12.
24/20XX
クリスマス・イブはぶっ続けで|宴会≪パーティー≫だった。
夜を待たずして、先ずは午後3時のおやつの時間にサンタが登場。変な腰の動きで(ここでサンタの正体については割愛させてもらう)子供達に大きな靴下を
配る。中には沢山のお菓子が詰めこまれていて、寝る前に靴下を枕元にさげるんだよとでっかい図体のトナカイが何故かテレパシーで(やっぱり正体については
割愛)子供達に教える。
もらったお菓子に夢中になっている間に、年長組はパーティーの準備。飾り付けは大体済んでいるから、あとはテーブルの配置と料理だけだ。
その頃になってもまだ相変わらずパソコンを相手に仕事をしていた真木だったが(くれぐれも言っておくが、こんな日でも仕事をしているのではなく、こんな
日なのに入ってきた仕事のほうが悪い!)、たてつづけに仕事用PCに贈られてくるクリスマスカードやグリーティングメールに辟易し、今日ばかりはこれ以上
仕事をしない!とパーティーの準備方に回ったのが夕刻。
女性及び料理の出来る男性陣は宴会準備、その他の男性陣は子供達と一緒に遊びながらテーブルを並べる係。
後者の代表が兵部なのはいいとして、前者の代表が真木だったことには、真木本人が一番納得していなかった。
その上、夜のサンタ役も真木に押しつけられそうになって強硬に拒否したのだが、紅葉曰く。
「ひげキャラだし」
これは苦痛を理解しようとしていない人間の言い分だ。ひげがある所に粘着テープを貼られたら、剥がす時どうなると思っているのか。
と、訴えても、一同には理解してもらえず、コレミツの控えめな立候補にもかかわらず結局真木がサンタになった。つけヒゲは九具津がマスクタイプに改良し
てくれて事なきを得た。人形への偏愛を除けば彼は並以上の器用さとマメさを持った人物なのだ。
同様に九具津が制作したトナカイの着ぐるみを着た葉が、渋々の真木とは逆に、心底楽しそうだった。
――特に、後ろ足で真木を蹴り飛ばす時に。
12.25/200X
「真木。買い物にでも行かない?」
昨日の晩。
飲み会モードに移行した『大人組』は朝方まで大騒ぎしていたが、兵部は日付が変わるか否かという時間帯に部屋に引っ込んでしまったため、それ以降、止め
るものはおらず大いに長引いた。
おかげで午前八時の時点で起きているのは飲酒組(=大人組)では真木一人。真木だけが大丈夫なのは、肝臓の健全な働きと、単純に睡眠不足に慣れているか
らだ。そうして一人で後かたづけをしながら、子供達がひっきりなしにもらったプレゼントの自慢をしに来るのに相手をしていると、途中で兵部が起きてきた。
明け方、寝静まった子供達の部屋に兵部が|瞬間移動≪テレポート≫で贈ったプレゼント。それが嬉しくて、真木にしたのと同じ自慢を兵部に向かって繰り返
す子供達。兵部が相手をしている間に、まずはパティ、やがてカズラやカガリ、黒巻といった面子も起きてきた。食器等の細やかな片づけが終わり、子供達の相
手から手を離せるようになった頃に、兵部が真木に外出を言い出したのだ。
ようやく起き出した『大人組』のうち数名にあとを任せると、急遽二人で出かけることになった。
買い物と言われたからには車を用意した。運転席に乗り込んでから、兵部に改めて尋ねる。
「どこに行きますか?」
「どこでもいい」
「ええと、何か買いたい物があったのでは?」
「なんでもいいよ」
……困る。
こういうのが一番困る。
とりあえず、人気のなさそうな郊外へと出ることにして、真木は海側へと車を走らせる。
「特に目的はないんですよね」
「うん、そう」
車の助手席に座る兵部はリラックスしているように見える。
「聞いてもいいですか。どうして出かけたくなったのですか」
「なんだろうなあ」
兵部はシートからずり落ちそうなくらいの低い姿勢で、両足を折ってシートに立てる。もちろん靴は脱いで、膝を両腕で抱えて。
「なんか少し、離れたくなったみたい」
「みたい、ですか」
「うん」
何から、とは聞かない。
沢山の人間の中にいる時にふと感じる孤独というものが人にはある。そして兵部にもある。そういう事だろうから。
クリスマスの飾り付けも、ケーキも、取り残されたように街角に佇んでいる。
昼間に見るとこんなに味気ないのは何故だろう。
強いて言えば、ちらつく雪だけがクリスマスっぽさを演出している。昨日は快晴だったのに。
車を降りて、雪の中の閑散とした街を歩きたいと言ったのは兵部だった。
「サンタさん、お疲れ様」
二人、ややゆっくりとした足取りで煉瓦の上を歩いていると、兵部がそう言ってきた。真木の眉間にしわが寄る。
「……疲れました」
