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滑落
 - Slip drop -
 

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 夜空は暗く重く、雨の気配が街を包んでいた。
 それは路地裏においても例外ではなく、ビルとビルの間にたちこめる湿った空気をおしのけながら一人の男が走っていく。年の頃は二十代前半か、金髪にシャ ツを着崩して、見るからにチンピラといった風体をしている。
「くそ……くそっ!」
 男は携帯電話を取り出すと駆け足のままリダイヤルする。
「出ろ、出ろ、早く!」
 まさかあんな連中が取引に割り込んでくるなど思いもしなかった。早く仲間に知らせないと。
 その時、男の進行方向で闇が広がった。
「!?」
 携帯電話を取り落としそうになりながら目をこらすと、何かの翼状のものが降りたってきたのだとわかる。その闇よりも暗い色彩から声が響いた。
「無駄だ」
 もう一つ、人影が空から降りてくる。それがこちらに指を伸ばすと、耳元で携帯がバン!と吹き飛んだ。
「なにっ!?」
 パニックになる男に、最初の声がまた同じ音を発する。
「無駄だ。大人しく少佐の言うことをきくがいい」
「そうそう。せっかくスパイしてもらってるのに、今更元の仲間に連絡とかされると、僕が困るんだよねー」
「え……あ……?」
 学生服姿の少年は宙に浮き、もう一人は闇と見まがう漆黒の翼をまとったスーツ姿の男性だが、こちらは地に足を着いて戦う構えを取っている。
 と思うと、目の前に少年が現れた。目と鼻の先で、銀色の髪が揺れる。
「ひっ!?」
「君にはもう少しがんばってもらわないと。ノーマルには珍しい、僕らに利益をもたらす役割を与えてあげてるんだから」
 利益をもたらさなければどうだというのだろう。そんな疑問が一瞬男の頭をよぎるが、次の瞬間には目の前が真っ白に染まる。
 白しかない世界の中に、妙に明瞭な指示が響いてくる――

 兵部の頬に冷たい滴が一粒当たる。
「降ってきたね」
「そうですね」
 壊れた携帯と一緒に男を取り残して二人は空に舞う。兵部の洗脳は強力だ。今までどおり情報源として男はパンドラのために働くだろう、本人も周囲もそれと は知らずに。
「これでいい」
 あっという間に激しさを増した雨の中、満足げに真木に告げながら、露地を見下ろす古びたビルの屋上、フェンスの外側に兵部が足をついて降りた。
「うまくいきそうですね――!?」
「真木!」
 兵部と同じように足を降ろした真木が兵部の視界からがくりと沈んだ。咄嗟に手を伸ばすが、届かない。
 が、真木が体勢を崩して落ちかけたのは一瞬のことで、いつものように翼をはためかせながら兵部の隣に浮く。
「すいません、足場が悪くて」
 よく見ると真木が足をかけたところが崩れている。その上雨で滑って滑落しかけたのだろう。ノーマルだったなら、この高さから落ちたならきっとひとたまり もなく命を失うと思われた。
「心配させるな、真木の馬鹿!」
「以後気をつけます」
 謝罪のつもりで真木はそう言ったのだが、兵部の機嫌は直らない。
「どうだか。君はどこか抜けてるから」
 二人の身長差を超能力で埋めて浮遊した兵部が真木の頭を胸に納めるようにきつく抱いた。
「僕より先に死んだりしたら、許さないからな」
「少佐――」
「許さない」
 一言一言を呻き噛みしめるようにつぶやく声に、何と言葉をかけたらいいのかわからない。結局自分の現状を口にするだけの気の利かない言葉が口から出てき た。
「苦しいですよ、少佐」
「……」
 兵部が濡れないように翼を傘がわりに変形させると、真木をきつく抱いて話さないその腕にそっと掌を当てる。
「……苦しいです」
 いつだって失うのは一瞬で済む。嫌というほど真木もそれを見てきた。真木のそれに比べてか弱い背中を抱くように真木もまた兵部を引き寄せる。大丈夫。自 分はまだここにいる。
 少しだけ拘束を緩めた兵部の腕は僅かに震えていて、泣いているようだ、と真木は思った。もしかしたら本当に泣いているのかもしれない。
 夜の雨の中、しがみつくように寄り添いながら、二つの影はいつまでも沈黙したままそこに在り続けた。
 いつまでも。

                                               <終>



   ■あとがき■

 お題: 「夜の路地裏」で登場人物が「落ちる」、「雨」という単語を使ったお話を考えて下さい。
   というわけで、またしてもジェネレーターから引き出してきました。


                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.08.15