁアっ!」
 兵部の絶頂は、すぐに訪れた。

 思いがけない拙速な射精に、受け止める手は間に合わず、半分ほどはガラスに飛び散っている。真木の手の中でびくびくと跳ねるそれが落ち着いてくるととも に、兵部の体の緊張も解けてくる。
 きっとこの小さい頭の中では、嫌だ、とか不本意だ、とか、色々な思いが巡っているに違いない。
 力で屈服させるために密着させていた体を離すと、兵部が理性を完全に取り戻す前に、真木は準備にかかる。
「あ……ぅ、んっ」
 兵部の精。掌のそれを纏いながら、ついさっきまで真木自身で嬲っていたところへと指を滑らせる。
 真木の先走りでぬらぬらと濡れたそこは、赤くひくついて受け入れる時を待っている。あまりの淫猥な光景にめまいに似たものを感じながら、ゆっくりと指を 入れてゆく。
「う、んっ……ぁ」
 抵抗はない。心の中で安堵する。この体は、快感に酔っていないと真木をなかなか受け入れようとしない。
 中を確かめるために指先を軽く折り、手首を時折ひねりながら深みへと潜り込ませてゆく過程で、また兵部の体にうっすらと汗が浮かんでくる。
「っ……あぁ、あ」
 今し方到達したばかりなのに、新しい快感にうち震えている。
 指を2本に増やし、ぬめった白濁を塗り込めながらほぐしてゆく。そうしていると、指から兵部の快感が伝わるような気がしてくるのが不思議だ。
「あっ、ああ、んぁ、んっ――あアっ!」
 容易く3本目を半ばまで呑み込むと、声のトーンが上がる。せっぱ詰まったものへと。
「ああ、もう立ってますね」
 顔を横に出して、ガラスの反射で兵部の変化を知る。
「どこ、見てんだ……よっ」
「あなたの精液が飛び散っているところですよ」
 言われて目線を下に向けた兵部が、はじめて自分がガラスに白い液を飛び散らせたのだと知ったらしい。だが真木は兵部がそれに気をとられた隙をついて、指 を一気に進めた。
「ひゃぁ、んんっ!」
「……全部、くわえこみました、ね」
 力無く首を振る兵部が、言葉を紡ぐことすら困難なほどに感じているのはわかっている。だから真木の声も上擦ってくるのは仕方のないことだろう。
「……だ……」
「はい?」
「もう、やだ……ここ」
「何故です?」
 言って、奥まで入れた指をゆったりと引き抜くと、身じろぎして喘ぎ出す。
「ひぁっ、あ、ア、っ、あ……」
 快感に酔いきった声が、あまりに耳に心地よくて、ついそのまま指を左右に動かしながら、出し入れを繰り返してしまう。もっと聞きたい、もっと。
「あぁ、ん、ア……あぁ、ゃ、ぁ、……いや、ぁっ」
「嫌なんですか?」
 何度目かに深く入れ込んだところで指を止めると、兵部がまた頭を左右に振って懇願してくる。
「ここで、するの、嫌だっ……」
「まだ見られてますか?」
 真木も再度窓の外を見やるが、やっぱりそれらしい人影を見つけることはできない。
「見られてるから興奮してたんでしょう?」
「ちが、っ……お願い、もう、や、め……っ」
 とぎれとぎれの声は喘ぎのようで、でも嗚咽のようでもある。
「なん…でも、するから、ぁ…」
 その一言に真木の動きが止まる。情欲を一気にかき立てられて。
「――本当ですね」
 背を向けたままの兵部は真木の変化に気付くことはできずに、ただこくこくと頷く。了承のあかしに指を抜くと、白い液に縁取られたそこが見える。ひくひく と動く様が淋しそうに見える自分は、きっともう平静とはほど遠いところにいる。
「……ふぁ、ん――」 
 その体を支えながら、かろうじて白濁の飛沫を逃れた学生服を脱がし、シャツだけの姿にする。
 片手で服を剥いでゆくのは苦労だったが、その体に触れるたびに、兵部はぴくりと反応し、時に脱ぎやすいように手足を動かす。互いのこの行いが同意の上な のだと再確認することができた真木は、みっともないほど兵部に欲情してしまう自分を隠すのに精一杯だ。
「…もう、っ……」
「今、運びます」
