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帰宅 
 
- tomorrow never knows - 

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「――少佐!」
 ぱあ、と晴れやかな顔をして玄関で迎えてくれた司郎と紅葉だったが、二人揃って目の下にクマを作っていることに気付いて「疲れてるんだな」と思わずに はいられない。だから帰ってきたんだけれど。

「葉が風邪?」
「そうなのよ」
 久方振りに、子供達をエスパー刑務所へと連れてくるのではなく、自らの足で三人の子供達のいるマンションへと戻ってみると、どうやら年長組二人が疲れを 感じさせる風体なのは、末っ子の看病のためだったらしい。
「そりゃあ、大変だったろう。今度、君たちから僕へと連絡できるような手段を考えておかないとなあ」
「紅葉もよくやってくれてるけど……」
 その後の真木――司郎のため息で、葉の看病というものがいかに大変なのかが伝わってくる。葉は半端に能力が高いから時に本人であっても自制が効かず厄介 だ。それこそ四六時中交代で見はっている状態だったろう。
「気晴らしも出来ず、大変だろうね?」
「あたしは体を動かしてさえいればそうでもない。司郎ちゃんも少佐の部屋に入り浸ってるから大丈夫」
「も、紅葉!!」
「へえ?」
 強がっていても寂しかったりするのかと長男坊を揶揄しようとした時。
「僕もよく行くよー?」
 無邪気に会話に入り込んできた葉の出現で、その話題は打ち切りになる。風邪で寝込んでいたはずなのに、いつの間に居間にやって来ていたのか。
「葉、起きて大丈夫かい?」
「まだ寝てないと駄目だろう」
「熱は測ったの?薬は飲んだ?」
 兵部・司郎・紅葉の順で問われて、おろおろと目線を彷徨わせる葉。と、目線を宙に固定すると、くしゃりと顔を歪める。
「ん?」
 兵部が葉の変化にとまどっている間に、残りの二人の行動は実に素早かった。
 紅葉が空間固定で葉を制止させ、司郎が髪の毛の炭素繊維で葉の口を塞ぐのに要した時間は約1秒。
「ふわ、ふぇ、……むぐ」
 もごもごと口から音を漏らしながらもぐずっている葉の様子でようやく兵部も気付いた。
「泣かせちゃったかー……」
 一度に声をかけられて混乱したのだろう。兵部が自省している間にも、残りの二人は葉に駆け寄ってそれぞれの役割を果たしている。
「泣きやみなさい、葉。せっかく少佐が来てるのよ?」
「心配して聞いたんだ、責めたわけじゃない、分かるだろ?」
 兵部は司郎と紅葉、二人の言葉にこくこくと頷く葉の姿を見て、頼もしさほほえましさを感じるとともに、何故か寂しさにも似た感覚を抱いてもいた。

