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ヴェネツィアの風
 - venis -
 

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 目の前にいい歳をした(本当にいい歳だ)だだっ子がいる。
「嫌だ、行くったら行く!」
「いけません!ここまで来て何を言ってるんですか!」
 立ち上がってドアに向かおうとする兵部と、学生服の裾を掴んでそれを止めようとしている真木の姿が、水上都市ヴェネツィアの某有名ホテルで繰り広げられ ている。
 今日はマフィアとの取引で、しかも相手側はボスが来るというのに、兵部はそれを放っておいて日本に戻ると言って聞かない。
「確かに俺だけでも何とかなるとは思いますが、それでも組織のトップですか!」
 ホテルの、真木の部屋に兵部が尋ねて来たのが昨夜のこと、今朝になって持ち込んだノートPCで仕事を確認していると、その中に「日本で生物汚染発生の予 知があって、ザ・チルドレンがそれの鎮圧に向かう可能性が高い」という情報が紛れ込んでいたのを、うっかり服を着たばかりの兵部に見つかってしまった。
「君がいれば何とかなるなら、充分じゃないか」
「ああもう!」
 つとめて無表情を作ると、兵部の足下をすくうようにその身体を抱き上げる。横抱きになった形の兵部は真っ赤になりながら、まだ暴れている。
「なっ、何するんだよ馬鹿真木!お姫様抱っことかしてる場合じゃないだろ!」
「なんと言われようと」
 ベッドへと歩み寄ると、その上に兵部を放り投げるように手を離し、自分の身体で兵部のそれを押さえつける。
「今日は取引以外どこにも行かせません」
「真木のケチ!」
 まだ暴れている兵部だが、目線はそっぽを向いて、真木と正面から当たりたくない意志を示している。
 反して真木はつとめて無表情のまま、右手の束縛を解くと空いた手で兵部の顎を掴み、自分に向けさせると、やや強引にその口を自分の唇で塞ぐ。
「ん――!」
 何か言おうと兵部が口を開いたところに舌を侵入させて、噛まれないように注意しながら内側を嬲る。平静を装ったようでいて実は自分からしようと頑張った キスを、兵部も次第に受け入れ始める。
「――ぁ……」
 兵部の身体から力が抜けたところで、キスを止めてその瞳をじっと見つめながら告げた。
「これ以上わがままを言うなら、力ずくでも止めさせますよ」
 力ずくで、というのは必ずしも言葉通りの意味ではない。わざわざベッドまで運んだことを考えると、『そういう』意味に行き着く。それを察せない兵部では ないはずだ。
 真木の言葉に、気持ち息を荒くした兵部は目尻を赤く染めて睨み、またそっぽを向く。
「――まったく」
 真木の身体の下ですっかり弛緩している兵部は、小さなため息をつく。
「君の言い分はわかった」
「では――」
「バイバイ、真木」
 真木の身体の下から質量が減る。いや、消えた。テレポートしたのだ。
「……しょう、さ」
 真木はそのままベッドへと頽れる。まさかこう正々堂々とテレポートで逃げられるとは。本気にさせてしまったということだろうか。反省しつつも、すぐさま 飛び起きてノートPCに向かうと、兵部捜索の命を出す真木だった。
 一方、兵部はといえば、ヴェネチアの空に浮きながらも嘯く。
「真木ったら、ほんとに馬鹿なんだから」
 身体にはまだ真木の感触がある。押さえつけられていた手首にも、無理に塞がれた唇にも。
「昨日の今日でそんなことされたら、取引どころかそもそも起きれなくなっちゃうじゃないか」
 昨夜の真木との性交の匂いもまだ抜けきっていないような感覚を覚えながら、兵部は無意識に自らの身体を抱く。そしてヴェネツィアの風を纏いながらテレ ポートで跳躍した。


                                      <終>



   ■あとがき■

お題:シ チュ:ホテル、表情:「無表情(or驚いた顔)」、ポイント:「お姫様抱っこ」、「自分からしようと頑張っている姿」です。

 今日はキスお題ったーから。キュンキュンモエモエハエハエの舞台裏、をイメージしてみました。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.10.10