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燃え尽きて
 - burn out -
 

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 ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。
「こんなはずじゃ、なかったんだ」
 ごめんなさい。
 何度心の中で謝っても謝りたりない。
「パンドラでの一番最初の仕事が、また、仲間の|超能力者≪エスパー≫を裏切ることだなんて、僕は……」
 がっくりと膝をつき、両手を組む。それは祈りの姿勢である。そして瞳を閉じたまま天を仰いで彼は慟哭した。
「僕は駄目なヤツだ、モガちゃあぁぁぁん!」

 ――そんな嘆きが響き渡ってからさらに翌々日。日曜日の、都内某所。閑静な住宅街にある、とある洋風建築の屋敷。
 煉瓦造りの重厚な壁面と、突き出た煙突。それに反して機能的で近代的な設備を備えた扉と、大きなガラス窓を併せて鑑みるに、外見は古めかしくても中は快 適な最新設備が整っているだろうと容易に予想が付く。
 午前8時、その窓が3カ所、同時に震えた。
「なっ……」
「どうしてえぇ!?」
「あれーー!?」
 その声は中庭にいる兵部にも、一部は思念波としてだが、うっすら聞こえてきた。
「やれやれ、3人とも、ようやく起きたみたいだよ」
 中庭でのたき火がぱちん、とはぜる音がする。
 地球の裏側にある某国の造船ドッグへ視察に行かせていた彼らを、日本へと呼び戻したのもまた兵部だった。
 仲間が一人増えたから紹介したい、と。バベル出身の人形遣い、九具津隆。その彼は今おろおろと兵部の隣で不安そうにしている。
「だっ、大丈夫ですかねえ?兵部少佐の言うとおりにしましたけれど、僕、つまはじきにされたりとかしないですかっ!?」
 三人ともが時差と飛行機での旅程の長さにくたびれ果てて深夜に到着して――どうも乗り継ぎで半日ほど空港で待たされたのが効いたらしく、割り当てられた 屋敷内の部屋で熟睡。以来今まで一度も起きてくることはなかった。
「平気だって――きっと。んーー、よく燃えるねー」
 九具津の言葉に返しながらも暢気にバーベキュー用の椅子に座って炎を眺めている兵部。の横で、黒巻もまた兵部に問う。
「ボースー、ほんとにいいんスか、こんなこと」
「だってあの三人が迂闊なのが悪いんだよ?」
「そーっスけどー。三人とも安物着てるわけじゃないし」
 真木はオーダーものでないとサイズがないと言っていたし、葉の着る服はどれもきちんとしたショップのもので、紅葉はたしかプレミアのついたサングラスを 持っていたはずだ。
「これは罰ゲームだよ。仮にも幹部なのにさ、3人が3人、新入りの九具津君にやられちゃったんだ。これでも足りないくらいだろう?」
「にしてもまさか、服を全部燃やしてしまうなんて……あわわ」
 九具津が炎を見ながら、そのさらに遠くを見つめる瞳で呟く。
「まー、燃やされたのがこのアジトにいる間のぶんだけでよかったって思うしかないってこと、か」
 ぷう、とガムを膨らませている黒巻は、九具津と同様、以前はバベルにいた経験のある合成能力者だ。
 幹部がこの屋敷に招集させられたのには、きちんと理由があるのだ。この屋敷は黒巻が自分の能力を使うためによく使用している屋敷だから、ということ。そ してそんな屋敷で黒巻が同席してこそ、同じくバベルからやってきた九具津を紹介するのにふさわしい、ということ、だ。
 しばらくして、紅葉と葉は、やや前後して中庭にやってきた。
 中庭に出る一番近い扉を開けて、まずは紅葉の登場だ。
 黒とワインレッドを基調にしたドレス。胸のラインの強調は強すぎず大人びた色遣い、けどウエストは細く、そこから裾まで続くドレスのラインはたっぷりと した質感のあるもので、裾は天使の羽のように金に光ってその下からワインレッドのドレープが見える。そして全体にゴールドの見事な紋章が施されており、上 へ目線を戻すと襟と袖が白いレースで縁取られている。そこで普通はレースの手袋や扇の出番なのだろうが、手に持っているのは金色の煙管だ。