 異変は夜中に起きた。
 久しぶりの自分のベッド。清潔なシーツに堅すぎず柔らかすぎないスプリング。のびのびと手足を伸ばしているうちに、服も着替えず兵部 が眠りこけていると、頭の脇に何かの重量物の気配を感じて目が覚めた。
 ギシリ。
「な、に……?」
 起き出すのも面倒で体だけそちらに向けると、ベッドが大きくきしんで何かが自分の正面に向き合う形で横たわる。
 暗闇で目をこらすと、それは司郎だった。思わずどきりとする。何事が起きたかと思ってしばらく固まっていたが、いつまで経っても何も起きてくれない。
「……なんなんだよ」
 甘えに来て、寝てしまったとか。だとしたら可愛いけれどがっかりだな――などと思いながら、アップになった司郎の顔に、可愛いだけでは済まされない変化 が起きつつある事に気付いてしまう。眉間のシワだ。兵部が三人をひきとった頃にはすでにそこには、生まれついてからずっとこういう顔だと言わんばかりの深 い溝があったが、その数が増えた気がする。少なくともリラックスしているはずの睡眠中もこの顔というのはちょっと、老けて見られても仕方がない。
「この年でこれ以上シワが増えたらどうするんだろうなー」
 我が愛し子ながら心配になる。その司郎の一番の心労のタネが自分だという自覚はない。
 ぐりぐりと眉間の皺を伸ばしてやろうとした手がふいに止まる。司郎が身じろぎしたからだ。
 起こしてしまったか、と思うとそうではないらしい。
「ん……」
 肩をすくめると、タオルケットを掴んで自分の肩に引き上げる。どうやら肌寒かったようだ。そこまではよかったが、猫の子よろしく横向きのまま頭を下げる ように丸めると、兵部の頭に鼻っ面を押しつけるかのような至近距離でその動きを止めた。
「し、司郎?」
 寝てる。念入りに|透視≪よ≫んでみてわかる、表層も深層も間違いなく、寝ている。
 しかもどうやら、彼の頭の中ではこのベッドは司郎自身の部屋のベッドとして処理されている。つまり、寝ぼけて入りこんだのだ。
 落胆のため息をつきながらも、あらためて彼の姿を見てみる。
 葉をあやした後にシャワーに入って洗ってきたのであろう長めの髪からは、まだ洗いたてのようなシャンプーの香りがする。普段つけているアクセサリ類など は外して、タオルケットの合間から見えるのは何の変哲もないショートパンツとTシャツ姿。ベッドで見るそれはいつもと大差ない服装のはずなのに、兵部の鼓 動を早めさせる。
 言葉では表現できない衝動に後押しされて、手が勝手に司郎のほうへと動く。が、ためらいと理性で己の衝動をどうにかとどめた。すると今度は頭がぐるぐる と回り出して止まらない。
 ――どうしよう。
 外見じゃ、同い年位だし。いやいやいや。
 いくら何でもそれはまずい。
 いつの間にか背を越されようと、手や足の筋肉が自分より少し発達していても。
 でも、もともと司郎が悪いんだし!――うん、そういうことにしよう。
 正直兵部にはこういう方面のこらえ性がない。なるようになれ、と思い切ってシャツの裾をみぞおち付近にまで捲り上げた時。
「んー……」
 今度こそ起きてくれたか。これで心おきなく――そう思った時に、真木の掌が自分の手を阻止したのを受けて落胆が心を走る。
「……こら、悪戯しない…で、ちゃんと…寝ろ……」
 かろうじて意味が分かる程度に低い声で呟かれると、その声音の想像外の包容力にどきりとした。|透視≪よ≫み続けている司郎の心はまだまだ睡眠中で、語 りかけているつもりの相手は葉と紅葉なのだと分かっているのに。心と体を持て余して、思考回路がパンク寸前になってしまった兵部が、思うがままに、けれど 何故かドギマギとその体に自分の胸をくっつけるような形で寄り添ってみると。
「……ん」
「!」
 さっきとは逆に抱き寄せられて、頭が真っ白になる。期待に震える耳と心の両方に、司郎の声が届いた。
「……おかえりなさい……京介……」
 はっとなって顔を上げ、その顔を改めて見かえしてみる。この子は、ただのうわごとなのに、どうして自分の名を呼ぶのだろう?どんな心の作用で、その睫毛 は幸せそうに微笑んでいるのだろう?
 途端にどうしようもなく息苦しい気持ちになる。頭が焦る。呼吸するのが難しい。頬が熱くて、どうしていいのかわからない。いや、わかっている。これを鎮 める方法はひとつしかない。
 ――いいよな、仕方ないよな。
 捨てきれない躊躇いの中それでも自分なりの決断を下すと、兵部は司郎のシャツを、今度は胸の上まで一気に引き上げた……。

