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豆デイス 
 
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 アジトにはまんべんなく豆が捲かれ、鬼の役を演じた面々もいつの間にか着替え、居間に戻ってきてい る。
 個々の部屋に捲かれた豆は早めに撤去されたが、暖房の入っていない所や目の届かない場所は撤去されていない所も多い。
 一方、廊下。
 まさしく暖房が入っておらず目も届きにくい場所で、床に転がったままの節分の豆など見えていないというふうに真木と兵部が対峙している。
 真木は困り顔、兵部は目をつり上げて、どうやら怒っているようだ。
「僕にはわかってるんだ」
「ですから、しょう……」
「真木は黙ってて!」
 ぐっと真木の頭を下に押さえつけて、その髪の毛の後頭部から首筋にかけての場所へ手を入れると。
『ワー!何スルンダヨキョースケ!』
 果たして兵部の手には、真木の髪の中に隠れていたモモンガ――桃太郎の姿があった。
 兵部の手で大きく特徴的な尻尾を捕まれ、引っ張り上げられた桃太郎がもがいている。
「それはこっちの台詞。まったく、今朝からずっと見かけないと思ったら、まーた真木をこたつ代わりにしてたな?」
「いや、桃太郎はそういうのではなく」
 今年は珍しく節分の鬼を免れた真木が口を開くと、桃太郎がその後に続く。
『今日は節分ダロ?ブツケラレルト痛イカラ隠レテタンダヨ!』
 なるほど確かに、この小さい体にあんな豆をぶつけられたらさぞかし痛いだろう。人間に例えるなら割れないスイカをぶつけられるような痛みか。しかし兵部 はにべもなく言い放つ。
「嘘だね」
 いつぞやの「バレット=ブラック・ファントム」の件で真木とともに護衛機襲撃のために組んで以来、時折桃太郎は真木の髪に隠れるようになった。特にこん な寒い季節は、決してサラサラとは言えない黒く長い髪の毛(と炭素繊維)の強さと保温性の高さがたまらないようで、首に巻き付くようにしている桃太郎の姿 は兵部も何度も目撃しているのだ。
「豆まきはもう終わったし、単に便利な湯たんぽから離れたくないだけのくせに」
「……そういえばさっき、部屋にひまわりの種を取りに行かせられたような……」
「ような、じゃないよ真木」
 呆れずにいられないという表情の兵部。その手に握られたままの桃太郎が、しまったとばかりに体を強ばらせている。
「まさか、桃太郎?」
 目を細め眉を上げた真木に向かって、桃太郎は開き直って肩をすくめてみせる。
『仕方ナイダロ。本当ナラ冬眠シテル時期ナノニ、働イテヤッテルンダカラ、少シグライハサー』
 その言葉に、大分険の取れた表情になった兵部が桃太郎の体を自分の肩に乗せてぎゅう、と掌で押さえつける。
「お前の定位置はここだろ?」
『ナンダヨモウ!年寄リハイタワレ!』
 押さえつけられた不満こそ言ってはいるものの、桃太郎ももう兵部の肩から動くつもりはないようだ。兵部が手を離しても、ちょっこりと兵部の肩の定位置に 座り込んでいる。
「いたわれ、って、それは僕の台詞だろう!?まったく、人の十八番を…」
「……労られたいのか?年寄り扱いしていいのか……?」
 つい独り言でつっこんでしまった真木であったが、直後、耳ざとく聞きとがめた桃太郎と兵部にキッと睨まれる。
『誰ガ』
「年寄りだって?」
 失言だった。というか自分で自分を年寄りと言っておいてキレられるのは言いがかり以上の何でもないと後になって真木は気付くのだが、とにかく今は失言 だった。
 気付くと真木は兵部のテレポートで膝から下を廊下に埋められていた。
「行くよ、桃太郎」
『マ、京介ガ言ウナラ仕方ナイナ』
 すたすたと去っていく一人と一匹に取り残されてしまう真木。
「どちらかというと」
 首に当たるもそもそとした桃太郎の毛の感触は、むず痒いようでいてふわりと暖かく、真木も決して嫌いではないのだが、兵部とのそれのようなやりとりをす るような近しい間柄(?)でもないのは確かで。だからあの二人(?)がともにいるのはどこかほほえましくもあるのだが。
「少佐が桃太郎を離したくないだけのような……」
 結局真木は自力で床を破壊して脱出したわけだが、この廊下の修理代を払うのは誰なのかを考えて微妙にブルーになり、ひとときの現実逃避に廊下の豆を拾い 始めた……。