 俯いた兵部の目をのぞき込みながら言うと、腰から背と、膝の裏に手を入れて抱き上げる。
「んっ、ま、ぎ……」
 何かを求めて、でもそれが何なのかはわからない、赤ん坊のように空の掌を握る兵部に、歩きながらキスをする。
 額に、目尻に、最後に唇に、そっと寄せるだけのキスを。
「真木、っ……」 
 震える声に、怯えを感じたような気がして不安になる。――人は臆病だ。これほど体を密着させていても、怯えも不安も消え去ってはくれない。できるのは頬 摺りして体温を確かめることだけだ。
「……少佐……」
 頬に頬をすり寄せたまま、ソファへと座る真木。だが、その姿勢は真木が深く腰掛け、兵部がその膝の上に抱かれている状態である。兵部が怪訝そうな顔をし たのは、その体を起こして真木と向き合わせた時だ。
「何でもする、と言いましたね」
 膝の上に力無く下ろされた腰を、手を添えて持ち上げる。
「俺に、奉仕してください――跨って」
「なっ……!」
「できますよね?」
 頷いて欲しい。でも同じ強さで拒否して欲しい。
 ふざけるな、と殴って止められるうちに。思うままにその身を引き裂いて、己を貫き通してしまう前に。
 さすがに絶句した兵部の顔から目を反らせないのは、意志の強さではなくむしろ逆の理由だろう。
「――っ」
 唇を噛んで身を進める兵部。真木の雄の上へ、自分の一番敏感な場所をあてがって。
「……」
 ――いいんですか?
 俯いた兵部の顔から表情は見えず、言えない言葉は真木の心の中で散るしかない。
 真木の手を離れ己が意志で行動する兵部の、シャツの喉元へと手を伸ばし、首筋から鎖骨へと続くラインを軽くなぞると、ピクンと体が反応する。赤く染まっ た顔と潤んだ瞳は、真木が恐れていた拒否のそれではなかった。
「――ぁ、ン」
「……少佐」
 むしろ逆――恍焉。
 真木の上に兵部の重さがのしかかる。存分に慣らした淫らな場所に自分がつき立てられているのを想像するだけで、この上なく興奮する。
 それを少しでも紛らわせるために兵部のシャツのボタンに手をかける。上から順に。ひとつ、そしてふたつ。露わになってゆく白い肌を凝視する真木を横目 に、兵部が意を決して姿勢を下げると。
「――っ!」
「あぁア、あ、……あっ……ク――」
 圧迫。快感。熱。
「あ、ぁ…ぁん、っ……」
 兵部の中に受け入れられたのはまだ僅かだ。今は苦しさのほうが強い、けれど快感は確実に二人を蝕んでいく。
「っ、んんっ……ぁ」
「……ンっ」
 裏表の関係にある悦楽と苦痛、その両方に耐え、兵部の胸元へ手を入れる。そのまま首筋にまで辿って触れると、肌が僅かに粟立ちつつあるのを感じ取る。
「…あ、アん!…んっ!」
 更に身を沈めてはまた体を止める兵部の顔はしかし、苦痛のみではない陶酔の色がある。
 真木もまた一刻も早く同じ陶酔に酔いたくて、乱暴にシャツのボタンを外すと、鎖骨から首筋へと広く舐めては時に吸い、耳に辿り着くと舌を突き出し、弄 り、そして啜る。
「ん、あぁん、っ…!」
 前をはだけられたシャツを振り払うように、兵部は体をのけ反らせて快感を享受している。
 シャツの間を通して背中に手を廻し、素肌の感触を確かめながら兵部の体を引き寄せ、反対側の耳朶を噛むと、また責める。
「あ、ぁ、ん……んっ…」
 兵部の全身は欲熱に浮かされているが、それでもバランスを取りながら更に体を沈め、真木を懸命に受け入れようとしている。
「ふぁ、んっ、う、あああ……っ」
 ようやく半分以上が入った状態、という時になって、兵部はうつむき、荒い息を整えはじめる。思わず、真木は兵部の体を離して顔を覗き込んだ。
「つらいですか……?」
 自分で強いておきながらも、つい気遣う。
 でもかたちだけ、言葉だけだ。本心ではもっと早く、と猛っている。兵部がどれだけつらくても、やめさせるつもりなどない。しかし兵部のほうは不機嫌な顔 だ。
「――大き、い」
