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街風 
 
- 888番をうっかり踏んでしまったふーたさんに捧げる葉ス トーリー - 

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 待ち合わせ場所には、見知った顔はもはやなかった。
「……やっぱちょっと遅れすぎた、か?」
 約束は2時だったが、今は2時40分を少し回ったところだ。
「レイナ怒ったかなー……まあ、いいか」
 出がけに着ていく服を選びかねて、ようやく玄関に着いてみたら今度は履く靴を選ぶのに手間取って、出発駅についた時点ですでに約束の時間になってしまっ ていたのだが。
「はちあわせたり、二、三回寝ただけで彼女ヅラされたりするよりマシかな」
 苦い経験を思い出しながら、人の波をかき分けて、駅の西口方面に向かう。
 西口を出て、しばらく歩くと小さな公園がある。
 公園なのか民家の軒先なのかは不明だが、とにかくそこは奇妙なオブジェがいくつか置かれ、葉がやってくる時間――午後から夜にかけて――にはいつも誰か がたむろって居る場所だ。そして葉が用のある「誰か」はもれなくスケートボードその手に持っている。今日はBMXの面子は来ていないらしい。
 奇妙なオブジェに見えたのは半円形を更に分断して横幅のある、腰の高さまであるトリック用の台や障害物、手すりなどを組み合わせたファンボックスと呼ば れる台などで、全てストリートのスケートボード用の構造物だ。
「お、葉!」
「ちーっす」
 そこには土曜の夕方だけに、葉と同じ16,7歳の若者達がたむろしている。もっともそのうちの半分は平日の昼間にもたむろっている場合が多いが。時間に 左右されない葉にとって、いつでも誰かがいるこの空間はなんとなくお気に入りの場所で。実のところ着る服や靴にかけた時間は、待ち合わせ相手のレイナとい う女性のためでなく、夕方以降までここで遊ぶならフードつきのトレーナーよりスウェットにジャンパーブルゾンを合わせたほうがいいかな、とかいったことの ほうが主立った理由だったりする。
「北見さんは今日は?」
「まだ来てねー。俺とアキオだけ」
「達也、俺より早く来てやがんの。お前予備校どうしたんだよ」
「バックレてきた。いーんだよ、俺は」
 達也と呼ばれた少年は、着崩してはいるがブレザー姿で、くたびれたシャツを重ね着して古びたストーンウォッシュのジーンズに右耳にフープピアスが並んで いるアキオとは対照的な服装だ。アキオ曰く、達也の着ている制服はそこそこ有名な私立の進学校のものらしく、言われてみればいつも小綺麗にしている。
「北見さんになんか用があったのか?葉」
 北見というのはいつも白い営業用のバンでここの公園に横付けしてくるオッサン――と言えば怒るが30台そこそこの自転車屋だ。自転車から入ってBMXや らボードやらにも手を広げ、ここの公園の構造物――セクションが、何度撤去されても翌日にはまた設置されているのは、この北見の仕業である。
「やっぱ板…スケボー頼もうかなって」
「そうしろよ、お前上手いし、いつまでも俺のボード使ってる場合じゃねーよ」
 と、後から声をかけられて振り向くと、スケートボードを二つ両裏にあわせて小脇に抱えた少年が公園に入ってくる。服装も男にしては長めの髪も周辺のボー ダーとなんの違和感もない、皆より2,3歳年上の男だ。
「イシダじゃん。何、葉と約束してたの?」
「え、全然。なんで?」
 約束も何も、そもそも葉は携帯すら持っていない。厳密には支給されたものがあるが、ミッション以外に持ち歩くことがない。こんな風に遊んでいる時まで猫 に鈴をつけられたような生活は勘弁願いたい。
 アキオの問いに補足するように達也がかぶせる。
「いいタイミングで来たから聞いただけ」
「そゆこと。ほら、葉。滑ってこいよ」
「おー、サンキュー」
 葉はイシダからボードを受け取ると、軸足をかけ助走をつけてスパイン――ハーフパイプを更に半分にして、背をあわせたような器具へと向かう。
 はじめは、たまたま公園を通りすがってプレイを見てたら、たまたま転んだ奴のところからスケボーが滑り込んできて、試しにクォーターパイプを滑ってみた ら、超能力を使うまでもなくたやすくジャンプできた。そこから先は気の合う奴からトリックを教えてもらったりして、気付いたら暇なときは脚を運ぶように なっていた。
