hyoubutter
ABOUT
NEW
TEXT
BLOG
LINK
MAILFORM
OFFLINE
twitter
ANOTHER



 
 
 
  

 
 
バレンタインデイ・イヴ
 
- trap of chocolate - 

BACK TEXTPAGE
OLD CONTENTS
NEXT CONTENTS



 雪を払って玄関のドアをくぐると、今日は子供達は留守のはずなのに、甘い匂いが漂ってきている。
 残っているのは幹部の3人と自分だけだし、紅葉と葉は外でつらら落としの作業中だ。
「真ー木ー」
 残るは一人しかいない。香りの元はキッチンのようだ、とコートを適当に玄関にかけると兵部はキッチンへと向かう。
 ドアを開けると、やっぱりそこには長髪にエプロン姿の男がいた。
「なになにー?おいしそうじゃないか」
「来た……」
「何だよ、来た、って嫌そうに。あ、チョコじゃん。ひとつー」
 兵部はキッチンでなにやらボウルだのへらだのを持ちながら作業している真木の横から手元を覗く。
「それは材料ですから、ちゃんと分量はかって使うんですからやめて下さ……りは、しないですかやっぱり……」
 言っても聞く相手ではない。つい語尾が尻すぼみになってしまうし、兵部は兵部でやっぱりなんの変哲もない加工前の板チョコをもそもそと食べ始めている。
 いつもの事だが、こうやって手を出すわりに、いざケーキやら食事が出来上がった頃にはいらないとか言い出すのだ。つまみ食いや盗み食いが大好きで、その くせ執着している訳でもない。
「できあがってから食べればいいものを、なんで俺が作ってる横からわざわざ」
 思わずぼそりとこぼしてしまう真木に、けろっと兵部が言う。
「だってそれ、どうせ僕用だろ?」
「え?」
「え?」
 真木がぽかんとすると、兵部も同じ顔になる。
「僕のじゃないの?」
「どうして男の俺が男のあなたにチョコを贈らなければいけないんですか」
 真面目に返すと、兵部もそういえばそうだよねえ、と自分の顎に手をかける。
「大体、少佐は毎年、皆から山ほどもらうじゃないですか。わざわざ俺がチョコの用意だなんて、今更でしょう」
 それに男役と女役で言えば逆――などとは口が裂けても言えないが。
「とか言ってそれは何さ?」
「……生チョコです」
 温めた生クリームに刻んだチョコを入れながら言う台詞ではなかったかもしれない。兵部は目ざとくテーブルの上に準備された両手の平をあわせたくらいのサ イズの型を取る容器――バットを指しながら。
「その入れ物どう見ても僕用じゃん。全員の分にしちゃ量が少なくない?」
「明日の子供達の分ですけど、色々加減がわからないのでまずは試作品を……っていうか少佐」
 ビターチョコを嫌そうに放り出してまた別の材料へと手を伸ばす姿に、がっくり項垂れつつもその手を掴む。
「何さ?」
 右手を取られた兵部は、少しむくれたような表情で真木に振り返ってくる。
「邪魔しないでいただけると嬉しいのですが」
「やだね」
 即答。
「……」
 真木は仕方ないから兵部の手を離すと、また黙々とチョコを溶かす作業に移ることにした。
 たしか紅葉や葉と同じく兵部もこの山荘のまわりの雪除けに出払っていたはずだが、残りの二人が戻ってきた気配もなかった。
「そんなに外は寒かったですか」
「え?どうしてさ?」
「寒いから一足先にお一人で戻ってらしたんでしょう?」
「よくわかったねー」
 やっぱりか、と心の中だけでため息をつく。まったく、除雪は少々危険な作業だから全員でやるよりも|超能力≪ちから≫の強いものが集中してやったほうが いいと言い出した当人だというのに。ちなみに幹部以外のメンバーは子供達を引率して裏山に雪遊びをしに行った。戻るのは夕方だから、もう3時間はある。ち なみに真木が山荘の中にいるのはじゃんけんで夕食係になったからであり、今は夕食の下ごしらえが終わり、明日――バレンタイン・デイの子供達へのお菓子の 試作中というわけだ。あわよくば今日中に作り終えてしまいたいとも思っていたが、兵部が戻った今その計画の完遂は困難を極めるだろう。
 興味が真木自身ではなく材料のほうにあるうちに、とバットにチョコを流し入れる。味付けは子供たち向けのそれではなく、一足先に紅葉あたりに味見しても らうためにビターチョコの割合を増やしてある。