 眉根を寄せてそう唸ったかと思うと。
「大きい!」
 今度は正面からほえかかってくる。
「す、すみません」
 他に言いようがなくて背中に妙な汗が流れる。困惑と自己嫌悪と諦観。
 歯を軋むほどに噛みしめて、兵部の両脇に腕を回し、引き上げようとした時。
「!!――この、馬鹿!」
 華麗なほどにスパーン!という音を立てて真木はひっぱたかれた。
「しょ、しょう、さ?」
「誰がやめるって言ったよ!?」
「で、でも」
「馬鹿!馬鹿真木!!」
 罵倒の嵐にもまれて真木は困惑するしかない。
「奉仕しろって、おま…っ、…お前が言ったくせに!」
 一度に怒鳴りすぎたらしい、軽く咳き込んでから言葉を繋ぐ。その激昂が怒りよりむしろ羞恥から来ているからそうなるのだということは、真木には分からな い。
「そうです、け…ど」
 怒りに昂ったのか、もとからそうなのか、兵部の熱を帯びた瞳に睨まれて。その凄烈さに、同時に情欲をもかき立てられてしまい、情けないことに真木は動け ない。
「もう、何も、言うなよ……!」
 言い捨てて、一向に勢いの落ちない真木を銜えたまま、一気に体を下へと落とす。
「くぅ、アア……んっ」
「…ぅ……」
 大切なところを噛みちぎられるような強引すぎる受け入れに、真木の呼吸も止まる。
 なのに兵部は動きを止めようとしない。それどころか、残りの距離をじわじわと縮めるために腰を揺らし、吐息が嬌声へと少しずつ入れ替わっていく。
「――あ」
「……ん、っ、あぁ、っ……ん」
 声だけではない。顔もまた快感に染まりつつある。真木の全てを受け入れる期待に体をくねらせ、快感に体を開いてゆく。その姿に真木の動悸もまた高まる。
「ぁア、ん、ふぁ、ん、ァあ……ぁん」
 劇的に受け入れる動きへと変化していく兵部の体内。腰を振ってよがり始める姿を見て感じるのは、間違いない、性の喜びだ。
「小……」
 佐、と言おうとして、快感一色に染まった兵部の顔から目が離せなくなる。
「アぁん、ン、ふ、あ、あ……アっ」
 自らの意志で真木を味わう貪欲な動きは今もまだ続いている。目尻には涙を浮かべながらも恍惚と半目を閉じ、口は半ば開いて喘ぎを奏で。上気した頬の朱色 は、唇にとどまって紅く彩り、または首から下へとその色を広げてゆく。そして胸の色づいた場所へ目線を落とすと、中心では小さく尖るように立ち上がってい る。
「少佐っ……」
 夢中で体を引き寄せると、胸の蕾に貪りついて、吸い上げてから、軽く噛む。
「ひゃ、ふあぁんっ!」
 挿入の快感に酔っていたはずの兵部が体を反らせる。痛みを与えたかと思って顔を上げるが、その唇は変わらず甘い呼吸を繰り返し、体は更に沈んでゆく。
「少佐、しょう…さ――」
 舌を逆の側へ、そしてまた元の場所へ。真木が夢中で舐めまわし、胸じゅうに唾液を塗りつけているうちに、兵部の体は極限まで開き、真木の全てを呑み込ん だ。
「あぁ、ア、……あん、っ……」
 とたんに兵部が体の力を抜いて真木にもたれてきたので、その体を支えた。
「入りました、ね」
「……ん……真木……」
 どうしよう。愛おしい。こんなにも。
 幸福そうに瞼を閉じた顔も、委ねられた体のぬくもりも。
 自らが貪るためでなく、捧げるために、快感を与えたい。
「動いていいですか?今度は、俺が」
「うん、……うん」
 真木の上に跨り、屹立に体を裂いて、それでも身を委ねてくる兵部。まだ少年でしかないしなやかな、けれど細い体を抱きながら、ゆっくりと動きはじめる。
「あ……あぁ、…ぁ、ア……ッ」
 互いの全身を揺するように緩く。兵部の髪に頬を埋め、重ねた肌の感触をじっくりと味わいながら、接合部を軸に円を描くように動かすと、兵部もそれに合わ せて体を揺らす。
「……あ、ん、っ……あぁア――ア、ん」
 性感の喜びが匂い立つような、鼻にかかった喘ぎ声。もう真木を受け入れる時のような緊張は嘘のように消え去り、二人の体の動きとともに、真木の雄が繋 がった場所を行き交う。