 この年頃の|普通人≪ノーマル≫なんて、皆暗い顔をして塾通いをする姿か、逆にとびきり同じ学校の制服を着た交友範囲の狭そうなバカップルくらいしか見 たことがなかったので、趣味で繋がる仲間というものが、葉にはいちいち新鮮だった。
 たとえそこが多少治安のよくない地域だったとしても、だ。
「キャーーー!」
 一滑りして戻った葉のもとに女の悲鳴が届く。辺りにいた人間もそちらを向くと、街灯から少し影になったところで、人影が揉めているのがわかる。
「なんだぁ?痴漢か?」
「うそだろ、レイナ……だ!」
 人影は三つ。二つは男、そして一つは女で、今日葉が駅前で待ち合わせをした相手、その人だった。
 チッと舌打ちをすると葉は公園を飛び出す。よく見ると、なんのことはない酔っぱらったチンピラに絡まれている。だが絡まれた側がレイナであることが問題 だ。
 顔立ちも整っているし、モデルになったこともあるというレイナは、どこか幸薄げな印象を拭えない、整ってはいるがあっさりとした顔立ちだ。そしてそうい う女性は男の欲望をかきたてるらしい。葉だって、レイナと会ったのは以前たまたま同じような状況に陥ったレイナを、囲んだ男達を口車に乗せて自滅させて助 けたからであり、そのときレイナが言った一言で、放っておけなくなったのだ。「私には戻る場所がないから」と。
 今の状況を引き起こしたのは、まんまと約束に遅れた自分のほうに間違いなく手落ちがあるだろう。戻る場所のない人間が約束をすっぽかされた後どんな場所 を歩くか、なんて予想すればすぐわかることだったのに。
「にーさんたちさぁ、ちょっとその子離してくんない?」
「葉!?」
 真っ先にリアクションを返してきたのはレイナだ。その顔には驚きの色が濃い。まぁそれだけのことをしたのだから苦笑するしかない。
 男は二人、変に余裕のある葉を訝しんでる様子のブルゾン姿のあまり背の高くない短髪の男と、レイナの手を掴んでいる粗暴な印象を拭えない茶髪の男。その 後者のほうが、レイナをやや乱暴に離すと、葉に向かってきた。
「なんだぁ?ガキは帰れ」
「レイナを離してくれたのは感謝するけどさー、できれば立ち去ってくんない?邪魔なんだよね、暴力的なのとかそういうのお呼びじゃないっていうか」
 レイナは身をそろりそろりと葉の側へと近寄って来つつあるが、自分を掴んでいた男が葉のほう顔を向けたことを心配そうに見ている。
「んだと?このガキ、こちとらお楽しみ中なんだよ、テメーこそ引っ込んでやがれ!」
 やがれ、の所で葉に向かって走ってきた男の拳をなんなくすり抜けて、脚をかけて転ばす。
「ごめんねオッサン、ひっかかっちゃった?」
 相手がそれなりの武道の経験者とかでない限り、葉もまたパンドラの幹部であり、そこらのチンピラの拳をかいくぐる程度は朝飯前だ。
「このトリ頭!」
 仲間をやられて切れたらしいもう一人の男もまた突っ込んできた。かと思うと、葉の視覚の隅で光るものがあったので、とっさにそちらをかわす。が、かわし きれなかった。
「葉!」
 レイナの悲鳴とともに、葉のトレーナーに横に切れ目が入り、ぱっくりと開く。が、そこから見える素肌は無事だ。
「ちょ、バタフライナイフは禁止だろ、フツーに銃刀法違反!」
「うるせえ、このガキ!ブッ飛ばす!」
 と、転んでいたほうの男も立ち上がってくる。どちらも憎悪の光を葉に向けている。が、葉も自分の服をひっぱって曰く。
「うるせぇはこっちの台詞だ!俺のディーゼルのスウェットをよくも!っくしょー、やっぱりシャツとブルゾンにすればよかった」
 葉もまた本気で怒っていた。ので、その時は忘れていたのだ。周りの状況を。
「同じ目にあわせてやんよ!」
 叫ぶと、その口から目には見えない超音波を投げかける。
 風とも静電気ともつかない何かが空間を走ると、二人の男のシャツがびりびりに破け、風に散る。
「なっ……」
「――エスパーか!くそ、退くぞ!」
 いちはやく葉の正体を察した短髪の男が、茶髪の男を促しながらともに走り去っていく。
「フン。次は下も破ってやるからとっとと去りやがれ。――大丈夫か、レイナ――?」
 そうしてレイナの異変に気付く。男達に向けられていたのと同じ目線が葉にも向けられている。いや、レイナだけではない。公園から葉の支援に来ていたアキ オも、イシダもだ。
「?」