 というわけで、廊下の穴から誰かが床下に落ちたりはまりこんでしまっては大変なので、応急処置として板で適当に穴を塞いで工務店に電話をかけた後、真木 はキッチンで豆を炒っていた。
「何してんの」
「豆を炒ってるんです」
「そりゃ見ればわかるけど」
 兵部の登場にも背を向けたままだ。
「豆まきで捲いた豆でしょ、それ」
 兵部は机の上に散らばったうちの幾つかを見てそう訪ねる。
「皮を剥いて炒ってしまえば普通の豆ですよ」
 言いながらも真木自身、そのまま食べるのは抵抗があるので、あとで挽いてしまうつもりではいる。
「みんな居間で恵方巻き食べてるのになんなんだよー。待ってたんだよ?」
「いいんです。俺は冷たい廊下でひとりで埋められているほうがお似合いなんです。あれ?桃太郎はご一緒ではないのですか?」
 あえて目線を合わせずに耐熱ボウルにフライパンの上の豆を入れる真木。その姿に兵部も苦笑する。
「……君も言うようになったね。桃太郎もちゃんと居間にいるけどさー」
 兵部がテーブルに膝をかけるようにのめってきたかと思うと、テーブルの上の食器類と炒り豆ごしに、真木の額にキスをした。
「!?な、なっ?」
 目を丸くする真木に、すっかりテーブルに膝を乗せきった兵部が告げる。
「僕は、君を、待ってたんだけど?」
 いつもならそこで納得する真木だが、今日は不思議と冷静な自分を保てているようだ。
「じゃあ――」
 今度は真木が、兵部の唇にキスをする。刹那触れるだけの、羽根のように軽いキスだ。
「――俺もあなたを待っていたことにします――ここで」
「ここで?」
「はい」
 真木が頷くと、どちらともなくクスクスと笑い始める。
「少佐は、桃太郎が俺になつくのが嫌なんだと思っていたんですが」
「だって桃太郎が」
 そこで兵部の笑顔が別の表情に変わる。そして頬を膨らませて。
「……君を独り占めしてた」
「は?」
 自分の見える範囲の世界は自分の思うように動かないと気が済まない兵部だから、同じような趣旨の言葉を言われたのは初めてではない。もちろん嬉しいし、 今だってちょっと頬は赤くなってしまっているかもしれない。がしかし、今回の相手は。
「桃太郎ですよ?」
 そんな風なことを言いながら真木も気付いていた。さっきから、兵部から一歩退いた態度を取ってしまうのは、自分を置いて桃太郎と一緒に行ってしまったか らだということを。
「わかってるけどさ」
 これで照れて俯いているならばまだしも、むっすりとむくれてそっぽを向かれては、真木には手出しのしようがわからない。自分も同じ気持ちだと伝えるのも どこか躊躇われる。わかるのは、自分も同じような顔をしていたのかもしれないということぐらいだ。
 だから言葉ではなく、兵部の頭を引き寄せると首のすぐ下へと抱き寄せた。その行為自体に兵部は反抗もしなかったが、途中で兵部の手の動きが止まる。
 その指の先に触れたのは、キッチンにふさわしくない小さな巾着袋。軽くサイコメトリすると、その中身は。
「使ってない豆?とっておいたの?」
「ああ、それはあとで少佐のお部屋に持っていこうと」
「豆を?」
「ええ、年の数だけ食べろと言うでしょう?だから80個と少し。最近寒さも堪えているみたいですし、健康の為にもと――」
 その時。腕の中の兵部の感触が消えたかと思うと、真木の上から雨が降ってきた。
 暖かい雨だった。でも少し痛い。最後にヘルメットみたいなものも落ちてきた。これは普通に痛くて、雨ではなくて金属製のボウルに、最後にゴン、と当たっ たのはフライパンだ。帽子のように被る形になってしまっている。
 兵部が、真木の上に豆を捲いたのだ。ついさっきまで炒っていた豆を、ボウルとフライパンごと。
「〜、何が健康のためだよ全く!何かというと僕を年寄り扱いして」
 テレポートで真木の腕から抜け出した兵部が悪態をつく。腹立たしい。自分の年の話をされるのは無条件で腹が立つ。しかも毎年似たようなやりとりをしてい るのに、真木はどうして覚えようとしないのだろうか。まったく真木はまったく!
 すっかりご機嫌ナナメで立ち去ろうとした兵部の後ろから、真木が弱々しく啼く声が聞こえた。
「……桃太郎用、ですが……」