「ヒュー。さすが紅葉ねーさん」
「似合うよ、紅葉」
「ありがとう、少佐。…でもね」
 珍しく髪をアップにした紅葉が、明らさまな作り笑いで兵部に答える。
「あたしの服、どこに行ったのかしら?まさか、その焚き火がそうだなんて言わないわよね?」
「そうだよ?」
「……」
 その後紅葉が黙り込み、黒巻と九具津も視線を宙に泳がせると、その場がしばし静寂に包まれる。
 すると扉が開いて葉が現れた。
 というか、最初はそれが何なのか一瞬皆が思考停止した。
 白い、そして大きな着ぐるみだ。ほぼ円筒形のそれにはペンギン状の脚が覗いており、直立した表面には丸く見開かれた大きな目と、ペンギンというよりはア ヒルに近い、どら焼きを横から見たかのような不自然な形のくちばしがついていた。
 そしてその口からにょ、と何かが顔を出す。――葉だった。
「おいジジイ!まさかと思うけど……ああああ」
 焚き火の中に、何か決定的なものを見つけてしまったのだろう、葉はため息をついた。
 つられて紅葉もはぁ、と息をついて。
「まぁ、燃えてしまったものはしかたないとして、なんなの、このドレス」
「ええと、なんだっけ」
 兵部が久具津に話を振る。何を隠そう彼の手作り衣装なのだ。
「ベアトリーチェ様です。黄金の魔女です」
「……聞いたあたしが馬鹿だったのかしら」
「の割に、ノリノリだね、紅葉」
 なにやら真っ白な着ぐるみを着た葉が、白くもこもことした手でその頭を指して言う。紅葉の頭は襟足から頭全体をぐるりと編み込んだ髪型で、そのドレス姿 を一層淑女然として見せている。
「完成イメージ図が置いてあったのよ。ところで葉こそ?」
「多分同じ。目が覚めたら服がなくて、これが置いてあった」
 これ、とおざなりに作られた着ぐるみの手で自分を――衣装を指す。
「でも俺けっこうこれ嫌いじゃない。えーと、でも、何?クチバシついてるし、鳥?それに何、このプラカード」
 プラカードには『祝・中学性編OVA化!』と殴り書きがされている。
「エリザベスです」
「誰?ベアなんとかの友達?」
 答えた九具津が少しだけ嬉しそうに解説を始めた。
「ええと、地球外生命体のはずなんだけど、男前なんです」
「ごめん全然わかんない。つーかあんた誰、なんでボスと一緒にいんの?」
 なんとなしに不穏な空気になりそうな雲行き、という瞬間、兵部が声をかける。
「葉も似合うよ」
「……ジジイはやることが老獪だよ、全く」
 にっこりと笑った兵部に、どうも文句を言ったり追求したりする気がそがれたらしい。まあいいか、と紅葉と同様に一緒にバーベキュー用の椅子に腰掛けた。
 ふう、と葉の隣で紅葉が息を吐く。
「びっくりしたわよ。服が全部なくなってるなんて思いもしなかったわ」
「俺も。――他人の気配には敏感なつもりでいたんだけどな」
 葉の口調はどこか不機嫌だ。確かに、彼ら3人の幹部には常に戦士であれ、と折に触れて教育してきたのだから当然といえば当然だが。
「人形を使ったからね。仕方ないと思うよ」
 昨晩、寝静まった彼らの部屋に、九具津が人形に憑依した上で忍び入って、その部屋から彼らの服を盗み出した上で代わりの服を置いてきたのだ。
 その一連の作業が兵部のテレポートによるものではないという意思表示のために、鞄の口は開けておくように指令した。
 実は兵部は代わりの服を用意しておけ、罰ゲームにふさわしいものがいい、こんなイメージで、という程度しか言っていなかったのだが。九具津という男はど うやら凝り性っぽいところがあるらしく、なかなか重宝するかもしれない――少し方向がずれている感は否めないが。
 そこに、足音も荒く最後の一人が駆けつけてくる。
「ようやく来たね」
 バーン!
 すさまじい音を立てて中庭と本館を結ぶ扉が開かれた。
 真木だった。がしかし常とは違い、白いTシャツに、シーツで体をくるんでいる。つまり、下着姿だ。
「――やっぱり……!!」
 盛大な焚き火とそのすぐ脇に座り込んだ兵部の姿を見ながらも、その先は激怒のあまり言葉が出ないらしい、ただぱくぱくと口を開閉させている。
 兵部は眉を顰める。
「ちょっと真木、無粋じゃない?そんな格好でさ」
「なんだよー、もうみんな着てるんだよ真木さん?」
 さっきまで兵部を責める側だったはずの葉がまんまと真木いじりに便乗する姿に、紅葉が煙管を傾けながら苦笑いをする。
「……っていうか、っていうか……!」
 どうやら真木は炎と紅葉と葉の姿を見て、大体の事情を察したらしい。
「私にはできません。いくら他の服を全て燃やされたとしても、あんなもの着れません」
 眉間の皺を更に深く刻んで、唸るような声で兵部に逆らう。
「えー、なんでさー。九具津君の力作だよ?」
「彼の実力は認めますが、コスプレ衣装のスキルを評価することに意義を感じませんから!」
「でもさー、君もなーんにも気付かずに寝てたんじゃないか」
「う……」
 そう言われると真木も黙るしかない。たしかに、全ては部屋に忍び入られたことに気付かなかった自分のうかつさにある。
「それに、この場には女の子もいるんだからさ、今の君の格好のほうが問題だと思うけど?」
 言われて真木は自分の姿を見て、そして紅葉、黒巻の表情を見ると憤怒に染まっていた顔をふと緩めると顔をうつむかせた。
「いいかい、真木」
 兵部は立ち上がって、真木へと詰め寄る。
「これはね、勧誘に必要なんだ」
「勧誘、ですか?」
「そう。これはパンドラに勧誘するためのグラビア撮影だ。最近の若者に訴えかけるような被写体が必要だ」
「……これが?」
 ドレスを見下ろしながら紅葉がぽつりと呟くと、黒巻も苦笑いする。
「そして写真を撮るのは黒巻君だから、映され冥利に尽きるだろう?」
「写真に撮るの、これ?」
 吃驚しながら葉が九具津に聞くが、彼も首を横に振るしかない。知らない、と。つまり真木を言いくるめるための思いつきな訳だ。
「そういうことだから、さっさと着替えておいで?でないと、残った下着を僕が破ってあげちゃうよ?」
 結局最後は脅迫まがいで、真木は肩を落として自室に戻って。
 ――十分後。
「にしても紅葉ねーさん、なんかやらしいっすね、普段隠してるうなじを出されると」
「ありがとう。でも実はこういうの得意じゃないのよ、ほら、ほつれてきちゃって」
「いやいやその後れ毛がまたいいんですって――!?!?」
 紅葉と黒巻のギャルトークを遮る、バタン、と弱々しく扉を開く音。
 そこから入ってきた人影に一同は唖然とする。
 それは真木だった。今度は下着姿じゃない。パッと見、いつもの服装と似ていると言えなくもない。黒い長髪の黒髪に、長い服。
 ただ、着ている服はスーツではない。長く高いカラーに、裾の長い学ランで、裏地には龍と虎の刺繍がほどこされている。裾はビリビリに破けており、内側の シャツは真っ赤だ。下も学生服ではあるのだが、シルエットは限りなくパンタロンで、やっぱり裾は長く広くそしてすり切れていて、全体的に硬派なようであり ながら同時に浮薄な印象が同居している。とどめに、とさかの部分が縦に破れた学生帽まで被っている。
「真、木、……さん?」
「う…わー……」
 真木の名を呼んだ葉と、言葉にならない声をあげた紅葉は絶句している。
 学生帽を目深に被った真木は非常に不機嫌だ。長い黒髪が後ろで不穏にうねっている。
「――プッ」
 黒巻が、ガムを破いて頬にはりつかせながら大きく吹き出すと。
「プーーーーっ!!あはは、ひゃ、ははっ!」
「真木ったら、あつらえたようじゃないか」
「ダメ、死ぬ、笑い死ぬ。真木さん、ハマりすぎっ!アハハハハ!!」
「誰、真木ちゃんそれ誰、いつの時代の不良!?」
 服を着た当の本人であるところの真木と、服を作った九具津以外が一斉に笑い出した。
 そうしてずーっとぶすりとしたままの真木を置いて、笑いが収まったのは3分ほど経って。だが、誰も言葉を発しようとしない。まして、写真撮影などという 空気では到底ない。真木が学生帽の破け目から片目だけをのぞかせて、すごい目つきで相変わらず入り口に立っているからだ。彼の合成能力のキーである髪の毛 は、すでに変形し、臨戦態勢である。
 一番笑っていた兵部がふっ、と何故か嬉しげに目を細めて言うには。
「昔さー、いたよ、そういう奴。クラスメートとかに、何人もさー」
「ええ!?」
 一同が軽くおののくと、兵部が頬を膨らませる。
「なんだよ、僕が学校に行っちゃ悪いかい?」
「やっ、そーは言ってないっス」
 真っ先に目が合ってしまった黒巻が頬にはりついていたガムを収拾しつつ弁明するが。
「……いつの時代の学校だよ?」
「聞かないほうがいいでしょうね。あのセンスだもの」
 葉と紅葉がこそこそとツッコミを入れる。
「まあ、真木もちゃんと罰ゲームを終えたわけだし。いいだろう?これで九具津君の力の有効性と彼の有能ぶりは発揮された。違うかい?」
 それを持ち出されるともはや三人ともぐうの音も出ない。なにしろ誰一人、目を覚ますことなくまんまとしてやられたのだ。
「ああ、言うのが遅れたけど、君もよく似合ってるよ、真木」
「……本当ですか?」
「……うん、たぶん」
 何故か真木は兵部から思いっきり目をそらされてしまい、ますます不機嫌さを増す結果になってしまったのである。