 事態が飲み込めない葉に声を発したのは達也だ。
「お前、エスパーか」
「へ?」
 いきなり何を言い出したのかわからずにいると、アキオが語気荒く、でも腰を引きながら続けざまに言葉をかけてくる。
「今までのトリックも練習も全部|超能力≪ESP≫だったのかよ。俺たちが転んでるところ見て笑ってたのか?さぞかし楽しかっただろうな?」
「……見損なったな、これだからエスパーは油断ならねえ、クズだ」
 アキオとイシダにたてつづけに否定の言葉を投げられて、驚いたのは葉のほうだ。
「待てよ、俺は別に――」
「ここから去れ。……そのほうがいい」
 達也が葉の言葉を最後まで聞かずに言い放つ。続けたのはイシダだ。
「ああ、そして二度と来るな。俺たちはそれなりに本気で滑ってるつもりだったんだが、お前にはわからなかったみたいだな」
「ちょっと、俺は力なんか――」
 わからないわけがない。だって一緒に滑ってきた。教えてくれる姿はいつも真摯だった。だから葉だって通い詰めたのだ。なのに。
「――使ってない」
 達也に促されて公園へと踵を返す一同の中に、今、葉の言葉の続きを聞く者はいなかった。
 葉はもう途方に暮れるしかなく、仕方なく周囲を見渡すと、おびえた顔のレイナと目があった。
「あ……」
 一歩後退りしたかと思うと、葉の脇を抜けて公園のほうへ走っていこうとする。
 葉はそれを止めることなく、ただ声だけを背中ごしに投げた。
「レイナ」
 びくりとレイナが脚を止める気配がわかる。
「お前、やっぱ戻れよ。なんつーか、あるだろ?場所が。女友達とか、家とか、親戚とか……|普通人≪ノーマル≫なら、さ」
 兵部が、葉の幼い頃から何度も繰り返して言い含めた言葉がある。「|普通人≪ノーマル≫とは関わるな」というのがそれだった。
 今、葉はそれを痛感していた。己のうかつさが招いた結果とはいえ、こうも簡単に壊れるとは思いもしなかった。|超能力者≪エスパー≫であるというだけ で、この世界にとって自分は異端なのだ。
 友情に見えたそれが無くなるのは一瞬だった。もとよりそんなものは存在しなかったかのように。だから。
「俺も俺の居場所に戻るわ」
 振り返ることなく葉は宙に浮き、一同にもその姿が分かるようにしばし上空に留まると、振り返ることなくその場を飛び去った。
 街は夜へと向かい、冷たい風が空にも公園にも吹きつつあった。 
 もう二度と行かないから、安心しな。――お前ら。

「最初に会ったときにさ、何年生、って聞いたら17、って答えたんだ。外人かなとも思ったけど、学校行ったことなかったんだろうな――エスパーだから」
「でも……」
 イシダの言葉に、レイナがおずおずと言葉を返す。
「エスパーだから……何?あたし、助けてもらったよ……?」
「そりゃあ、あんだけ|超度≪レベル≫が高けりゃさあ、そこらで起きるようなトラブルなんてヒーロー気取りで解決するだろうさ」
 続くアキオの言葉にレイナはショックを受けた顔をする。
 ぽつりとこぼしたのは達也だった。
「気分良くないな、確かに。エスパーだからってんじゃなくて、隠されてたってことがさ」
 その言葉にその場にいる者全員が僅かに俯く。
「俺たちだって、ちゃんと話してくれてたらこんな思いしないで済んだのにな」
「忘れろよ。……どうせエスパーだ」
 達也の言葉をアキオが切り捨てると、あとは沈黙が続くだけだった。