『ナンダヨコレ、キョースケ!』
「年の数だけ食え」
 居間から戻ってきて、こんもりと寝床――桃太郎用ベッドの上に大量の豆が置かれているのを見て、桃太郎が最大音量でテレパスを使って異議を申し立てる。 が、兵部は涼しい顔、というより半ばぼんやりと、心ここにあらずといった感じでぼやくだけだ。
「ったく、お前のせいで真木に……」
『ドウシタ?』
 聞き返した瞬間に兵部はハッとした表情とともに心を閉ざしてしまう。その寸前に感じたのは、口調通りのいらだちではなく、それよりももう少し暖かくて恥 ずかしい、人間の味覚と言葉で例えるなら「甘酸っぱい」もののように桃太郎は感じた。
 がしかし、この有様では自分の寝床は使えない。イコール眠れない。でも寝床以外の所に置いたら全部床に転がってしまいそうだ。
「とにかく君はもっと健康になること。寒さにも負けないこと。だから食べたまえ」
『ダカラッテべっどヲ占拠スルコトハ無イダロウ、キョースケノ馬鹿!』
「どういたしまして、齧歯類?」
 その後のささいなやりとりが終息すると、兵部はどこか遠くのことを考えているような表情で、肩肘をついて窓の外を見るともなく見ている。
 時折退屈そうにあくびをしたり、目を擦ったりしながらも、兵部はひたすら静かだったから、桃太郎も漫然と豆を食べていた。食べた分だけ元の広さを取り戻 しつつある自分の寝床を見つめながら。
 カリカリと豆を囓る音が時折思い出したように響く。そうしてどのくらい時間が経ったか。控えめなノックのコンコン、と音が響いた。
「少佐、あの……」
 耳慣れた、太く低い声。
 寝床の豆を三分の一ほど食べたところで満腹になってひっくり返っていた桃太郎が起きて、その声の主を当てる。
『真木ガ来タ』
「わかってるよ――入っていいよ」
 言葉の前半は桃太郎に目配せをしながら、後半は扉の向こうの真木に向かって。
 真木が扉を開いて入ってくるのと入れ違いに、桃太郎は廊下の向こうへと出て行く。ある時間以降に真木が訪ねてくる時は、いつもこうするようになっている のだ。
『シャーネーナ、澪ノトコロニデモ行クカ』
 暗い廊下。幸せそうに膨れた腹を抱えて、幾分かよたよたと、いずこかへと飛んでいく桃太郎の姿があった。 

                                           <終>



   ■あとがき■

 節分ネタです。
 時間軸的にはブラック・ファントムの後〜カタストロフィ号の前なので12〜16巻の間ですね。
 齧歯類は豆が好きだったなあと思って今回スポット当ててみました。
 といいながらやっぱり真木兵部が抜けない(笑)すでに私の体質、みたいなレベルw。これなんてすりこみ?
 前回のアップから自分らしからぬ速度で更新してみました。時事ネタはやっぱり必要なのかなぁと思いましたし、ちょうど話が浮かんだのでなんとかギリギリ セーフ!です。・・・よね?(小心者)まぁ当然のようにタイトルがすばらしく適当なのが激しく心残りです。

                 
written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.02.02