「……さて」
 文字通りに、ドレスを脱いで。現在紅葉が着ているのはスウェットだ。上下とも下地は新素材製のブラックで、ボトムの裾は長め。水色に近い、薄く地味なブ ルーのジッパーがついており、少し開けたまま裏地のブルーを見せるデザインになっている。上着の裾にもブルーのフレイムパターンがプリントされていて、攻 撃的だがどこかクールでもある。袖や襟の裏側も同じブルーだ。サングラスもまた同じような色味のもので細身なタイプ。どうやら、服のポケットの中にあった なんとかいう大切なサングラスも一緒に燃やされてしまったらしいのだ。
 真木はボトムはセレクトショップオリジナルの立体裁断のデニムに、黒をベースにしたシャツで、袖にアニマルの飾り柄が入っている。彼自身では絶対に買わ ないであろうと思われる、体にフィットするタイプのものだ。大柄ながら引き締まった体のラインが強調されるため、一部のレザーパンツ愛好家に熱い視線を送 られることになるだろうことを紅葉は予測する。いや、葉も思っていたのかもしれない。ひどく微妙な顔で笑いをこらえながら「……ノーコメント」と言ってい たので。他にアウターのウエストまでの短い丈で裾を絞ったデザインの皮のジャケットも買ってあるのだが、今は着ていない。
 葉は、いつもと変わらない、としか言えない。真木のものと同じショップで買ったデニムは色もやや明るめで、外側にポケットがついていたりしてまるでデザ インが違う。幾何学模様をプリント風に刺繍させたシャツの色はダークレッドで、買い物袋にはまだイエローのシャツとグレーのパーカーが忍ばせてあったりす る。
 服を調達したのは黒巻と葉だ。黒巻のジャージを着ることが出来た、あるいはその姿での外出を嫌がらなかったのは葉だけだったのだ。さすがに黒巻サイズで は裾が短いのだが、絞り気味に捲って、大振りなスポーツシューズを素足で履くことで違和感のない着こなしで出て行った。
 紅葉のサイズを聞いて買い出しにつきあう形になった黒巻もまた、口止め料がわりに新しい服をまんまとせしめていたのだが、財布の主――服を燃やした本人 には内緒である。
 全員が新しい衣装……ではなく、普通の服装に着替えると、自然と大広間に集まる。
「じゃあ!――誰だっけ」
「……九具津さんっス」
 仕切りはじめたはいいものの肝心の九具津の名前を覚えていない紅葉に、黒巻が助け船を出す。
「ええっと、みんなー、新しい仲間も増えたことだし」
 再度仕切り直すと一同の顔を見回して言った。
「宴会をしましょう」
 黒巻と葉が服と一緒に買ってきたパンパンになったコンビニの袋から中身を出す。スナック菓子、ビール、紙パックの日本酒につまみやらパン、チョコレート などなど。とにかくジャンクフードな食料が次々と出てくる。
 屋敷の厨房も保存食ばかりで大差ない。かろうじて食器だけでもと取り出して、極力盛りつけに工夫して宴会の様相を整えた。
「うう、あんな非道を働いた僕に、こんなに親切に……」
 簡素な宴会ではあったが、それでも九具津は感極まって泣いていた。兵部の理不尽に振り回されておきながらこの反応とは――いったい今まで、どれだけの不 遇をかこってきたのか。
 哀れに思ったらしい紅葉が九具津の相手をし、ともに酒を飲み交わしている。酒の量は紅葉の方が倍は多いが。
 大画面でカラオケを始めた葉や黒巻とは対照的に、あさりの缶詰でちびちびやっている真木に兵部が近づいてきた。
 兵部のほうは珍しく缶チューハイなどを手に持っている。飲んでいるのかどうかははなはだ疑問だが。
「……なんですか」
 隣に座っても渋面は治らない。どうもまだくさっているようだ。コスプレを笑われたのがよっぽど腹が立ったのか、それとも、悲しかったのか。
「そう怒るなって」
「怒ってません。……口惜しいだけです」
 目線で燃やさんとばかりにあさりを睨む目つきには、自己嫌悪が混ざっているようだ。生真面目にも、九具津の人形に眠っているところを侵入されたのをふが いなく思っているらしい。
 その眉間の皺を少しでも取り除こうかと兵部は考えたが、どうもいい考えが浮かばない。
「じゃあさ、君に次の重要な任務を与えるからさ」
「コスプレは聞けません」
「そう言わないでさ――艦長、なんてどうかな」
「……!」
 艦長――船。
 真木はそれが、今建造計画中の『船』のことを指して、ひいてはその準備を急がせろ、という意味にとらえた。だから。
「……はい」
 責任を持って任せてくれという気持ちを込めて頷く。兵部は少し意外そうながらも、口の端をつり上げながら言った。
「いいんだね?言質を取ったよ?絶対にだね?」
「はい」
 兵部にとっての「艦長」が船ではなく服のことを指していると真木が悟るのがいつになるのかは、今はまだ兵部以外誰も知らない。