 しかし、あとは冷蔵庫で1時間ほど冷やしてパウダーをまぶせば完成……のはずだったのだが、冷蔵庫の中は下ごしらえの終わった料理で満員御礼状態であ る。
「困ったな……」
 片手に流し入れたチョコのバットを、もう片手に余ったチョコの入った鍋を持って真木は途方に暮れる。助け船を出したのは兵部だった。
「外に置けばいいんじゃないの?」
「少佐、頭いいですね」
「……バカにしてるのかい?」
 普通に褒めたつもりなのに何故不機嫌なのだろう。理由が知りたくてまじまじとその全身を見つめて――
「あ」
 真木はあわてて両手のチョコをテーブルに置くと兵部に詰め寄る。
「な、何?」
「フード被らなかったんですか、濡れてますよ」
 ほら、と学生服の前を開けてシャツを見ると、肌が透けて見える程度に濡れてしまっている。学生服の色が黒なので今まで気付かなかったのだ。
「ああ、葉とつらら投げ合戦してたら、帽子をなくしちゃったみたいなんだよね。多分そのとき」
「まったく、貴方も葉も」
 えらく物騒な遊びをしていたようだ。紅葉が止める……訳がないか。
「早く脱いでください。風邪ひきますよ」
 そのままいつもの調子で学ランを脱がしてスツールにかけると、シャツに手を掛け手早くボタンを外し始めた。
「ええっ、ちょっと真木っ――わっ!?」
 一歩下がってたたらを踏んだ兵部が素っ頓狂な声をあげる。
「少佐?」
 左手を抜こうと真木がシャツの内側に手を入れたところで、兵部がテーブルに腰をぶつけて、その拍子に右手をついた。まではよかった。
 その先に生チョコの残りの入った鍋の取っ手があって、ひっくり返して手にかけてしまったのだ。
「おっと」
「大丈夫ですか!?」
 蒼白になってその手を取ってシンクに行こうとする真木の肩に兵部のもう片手が乗せられ、止められる。
「真木、真木。全然熱くないから大丈夫。君、慌てすぎ――ほら」
 と言いながら、流し台で冷やそうと真木に捕まれていた右手を、真木の体ごと引き寄せる形で顎の前まで持ってくるとひらひらと降ってみせる。真木がまじま じと見ると、たしかにあちこち固まりかけたチョコがついているだけだ。
「すいません、そんな所に置いてしまって」
「いや、それはいいんだけど」
 テーブルを見ながら軽く息を吐いた真木に兵部が語りかける。なんだろうと至近距離から顔を見ようとしたところに、兵部の手を覆うチョコが茶色い流れと なって手首へと流れ落ちるのを見て、やっぱりまだチョコが熱いのかと慌ててしまった真木は咄嗟にそれを舌で掬う。熱くはなかった。
「……よかった、大丈夫ですね」
 舌に感じる温度からは、むしろ兵部の体温でチョコが溶けつつあるように思える。
「大丈夫、かい?本当に?」
 兵部がその掌ごしに真木を見つめてきたので、真木も見つめ返す。なにかまずいことでもあるのだろうか。
「君ね、今の自分が何をしているかわかってる?」
 呆れたように首の角度を下ろした兵部が見ているのは兵部自身の胸だ。白いシャツをはだけられ、素肌との間には真木の左手が滑り込んでいる。
「……う、うわっ!?」
 それはキッチンで見るにはあまりにも破廉恥な光景だった。そういえば今もまだ兵部の右手を握っているままだし。慌てて離そうとした時、視界の隅で、また 兵部の手をチョコレートがゆるやかに溶けて落ちるのが見える。
 動くものにとっさに視線を合わせたとき、茶色いチョコを纏った掌ごしに、兵部の瞳と目があった。怒りにか羞恥にか、少し紅を乗せた瞼が楽しそうに引き絞 られると、兵部はさっき真木がしたように自分で自分の手を舐め始める。
 赤い舌で流れるチョコを辿るように舐め取っていく仕草はひどく挑戦的で、誘惑されているようにも思える。
「――しょう、さ」
 思わず喉を鳴らして名を呼ぶが、兵部はちらりとこちらを見ただけで、また元の行為に戻る。
 何かに操られているかのように、真木もまたその手に自分の唇を寄せるが、兵部は何も語らず、ただ真木を見ながら舌を動かすだけだ。
 兵部の舌を追うように真木もその手を舐め始める。舌に乗せたとたんにとろけていく味は少し大人びていて、リキュールのかわりに入れた紅葉の好きなブラン デーの香芳が鼻を抜けていく。