「あ……あぁ…んっ、あっ…!」
 けれどそれで収まりはしない。兵部の動きが真木の思惑を離れ、暴走を始めた。
「ア、んっ、んんっ……あ……っ」
「――ぁ――」
 思わずつられて絶頂への道に足をかけそうになり、真木はすんでで自分を止めた。が、兵部はもうすっかり焦れてしまったらしく、真木の上で勝手に腰を振り はじめている。
「ん…あ、あん、ア、ふぁ、……ぁ…」
「……いやらしい人ですね、本当に――!」
 口ではそう言うが、自らの上に跨って快感に悶えるその姿に、欲情しない訳がない。
 真木もまた強く激しく兵部を突き上げ始める。
「アア――あ、ああぁんっ」
 兵部の中の真木、それを包む肉壁が急に締め付けてくる。導かれつつある絶頂への誘惑を堪え、更に早く、強く、凶暴なまでに兵部の体を嬲る。
「あ、んぁ、ア――あ、あああっ!んんっ……!」
 自ら動いて、真木を誘い、そして今真木からの蹂躙を受け入れつつある兵部。感覚という感覚を性欲に委ね、額に、首筋に、快感の汗を播いて。喜びを叫ぶつ ど唾液で唇を濡らし、時に快感が過ぎるゆえの涙すら零して。真木から見ても、兵部はもう感じすぎて何もかもがぐちゃぐちゃになっているようだった。
「あ、真木っ……ああんっ……く」
 思わず動きを緩めて兵部の頬を拭う真木だったが、兵部はその手を振り払うかのように首を振りながら、真木の名を呼んだ。
「どう…しましたか?」
「――り、ない、――っと……」
「はい?」
「――っと、激し、く、してっ……!」
 兵部の頬を包んでいた手から脳髄まで、鮮烈なものが真木の体を駆け抜ける。到底逆らえない本能の叫びだ。
「ぁ、ま、ぎっ?」
 漆黒の瞳が驚きに見開かれる。真木がぴたりと腰の動きを止め、兵部の腰と背に手をまわしたからだ。
 そして体を捻って兵部をソファへ横たわらせる。ソファの袖に頭を打ち付けないように気を配りながら、しかしその体は真木と深く繋がったままで、両足を強 く兵部へ押しつけ、僅かに腰を浮かせた姿を取らせる。
「――あ!」
 その姿勢が苦しいのか、動きが無くなったのが不満なのかは分からない。見開かれたままの瞳を真正面から捕らえて、言い捨てた。
「激しく、でしたね」
 それはもうすでに。
「もう、止まりませんよ」
 会話というより宣告だった。
 兵部の中から猛りきった己をギリギリまで引き抜くと、ソファに串刺しにするようにして、最も深いところまで責め入る。
「ああぁアっ!」
 大きく叫ぶ兵部の姿にも、もう気配りをしているような余裕はない。
 激しく出し入れを繰り返しながら、兵部に触れるまでは想像したこともなかった、強い劣情に身を任せる。
「アぁ、んっ、あ…あ……!」
 目尻から滴を落としながらも、兵部が真木の背に手をかけると、直後、僅かな痛みを感じる。服ごしに、兵部が引っ掻いたのだろう。
「も、ぁア――真木、さっきより、おっき…いっ」
「――嫌、ですか」
 どれだけ引っかかれようと構わない。でもこの動きを止めることだけはできない。嫌だと言われたとしても。
「ううんっ、い…い――真木、イイ、…っ!」
 快感を訴える兵部の声に酔いながら、突き立てる先を少しずつ変えながら兵部の変化を見ると、そこはすぐに見つかった。
「あっ、アアぁ、っ、あ――あっ!!」
 兵部の口から迸るのは、ほとんど悲鳴に近い嬌声。
「ここですね?」
「ん、ぅ、ん…っ!」
 先刻からずっと真木の言葉にうなずくしかできない兵部に、いつもの冷ややかな理性は見当たらない。
 真木の手の中にいるのはただの一匹の獣だ。それもとびきり貪欲な淫獣。
「ィ、い、イイ、真木、そこ、っ……気持ちい、いっ――」
 快感を求める姿を前に、真木もまた、もはや隠しきれなくなった自らの野生を剥き出しにする。
 兵部が感じて仕方のない場所を突き、その姿に見惚れ、さらに猛る。
「っ、やっ、真木……っ、アァ、ぁ」
「つっ」