「うっかりしてたな」
 兵部がそうするように、わざと声に出して思いを呟いてみる。空を飛びながら。
 とある橋にさしかかった時、橋梁の上に座り、一休みする。もう橋はライトアップされようとしている。昼と夜の狭間の時間に、葉の姿を見とがめる者はおそ らくいなかったろう。
「よいしょ、っと。……うん、どうせ飛んで帰るからいらないよな」
 そう行って葉は両足に履いていた靴を投げ捨てた。切れた服は、一枚しかないのでこのまま戻るしかないだろう。本当はこっちも捨ててしまおうかと思ってい たのだが。
「――けっこう気に入ってたのになあ」
 投げ捨てた靴はスケボーをはじめてから買ったもので、とある有名なスケートボーダーのプロデュースしたデッキシューズを新調した。そう、気に入ってい た。
「服も、靴も、お前らもさ――」

 アジトに戻ると玄関先で紅葉とばったりと会う。そして女の審美眼でばっちりとチェックされてしまう。
「服、どうしたのよ?それに靴も履いてないし」
「飛んで来たから大丈夫」
「そういう問題じゃないでしょ」
 胸元を隠し、紅葉をはぐらかしながら自分の部屋へ向かおうとすると、今度は大きな人影にぶつかる。大きな、というか高い人影の正体は真木だ。
「あ、葉。お前携帯を置いて――」
 言いかけて、眉を寄せると肩を掴まれる。
「何だそれは。刃物の跡じゃないか」
「真木ちゃん聞いて、この子しかも靴下で戻ったのよ」
 真木と紅葉の言葉に被せるように、声が響く。
「……葉」
 廊下の先に立っていたのは兵部だ。ただし、ひどく機嫌の悪そうな顔をしているので、葉のみならず紅葉も真木も少したじろいだ。
 つかつかと近寄ってくるとぐい、と腕を取ってまた廊下の奥へと踵を返しながら。
「葉は僕の部屋に。いいね」
 三人に同時に声を掛けると、そのうち葉のみを連れてつかつかと自分の部屋へと入っていった。

 葉が眠りにつくのは遅かった。
 普段は行為の後すぐに眠りに入る葉が、兵部に背を向けて寝たフリをしているのはわかっていたから、兵部もまたまんじりともせず、けれど眠ることもできず にいた。
 あのあと――。
「なんだよ、ジジイ」
 部屋に入ると同時に葉の腕を放した。でも不機嫌なのは相変わらず、というか隠す気もなかった。
 ソファの真ん中に陣取ると、葉を顎で促してデスクチェアに座らせる。
「僕が何を言いたいのか、君はわかってると思うけど?」
「|透視≪よ≫んだのかよ、デバガメだぜ?」
 減らず口をたたくので、ついため息で返してしまう。
「ま、君もそこそこ分かってはいるみたいだから、あえて言わないでおくけど。懲りることだね」
「キツいな。――わかりましたよ」

 力を持っているだけで、力を使ったろうと疑われるのは、いわば|超能力者≪エスパー≫の業のようなものだ。
「だから……」
 記憶の海から戻り、葉を起こさないようにゆっくりと身体の向きを変えて、その身体を背中から抱くと、髪に額を軽くぶつけるように寄せる。
「だから言ったのに」
 |普通人≪ノーマル≫と|超能力者≪エスパー≫との間に流れる川は、それだけ深く容易には渡り難いのだ。
「君を傷つけたくないから、言ったのに」
 起きている時ではおそらく言えないであろう言葉をかけて、兵部もまた目を閉じ、夜に身を委ねた。
 おそらく眠れないだろう、そう思いながらも。

                                          <終>




   ■あとがき■

 そんなわけでふうるーのふーたさんに捧げる葉ちゃんです!このよう な拙いものでよければもらってあげてください・・・。

 タイトルはまたしてもSEEDAのアルバム。横乗り系って嫌いじゃないのです。スノボ行きてー。
キャラは湾岸ミッドナイトの面子より。アキオ、島達也、北見淳、レイナ、イシダ。平本滉一はミナモトコウイチと類似しているから、マサキは別の漫画にも出 てくるからパス。 そして湾岸ミッドナイトにうっかり見入って遅れてしまったなどと言えない。

  服と靴は以下をイメージしてみますた。
服 http://item.rakuten.co.jp/californiastyle/die-45/
靴 http://www.abc-mart.net/shop/ProductDetail.aspx?sku=4602280001020& CD=F1000180&WKCD=

 それでは、ふーたさん、よろしくお納めくださりますようお願いいたします。

                   written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.02.28