『サンタさん』としてできる限り子供達の願いはかなえたつもりだ。
片腕に二人ずつ、計四人を両腕にぶら下げながらさらに二人を肩車という過酷な注文にも応えた。
「サンタさんは誰からプレゼントをもらうのかな」
「あなたじゃないですか」
いきなり直球を投げてみる。兵部は苦笑したが、予想外の答えという訳ではなかったようで、特に期限を損ねたりはしなかったことに、真木はとりあえず安心
する。
「何が欲しいの?」
言っていいのか。真木はまだ少し揺れていた。
「欲しいものはないのかい?」
「ええ、モノは」
意味ありげな真木の言葉に、兵部が少し首をかしげる。
「モノじゃないけど、願い事なら、あります」
「なんだい?」
「怒りを買うことを承知で言えば、貴方を自分だけのものにしたい、とか」
かつん、と音を立てて兵部の足が止まる。
予想どおりの反応に真木は心の中で苦笑いをする。
「怒らないでもらえると嬉しいです。求めたりはしませんから」
考えても考えても、そんなことはありえないし、兵部の意に反する。わかっていても。
「ただ、願望というのは本人でも御しがたい部分があって」
真木も歩みを止めると空を仰ぐ。降ってくる雪は真っ白なのに、どうして雲はこんなに灰色なのだろう。
「考えてしまうこと位、許してもらえますか」
自分の心も灰色で、降る雪はきっと同じ灰色をしているだろう。きっと白くはならない。これだけ欲望が多ければ。そしてその願いが大それていれば。
「――それが君の願い事かい?」
「ええっと、いや、今のはどちらかというとただの……妄想、ですかね。俺の、願いは」
舞い落ちる雪は少しずつ増えてきている。
これが昨夜なら、さぞかし恋人達を喜ばせたであろうに。
今はただ二人だけの上に、雪が降る。
「俺をあなたのものにして下さい」
兵部は目を丸くする。その顔からさっき足を止めた時の探るような目線は消えている。
「僕のものだよ、とっくに」
当然だとばかりに言う。少しの困惑を滲ませているのは真木が何も答えないからだろう。
「君は僕の大切な子供で、有能な部下だよ」
「そうでしょうか?」
何が言いたいのか掴めない、という混乱を前面に出している様子の兵部。
困らせたい訳ではないのだけど、自分の願いを言うには必要な話だから。
「あなたはいつかパンドラのリーダーではなくなる」
|破滅≪カタストロフィ≫の名を冠した女王が顕現する頃。今は少女でしかない彼女と、もう二人――女神・女帝がパンドラを、ひいては超能力者を率いると
いう話を、真木は誰よりも早くから兵部に聞かされていた。
「パンドラはあなたの作った、|あなたじゃない人間≪クイーン≫のための組織」
その頃からずっと続く違和感の正体はそこだ。兵部の語る未来像には兵部の姿が見えてこない。
「パンドラはあなたのものじゃない」
誰も皆、パンドラと兵部を同じものとしてとらえている。
けれどそれは今だけの、いわば幻想なのだ。
「でも俺はパンドラのための存在ではなく、兵部京介というひとの――あなたのための存在でいたい。俺は」
かつて真木は、パンドラと兵部、その両方に命をかけると誓った。
その命に、何かを求める贅沢を与えられるとするなら、願いはただひとつ。
「あなただけのものになりたい」
わかっていた。
もうずっと前から。
かつてすがりついてきた腕に、いつしか自分が包まれていると自覚してから、それなりの時間が経った。
十年と少し前、唐突にエスパー刑務所に入って彼らを置き去りにしたような形になって。
さぞかし憎まれていることだろう、特に真木は最年長で皆の世話をしなければいけなかったから。
そう思っていたのに、彼から不満が出たことはない。それどころか。
あなたは一人じゃないよと常にサインを発してくれていたことを、知っていた。
そのサインが、今も自分に向けられていることも。
俺がいる。あなたには俺がいますから、と。
――変わらない。この子は今までずっと、そしてこれからもきっといつまでも――変わらない。
兵部は二人の距離を詰めて、周りのことなど構わず真木を正面から抱く。
身長差からすると、むしろしがみついている、に近い。広くなった胸、たくましくなった体。
その腕に抱き返されて、言葉を紡いだ。
「いいよ」
そういえば、この子に贈るものはなかったのだ。
「君は僕のものだ」
もうずっと昔から、受け取るばかりだったから。
「はい」
ほら今も。心の底からの笑顔を贈られて。
「僕の、真木」
贈り返すつもりで呟いた最後の言葉はあまりに小さくて、きっと真木には聞こえていなかっただろう。
「どうして出かけたくなったのか、ってさっき聞いたね」
「ええ」
二つの影が寄り添い合っている。
外はまだ雪が降っているだろうか?