 朝、目が覚めたのは、司郎のほうが早かったらしい。――十秒くらい。
「ぅわあああぁぁっ!?」
 すぐ側で叫ばれると、いかな兵部とて目が覚める。
 半開きの視界に真っ青になった司郎の姿があって、兵部が起きたのだと知ると今度は真っ赤になった。
「おはよう、司郎」
 声をかけると、ベッドの上の僅かな距離をものすごい勢いで後ずさり、ベッドヘッドに背中を打ったところで自分の姿に気付いたらしい。今の司郎は身を守る 布一枚すら存在しない、つまり裸だ。
「嘘だあっ!?」
 愕然として、それきり微動だにしなくなった司郎を、口に手を添えて呼んでみる。
「おーい、司郎?」
「な、何これ。なにこれ!?」
「何って、見ての通りだけど?」
 兵部が司郎と同様に上半身をベッドから上げると、再度叫び声が響く。
「ええええっ、何で!?い、いやいいです。教えなくていいから!」
 どうやら兵部も自分同様に一糸纏わぬ姿――裸であることを認識したらしい。
「………そりゃたしかに……だけどさ、それにしたって……!」
「何も覚えてないの?」
 兵部はムッとした気持ちを隠すことなく問いただす。こうなるだろうと思っていたとしても、実際にやられると腹が立つものは立つのだ。けど同時に、先を促 さずにもいられない。
「僕なんか、ついさっき寝付いたばかりでほとんど寝てないのに」
 これは本当だ。すっかり眠れなくなってしまったのだ。この子のせいで。
「俺はずっと寝てたんっスよね?うん、だよな!」
「でも覚えてないんだろ?」
 兵部の言葉に、バババッと自分の手のひらで自分の体の要所要所を触るとキッと睨みつけてくる。
「お、俺だって、そ、そういうことした後だったらわかるに決まってるじゃん!?」
「そういうことって、どんなことさ?」
「〜〜〜っ!!」
 睨まれようが吠えられようが、シーツをひっぱりながら真っ赤な顔でやられてはただ微笑ましいだけだ。もちろん若干の復讐心を込めた言葉を選んで投げつけ てはいるのだが。
「さて、僕はシャワーを浴びるよ。君のせいで色々大変だからね」
「だからさっきから言ってんじゃん!ンな訳ないって!!」
 嘘ではない。色々大変なのだ――色々。
 だってすっかり心を乱された。この年になって、自分が育てたはずの子供相手に、どうしようもなく渇望を感じてしまうなんて。
「朝になったら途端に知らんぷりなんて、司郎の薄情者」
 見せつけるように裸で司郎の前を横切ってみせる。まだほんの僅かしか満たされていない、身体の飢餓感を気取られぬように、態度だけは悠然と。
「嘘です!ってか嘘だよね、そうだよね!?」
 まだ自分で自分に言い訳を続けている司郎。そんな悪あがきからわざと目線を逸らし、バスタオルを体に巻き付ける兵部の耳に、涙混じりの司郎の叫び声が聞 こえた。
「そんな大事なこと、俺が忘れるわけないじゃん!!!」

 やや熱めのシャワーに身を委ねると、水滴と一緒に睡眠不足から来る疲労感もまた流れていく気がする。
 あの後、なんだかんだあったわけだが、とりあえず今は一人でシャワーを浴びながら兵部は考える。
 司郎が布団に入ってきて、それがただの勘違いだと知った時。
 何に自分は期待したんだろう?そして何に落胆したんだろう?
 どうもこの答えはまだ出さないほうがいい気がする。わかりきっているとしても、だ。
 大丈夫。時間はまだまだ沢山ある。
 三人の戦女神がその力を具現化させるまでに、司郎と自分の二人の関係はどうなっているだろう?そしてもう一度自分に同じ事を言い聞かせる。
 大丈夫。時間はまだまだ沢山――そうそれこそ、少年が一頭の雄に育つまでの期間位は――許されているのだ。
 今は、まだ。

                                       <終>




   ■あとがき■

 コミックス20巻発売記 念!16才真木です。
 え?デキてんの?デキてないの?ヤッったの?ヤッてないの?という青い思いを共有(笑)していただきたくって書きました。
 それと同時並行して、原作がカウントダウン感が強くなってきたので、そうじゃない、まだまだ時間はある、というのもたまにはいいんじゃないかなーなんて 考えから、こういうものになりました。
 エロ(描写)なしの(やってないとは言ってませんよ?)兵部視点で文章を書くのは珍しい気がします。もしかしたら全編通して兵部目線ははじめて?
 サブタイトルは超有名なミスチルの名曲から。
 少しでも楽しんでいただけたら苦労の甲斐がありました。よろしくお願いします、そしていつも読んで下さる方々に、ありがとうございます。

                   written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.02.18