 ――酔いそうだ、と思う。そしてすぐにその考えを撤回する。――酔っている、もう既に。
 でなければこんな行為にこれほど夢中になってしまうはずがない。自分も、兵部もだ。
 時折交差する舌と舌は直接絡み合うことはなく、それぞれの動きで掌を弄び、蹂躙している。小指の付け根から先までくまなく舐め取った後に、白く細い指 先を軽く歯みながら、指と爪の間を舌先で辿りゆるく吸うと、兵部の鼻にかかった吐息が漏れた。
「……んっ」
 荒くなっていく呼吸は互いに知らんぷりをしていたけれど、ここまできたらもうそれも隠しきれない。改めて、舌をその肌から外すことなく今度は薬指との間 を舌で嬲ると兵部が身じろぎをして、その拍子に、掬いきれなかった茶色い液体がぱたり、と僅かな音を立てて兵部の胸へと落ちる。
「寒く、ないですか」
 とっさにそう言ってしまったのは胸に落ちた滴を追って、シャツの濡れた感触に気が付いたからだが、兵部は酔いを隠すことなくうっとりとした仕草で首を振 ると、まだ胸とシャツの合間に縫い止められるように添えられていた真木の左手に自分の左手を引き上げ、添えた。
「もっと僕を、熱く、して」
 まなじりに朱を刷いた、潤んだ目に見つめられて、真木は兵部が最も求めているであろう行為を迷わず選択する。
 掌から唇を離して胸へと顔を埋め、ぽつりと一滴落とされたチョコレートを時間を掛けて舐め取ると、そのまま胸を同じ丁寧さで濡らしてゆく。
「ん……ぁ…」
 天を仰ぐように喉を仰け反らすと、兵部はそのほとんどを舐めつくされた自らの手から、初めて唇を離し快感の声を上げた。
「少佐……」
 真木が兵部の名を呼んだ、その時。
「ジジイ、いるんだろー?帽子探すとか言ってなーに一人でバッくれてんのさ」
 玄関のドアをやや乱暴めに開ける音と、駆け込む気配。葉だ。一人のようだが、もちろんキッチンに鍵をなど掛けていないし、あのスピードだとすぐに辿り着 かれてしまう。
「よ、葉っ!」
 真木は狼狽えて、葉の名前を呼んで制止しようとしたが言葉が出てこない。葉との距離はキッチンのドアの前まであと半分の距離、と知覚してはいるのだが、 思考回路がショートしているのか、具体的な行動を思い浮かべられない。
「なに、真木さんはキッチンなの――わあっ!?」
「それ、外に出してきてよ」
 驚いたような葉の声に被せるように発せられたのは、兵部の声だった。 
「外?」
 それ、ということは葉はなにかを預けられたようだ。おそらくは|瞬間移動≪テレポート≫で。
 半ば無意識に目線を動かすと、型に流し入れた方の生チョコが見当たらない。外で冷やせばいい、と言っていた型に入ったチョコだ。
「冷蔵庫がいっぱいでチョコを冷やすスペースがないんだよ。ね、真木」
「あ、ああ…」
「僕は真木の手伝いで忙しいからよろしく」
 兵部がそう言うと、葉はちぇ、と一言漏らすと、また玄関へと去ってゆく。
「真木さん、美味しい晩メシ頼むねー」
 玄関先でそう言った葉が玄関から外に出て、扉が閉まる音がする。それを確認して胸をなで下ろしながらも、真木は兵部に聞かずにいられなかった。
「手伝いで忙しいんですか?」
「勿論」
 くすくす笑う。嘘ではなかった。兵部だって手伝いはしていたのだ。
 胸に落ちた最後のひと雫のチョコレートが、引力によるものではなく兵部の力によって狙い落とされたものである事に、きっと真木は気付かないだろうけれ ど。
 胸――真木の唾液に濡れたそこは、いやらしくぬめり、光りながらも、兵部にとっては少しだけ肌寒さを感じさせる。
 葉の闖入で真木はすっかり兵部から離れてしまっていたし、第一すでに興は冷めつつあった。
「今日は僕、もうお風呂にする」
 言ったそばから寒さに震えた肩を自分で庇いながら、スツールの学生服を取ると。
「あ、ああ、ですね。そうするのがいいと思います」
 露骨に落胆の色を浮かべたりしないのが真木という男だが、それでも声音が悄然としていると、やっぱり付け加えずにいられない。
「先に入ってるね」
 待ってるよ――言葉の続きは唇の動きだけだったけれど、十二分以上に伝わったらしい真木が嬉しげに(そして少し恥ずかしげに)頬を紅潮させる姿を見てい ると、兵部もまた少し気分を高揚させながらバスルームへと向かうことができた。

