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スタジアム
 - stadium -
 

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 月影を遮るように、兵部の後ろに人の気配が近づいてくる。
 今日は見つけるのがずいぶん遅かったな、と胸の中で一人ごちる。
「探しましたよ、少佐」
「やあ、いい月が出てるね、真木」
「いい月、ではありません!姿を消したと思ったらいったい今まで何を……!」
「クイーンがね、さっきまでここで走ってたんだ」
 真木の言葉を遮りながら言うと、中空に浮遊したままの真木がおうむ返しに訊ねてくる。
「ここで、ですか?」
 無人のスタジアムの灯はとうの昔に消え、無音のトラックは何も語りかけては来ない。
「桐壺君が借り切ったんだよ、あいかわらず彼はやることが大げさで面白い」
 くつくつと喉で笑うと、真木が不思議そうな目線を投げかけてきている。
「どうしたい、真木」
「何故こんなスタジアムを?超能力者は、公式試合に出られないでしょうに」
「さあ、皆本君は気付いていたっぽいけれど、桐壺君は失念してたんじゃないかな。かわいいチルドレンが部活動やら運動競技やらに興味を持ったってだけで嬉 しいんだろうさ」
 その気持ちは分かる気がしたので、微笑ましい気分で様子を見ていたのだ。最も、真木にとっては兵部がそうやって出歩くことそれ自体が頭痛の種らしい。苦 虫を噛みつぶしたような顔で横に着地すると一気にまくしたててくる。
「ところで少佐、俺は夕方までには戻ってほしいと伝えたはずですが」
「うんそうだったね、忘れてた」
「……どこまで本当なんだか」
「すっかり忘れてた」
 つとめて明るく言うと真木ががっくりと項垂れた。どうやらこれ以上の説教は無駄だと悟ったらしい。
「じゃあ会議の進捗についてですが」
「ちょっと待って、真木」
 袖を掴んで引っ張るときょとんとした顔をする。こういう時の表情は、いくつになっても変わらない。
「悪巧みは、こんな場所で堂々とはしないものだよ」
 真木を連れてスタジアムの外輪の高くなった中央、制御室へと瞬間移動する。放送用や特典表示用の機材が並べられたその部屋は想像以上に広い。――何のこ とはない、たとえ月光にすぎなくとも、バベルの皆が和気藹々としていたスタジアムのトラックを直視するのが眩しかっただけだ。
「ここなら、ほら、こんなことも大丈夫」
 暗闇の中でつま先立ちして、不意打ち気味に真木の唇の端にキスしてみる。ビクッと大げさに驚くと、真木はそのまま固まってしまう。
「ね?」
 面白いので、両肩に手をかけてつま先立ちした姿勢のまま、真木の顔を至近距離から覗き見る。正直、近すぎてよく見えないけれど、これは罠なんだからこれ でいい。
「少佐……」
 真木が困惑した声を上げてくる。でも離れようとはしないし、振りほどきもしない。ただひたすら考えあぐねているだけだ。このまま溺れてもいいものか、 と。
 ――流されてしまえば、楽なのに。
 この男はギリギリまで自分の欲望に抗う。平静を装って、紳士的でいたいと願っていて、けれどそれを突き崩すことこそが兵部にとっての最高の愉悦であるこ とに真木はまだ気付いていないらしい。
「――真木」
 胸元をきゅ、と握って名を呼ぶ。もう互いの吐息がかかる位置にいる。と、ふいに抱きすくめられると、待ちに待ったキスが降りてくる。
「――ん……」
 触れあうと同時に歯列を割って舌が入り込む。熱くて濡れた舌が口内を貪る。すぐに頭の芯までが盪けるような熱さに侵されて、甘い吐息が漏れ出す。
「……あ……ま、ぎっ――」
 がっしりと腕で体を支えられて、たくましい胸に包まれて。
 溺れているのは自分の方だと思い知る頃には、その口付けから離れることができなくなっていた。



                                      <終>



   ■あとがき■

真木兵部 ちゅっちゅ。兵部視点で、洋画のちゅーみたいな激しめエロスなちゅーを想像していただければ嬉しいでございます。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.08.26