 翌朝。
「罰ゲームのお返しです」
 久具津と黒巻に起こされて玄関へと行くと、紅葉・真木・葉の姿がそこにあった。
 きっちりと荷物をまとめて、3人そろってここから出て行くと言う。
「なんだよ、お金もあげたし服も買い直したじゃないかー」
 兵部がぶーたれながら言うが、反論してきたのは紅葉だ。
「スーマランのサングラスは値段が問題じゃないの、歴史なの、稀少品なのよ?ダイバーの誉れを燃やしちゃったなんて!」
「今後俺は、俺のスタイルを貫かせてもらいます。誰が何と言っても、脱ぎません。絶対に譲りません」
「久しぶりにビームス行ったら思いがけず買い漁っちゃったー今日も渋谷行くー」
 末っ子だけが少しずれているが、残りの二人は同じ口調だ。――怒り。
「連絡はパソコンで。こちらからしか取りませんからね。打ち合わせは全部、電子会議室です」
「しばらく、ヴェニスかそのへんでダイビングするか、駄目なら蓼科にでも行かせてもらうわ」
「俺も今はこっちのほうがお金持ってるからこっち」
 矢継ぎ早に理由を述べると。
「それでは」「じゃあね」「じゃっ」と三人揃って右手を挙げると、あっという間に去っていってしまったのであった。