 山荘は葉の物心ついた頃にはここにあって、夏は避暑、冬に雪見と年に二度は必ず滞在する。郵便配達が来るのかどうかもあやしいような場所なのに、玄関先 には独立したポストが置いてあって、葉はその上に預かったチョコレートの入った型――アルミのバットを乗せる。と、紅葉が訊いてきた。
「なにそれ?」
「冷やせって言われた。あの分じゃ今日は夕食以外何も作れないだろうから、食べるんなら今のうち・・・ってこれ切れ目入ってねーじゃん、無理だ食えねー わ」
「?どうかしたの?」
「別にー。どうせ少佐が先に味見しちゃってるに違いないってだけの話」
 あんな狼狽しきって裏返った声で叫ばれたら、大体の事情はわかるというものだ。もっとも、そこに気付かないからこその真木でもあるのだが。
「ジジイも真木さんも、つらら合戦リベンジとかしてる暇ないだろーなー。つまんね」
「真木ちゃんなら今日が駄目ならその分、明日がんばって早起きしてチョコレート作ってくれるわよ」
 さっきまでは屋敷の裏側の除雪にかかっていて、庭でのつらら合戦には参加していなかった紅葉が、空間固定と|ゴッド・ハンズ≪神の手≫を駆使してラッセ ル車よろしく玄関前の雪を森へと押しやる作業を続けながらも。
「だから少しは我慢しなさい。つらら合戦だって、どうせさっき少佐に子供じみた手でやられたのを真木ちゃんで晴らしたいだけでしょ?」
 呆れ半分の声でサングラスの脇から横目で見られて。
「……わかってんじゃん……」
 明らかに葉の本音ももう二人の事情も丸見えの紅葉に、うっかり肯定の言葉を返してしまう葉だった。

                                           <終>

2010.02.15 追記
?????
XXXのヒミヤ様のバレンタインも是非ごらん下さい!
ただ今届きたてでございます
そしてネタのかぶりっぷりに驚くといいと思いますw



   ■あとがき■

 バレンタインデー・イブネ タです。正確にはイヴは前「夜」のことを指すのでちょっと違いますが、ご勘弁ください。
 クリスマスは後日だったのでバレンタインは前日にしておきました。あれ、でもまた食べ物ネタだよ……?(滝汗)
 場所的にはキッチンラブ。もしかしてまたしてもパティちゃん的には定番シチュだったりしてしまうんでしょうか。詳しくないのでよくわからない自分がはが ゆいですが、定番ばっちこーいという感じです。パティちゃんと同じポイントで萌えていただけたならイヤッホオオゥ(AA略)です。
 今回は、つまみぐいっておいしいよね的な。でもやりすぎるとその後の料理がかすんじゃうよね的な事が伝えたいという気持ちがありました。ので、そんなお 話になっていると皆様に思っていただけたら嬉しいです。 あと多分葉ちゃんもつまみ食い派とかそういうの。w

                   written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.02.12