 兵部がまた真木の背に爪を立てる。と、真木を包む兵部の内壁がきつく締め付けてくる。
「あ、ぁ、んっ、んんっ、あン!」
「――っ」
 痛みすら感じる程の兵部の締め付けに、真木が息を呑んだ時。
「ん、あァアアっ――あっ!」
 その体中をびくびくと痙攣させながら、兵部が、絶頂の淫液を真木の下腹部に当ててくる。
「少佐――」
 また腰を深くまで進めて兵部を侵し、最も深い部分を乱暴に突く。何度も何度も、ただひとつの快楽に取りすがり続けて。
「――っ、真木……まぎ…」
「ク……ッ」
 自分の快感だけを追い求めた最深への抽送を始めて間もなく、まだ痙攣の止まない兵部の中に、真木もまた精を放出していた。

 ふと気付くと、頭を撫でられる感触がした。
 顔を上げると、兵部の顔がそこにある。
「……あ」
 すっかり脱力して快感の余韻に浸る兵部の姿に、何故か赤面してしまう。自分のペースを取り戻そうと、体を離そうとすると。
「いい、真木……もう少し、このまま」
「でも、苦しいでしょう?」
 勢いこそ萎えたものの、兵部の両足を抱え上げてそこに真木を縫いとめてていることに変わりはない。
 左右に首を振るその顔は、涙と汗に濡れた先刻までの淫惑さとは違い、満たされているように見えて。真木は思わず見とれてしまう。
「いいから」
 そしてまた頭を撫でられる。せめて、と抱え上げた足の束縛だけは解いて、あとは兵部のしたいように任せると、ソファの背に片足を預けるのを気配で感じ る。もう片方はソファの下の床にあられもなく投げ出された。
「こんなふうに抱き合う位、いいじゃないか」
「俺はただ貴方の体が心配なだけ……ですが……」
 言っている本人も説得力がないのはわかっているが、やっぱり兵部にも笑われる。
「君に言われてもね」
「……すいません」
 きゅう、と一度だけきつく髪の毛を引っ張られたが、またゆっくりと撫でる動きに戻る。
 心地よくて、どうしていいのか、困る。
 真木が固まっていると、兵部は別の意味にとらえたらしい。
「あ、もしかして嫌だった?頭撫でられるの」
「いいえ?何故です?」
「もう子供じゃない、とか、言われそうな気がしたから」
 言ったとすればそれは葉か紅葉だろう。真木は一度もそんなことを言ったことはない。あるいはそういう風に思っていそうな子供だ、と兵部はとらえていたの かもしれないが。
「どれだけ大きくなろうと、俺はあなたの子供ですよ」
 早く大きくなりたいと思っていたのは本当だから、兵部がそう思いこむのも仕方ないかもしれない。
「ほんと、こんなに大きくなっちゃってねえ」
 再び頭を撫でられながら、思う。真木は、兵部と出会った時には既に頭を撫でて欲しいとねだることができるような年齢ではなくなっていた。
 葉のように盲目的に希求したこともない。更に言うと紅葉のように――本人には悪いが――男女の煩わしいあれこれが発生する可能性もない。だからこうし て、親子にしては近 すぎる距離に違和感を感じずにいられるのだと。
 少なくとも真木はそう思っている――なのに丁度それに水を差すようなタイミングで、兵部が告げたのは。
「こんなことしてるし――子供、なのにさ。……よくないかなあ、やっぱり」
 真木は一瞬前の自分の思考すべてを兵部に伝える術がないか考えて、でもどの方法でも伝えきれない気がして、ついとげとげしい口調になってしまった。
「貴方でも、そんなことを思うんですか」
 穏やかならざる真木の口調に気付いた兵部が、え、と小さく息をつめてこちらを見るから。真木は頭を撫でていた手の片方を引き寄せて、まっすぐにその目を 見つめる。
「俺は後悔なんてしてませんよ」
 正確には、後悔を感じたことはある。けれど決めたのだ。真木にとって兵部は、そんな覚悟で触れていいような相手ではない。だからこの先何があろうと、後 悔だけはしないと。
 互いの吐息がかかる距離まで距離を埋めて、己の決心を確かめながら、兵部にもまた問いかける。