 そして数時間後。
 月曜の昼近くの新幹線。座席は通路の左右ともに開いていて、紅葉・葉の二人と別れた真木はグリーン席でゆったりとヘッドレストに頭をもたれていた。する と、無人のはずの隣のシートに唐突に人影が現れた。
 こういうことをしそうなのは誰か、に心当たりはあってもやはり驚く。
「少佐!」
「やあ、真木」
 浅めに腰かけたまま、真木に話かけてくる。
「……何しにきたんですか」
「そう露骨に嫌われると傷つくなあ」
 ちっともそうは思ってない口調で、でも少し苦笑いを浮かべて。
 真木は思う――ずるい。そんな顔をされたら強く出られない。
「あのさ、僕は真木があの服着てくれて嬉しかったんだけどな。似合ってたし」
「その手は食いませんよ」
「本当だってば。僕とお揃は君だけだったろう?」
 お揃い。……学生服。
「……!!――!」
 ようやく今になって気付いたらしい真木が何故か照れはじめる。たたみ込むなら今だ。
「それと昔そういう服装のヤツらがいたって言ったけどさ」
「はい」
「君が一番、いい男だった――僕好みの」
 本当のことなのに、おろおろと真木が目線を泳がせている。と、手帳を取り出すと何やらメモってから、丁寧にページを破ってから差し出してきた。
「……俺の連絡先です」
 兵部は日常的には携帯やパソコンを持ち歩いていない。スタンバイはしてあるが、真木のように出先にも持って行ったりはしないので、連絡先はこういった手 段のほうが確実に伝わる。
「そう、ありがとう。でもやっぱり、君の方から連絡くれると嬉しいな?」
「……」
 さっきから、じわりじわりと真木の顔が赤くなってきている。
 結局真木は自分に甘いのだ。それを確認できただけで、兵部は幹部を招集した甲斐があったと心の中で微笑んだ。