真木の体温を素肌で感じながら、こうやって暖かい場所にいると、そんなことはすぐ忘れてしまいそうになる。
「本当は、二人になりたかったのかも」
「呼べば、いつでも部屋に伺いましたのに」
「……そうだね」
わかっていない。でもいい。
呼ばなくても来てほしかったなんて言えないから。
「ね、強く吸って」
かわりにささやかな願いを口にする。応えて、真木が兵部の首筋に唇を寄せる。
「それじゃ足りない」
「え、でも……」
キスマークがつく、と言いたいのだろう。けどこちらもそれが目的だ。
「君は僕のものなんだろ?言うことをききなよ」
「――はい」
苦笑いの気配と真木の香りに包まれて、痛いほど強く抱きしめられて、背に回されたその手から快感を与えられる。
けれどそれは一時の感覚でしかない。今はもっと明確なものが欲しいから。
真木は首筋に顔を埋め、鎖骨へ、そして胸へと口づけを続けている、そんな中で。
「――ん、もっと……真、木…」
悦楽の時が過ぎても残る何かを、気付けば求めていた。
バタン、とキッチンの戸が開いて、駆け込んできたのは澪だ。
「ふきんふきん、って、少佐!戻ってたの?」
「ん?ああ、うん、そう。戻ってたんだよ。ふきんがどうしたい?」
キッチンにいるのは、簡易な作業台のスツールに浅く腰掛けてどこか気怠げな兵部と、その後ろでなにやら作業中の真木だ。
「その……ピザの上のやつ、だらってこぼしちゃって」
しゅん、とうなだれる澪と、いつもより少しだるそうな声で真木に振る兵部。
「だって。真木」
「はい」
手早く布巾と台ふきを二つ用意して澪に渡す真木。
「ありがと、真木さん」
「いや」
真木のシャツの袖はたくし上げられている。どうも何かの料理の準備に入っていたようだ。
「少佐も来ない?こたつでゲームしてるんだよ。花札と、Eカード」
「それはいいね。でも僕はもうしばらくここにいたいから」
「そっかぁ、残念」
こたつという単語に惹かれない兵部は珍しい。真木は思わず聞き返してしまった。
「いいんですか?」
「だからさっきから言ってるだろ、僕はここがいいんだってば」
首から上だけを真木に向けると、澪に向けて喉を晒すような姿勢になる。しかも兵部はさっきからそこを指先で絶えず触れていたから、澪がそれを見つけるの
はいわば当然だった。
「少佐?虫にさされたの?」
真木はとっさに二人に背中を向けた。
――見たことか。
だからあれほど、学生服の襟を正しておけと言ったのに。ワイシャツのボタンまで外して、あれでは胸の下にまで広がるように続くキスマークを、さらけだし
ているようなものだ。
平静を装うために料理の準備に戻ろうとして。
「これはね、サンタにもらったんだよ」
その言葉に真木がざあ、と上白糖を袋ごとシンクにこぼす。
「しかもサンタもついてきたんだ」
俺はキスマークのおまけですか。兵部がためしに|透視≪よ≫んでみたら、期待どおりの真木の思考を掴むことができた。
「でもサンタさんは真木さんでしょ?」
またもや流し台からがつん!ともろに何かを取り落とした音がしてくる。ごろごろと転がる重い音はかぼちゃだろうか。
「惜しいけど残念、ゆうべのサンタさんはパンドラのサンタさん。僕には僕だけのサンタがいる」
「へえ。なんかいいなあ」
背を向けた真木を言葉の端々でからかいながら澪と話すうちに、兵部は自分の中の不思議な感情に気付かされる。
――澪が指摘した紅く小さな花。それを見せびらかしたい、と願う自分の心に。
いいな、と羨まれたい。エゴにまみれた感情だけれど、心のどこかがひめやかに悦んでいる。
「……いつか澪にも現れるさ。君だけを想う相手がね」
心から君のものになりたいと願う、大切でかけがえのない誰かが。
「いない!あたしが好きなのは少佐だけだもん!」
打てば響くといったこの明朗な発言は、彼女の美徳であると同時に、時に暴走する悪癖でもあったりするのだが。兵部はただ、むくれ気味の澪にくすくすと笑
いながら頭をぽんぽんと撫でた。
「それは光栄だね。――ああ、サンタの正体が真木だってことは、他の子たちには言わないようにね」
「はーーい!」
そう元気に答えて澪が去り、二人きりになると。
真木は兵部に向き直り、尋ねる。
「……澪に口止めしたのは、どちらのサンタの正体ですか?」
「わかってるくせに」
意地悪く笑みを刻む唇に、それじゃあわかりません、と言おうとして。
真木の視界に入る、兵部の首筋に咲いた薄紅色のキスマーク。それをずっと撫で続けているゆったりとした指の動きはどこか陶然としていて。その白い首と細
い指から、気が付けば目を外せなくなっていた。
<終>
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