「この先も後悔はしません。貴方は、違うんですか?」
 兵部は僅かに顎を引き、いつもの漆黒の瞳で真木を捉えた。闇の色をした、深い深い底のわからない黒。
「僕は…違うね」
 言葉を切ると、再度息を吸って、吐く息に声を載せる。
「時々後悔するし、この先もし続けると思う。でも」
 語尾が震えているように思えたのは真木の気のせいだろうか。それでも、真木の首の後ろに兵部の手が宛われ、そのまま引き寄せられる。
「なんでだろうね、それでも、君が欲しいんだ――真木」
 縋るように口付けられて、真木はそれを受け入れる。
「……真、木…」
 切ない吐息と名を呼ぶ声に、迷いや不安はあっても嘘はない。先に投げつけられた言葉ごと、心の全てを預けられているのがわかるから。優しく抱いて兵部の 全てを受け止める以上に、大事なものはきっとない。
 今は、何も。

 兵部が珍しく弱い部分をさらけ出したならば、その全てを押し流し、いっそ自分でいっぱいにさ せてしまいたい。できるならば――そう祈りながら、長い長い口付けを続けていると、いつの間にか真木から手を離した兵部がキスから身をひく。
「真木、その……」
 顔を赤くしてもじもじと目線を落とす兵部の表情で、何を咎められているのかに気付く。それは真木の体に再度起きつつある、ある変化のことだ。
「あ、その、すいません……」
 慌てて体を離すと、兵部の中にあった自分自身を引き抜く。
「ふぅ、…ぁ」
「……」
 何度も行っている些細で当たり前な行為なのに、抜かれる刹那、兵部が辛そうな顔をしているように見えて仕方がない。今も。だからつい聞いてしまう。
「どこか痛いところや、つらいところはないですか?」
「本当に君は、そればっかりだね」
 まだキスに濡れたままの唇から笑みがこぼれると、真木の心も平常心に近づいていく。
「あなたに負担をかけるのは嫌なんです」
「過保護だなぁ、真木は。これじゃまるで、僕のほうが子供みたい。それに――」
 つん、と真木の鼻をつつくと、いつもの、そういつも通りの人の悪い笑顔で。
「あれだけしといて、負担もなにも、今更じゃない?」
 ――確かに。
「……そうですが、嫌なんです」
 我ながらこれでは子供の理論、いやそれ以前に破綻しているとは思う。
 さぞかしつっこまれるかと思ったら、思いがけず頭を抱かれる。目の前にあるのは兵部の胸だ。
「わかってるよ。でも、僕には必要なんだ。君を感じることがね」
 感じること――それは平たく言えば体のつながりのこと、だろう。即物的だととられても仕方ないが、真木の肌の記憶もまたそれを肯定している。兵部と自分 に、こ れが必要なことなのだということは。
「それは、俺だって――」
「だったら、そんなに気にしない」
「――はい」
 兵部の腕と胸とに抱かれる心地よさに浸っていると、また頭を撫でられて。
 思いがけず子供に戻ったような気分を味わっていると、つい瞼を伏せ、いつしかその心臓の音だけを追っていた。

                                                                          <終>



 
あとがき■

 正月企画オフィスラブがボツになったため、新しく羞恥心的要素を加えて書き おろしました。お待たせしすぎですが、と、とりあえず一月中にアップできて一安心です。
 前二回ともが兵部視点でしたので、今回は真木視点エロに挑戦してみました。前の エロでは真木のほうがいかずじまいだったのが気になっていたので(いかずじまいとか言わない<自分)真木描写増やしたつもりです。
 よろしければどうぞお召し上がりください。お好きなように。


                    written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.01.22