 次のミッションに備える、と予定通りに屋敷に残ったのは兵部、黒巻、それにまだ都内に多数あるアジトの場所も面子も把握していない九具津。
「ところでボス、学校で勧誘って、どんなことしてたの?まさか番長とケンカでもないよねえ」
 テレポートでどこかに行ったかと思うと上機嫌で戻ってきた兵部に、黒巻が聞いた。
「別に、用件だけ。ただの人間には興味ありません、この中に超能力者がいたら僕のところに来なさい、って」
 さらりと言う兵部に。
「あの、それは……」
 何故か九具津ががっくりとうなだれてしまい、兵部はその姿に首を傾げたのだった。

                                                                          <終>



 
   ■あとがき■

 久具津君にもたまには脚光を浴びさせてみました。彼は目立たないのが特徴で すので、浴びせた割に目立ちません。代わりに彼の好きそうなネタをいろいろとパロらせていただきました。だって九具津君ですもの。
 時間軸的にはコミックスでは4巻。テレビ版では「彼はどうして怒ったか?」の後になります。

 以下元ネタです。

・スーマラン=RD潜脳調査室 sous-marin 架空のメーカー。プレミアム物のサングラス
・ベアトリーチェ=うみねこのなく頃に 登場人物 冬コミのコスで綺麗な人がいたので
・エリザベス=銀魂 登場人?物 葉=ロプロス=鳥、ではこれしか浮かばなかった
・「ただの人間には〜」=コミックスサプリメントのネタ 涼宮ハルヒの憂鬱 ハルヒ役声優はアニメの薫役の平野綾さん

 自分にはお笑いセンスが皆無なのは承知の上ですが、少しでも楽しんでもらえたらいいなぁと思っております。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.01.13