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母の日アフター
 - mother's day after -
 

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 それは五月第三週の日曜日のことだった。
「母の日なら終わっただろう」
「そうなんだけど」
 にべもなく断った真木に、葉が頭をかく。そう、五月第二週の日曜日であるところの母の日はもう終わった。
 台所で料理の仕込みをしていた真木に兵部と葉が突然話しかけてきて、母の日の贈り物は何がいいか、と聞いてきたのだ。真木としては。
「ならなぜ俺が欲しいものなぞ聞くんだ」
 そうなのである。
「だって真木しかいないじゃん」
「ねー、お母さん?」
「誰がお母さんだ!」
 いつ頃からか台所を取り仕切る役割を担った真木としては、自分がしてほしいことをしているだけの話であり、今更気を遣われたりするほうが困る。かといっ て、それなら役割を変わってくれなどと言ったら明日からのパンドラの食卓は食卓として機能し得ないのは目に見えているので、つい却下を前提とした口ぶりに なってしまう。
「とにかく感謝のしるしにカーネーションの花束が欲しいなどとは思ったことがないので、プレゼントなんてものは不要です」
「うーん」
「むー」
 真木の返答は兵部と葉にとっては心外だったらしい。二人そろって頬をふくらませた。
「じゃあさ、俺らが自由に選んでもいいわけ」
「……変なものだったら即刻却下するがな」
「変なものなんて選ぶわけないじゃん」
 真木はうそつけ、と言いたい気分で一杯だった。兵部と葉、この二人が揃ってろくなものを手渡されるはずがないのだ。
「じゃあ買い物に行ってくる」
「期待しててね」
 二人が去ったあとのキッチンの入り口を見てため息をつく真木に、途中から話を聞いていたらしい紅葉がドアの向こうから苦笑いを送ってよこした。

 色はピンク。真木が兵部と葉に手渡されたエプロンは、ごていねいにレースのフリルまでついている。しかも胸まであるタイプのエプロンなので、胸元には赤 のハートマークのアップリケつきだ。
「真木さんサイズってのがなかなかなくってさ、見つけるの苦労したんだよー」
「だからちゃんと毎日これをつけて料理するんだぞ、真木?」
「誰がこんなもの着ますか!」
「あはははは」
 綺麗にラッピングされて持ってこられたフリルのエプロンを手渡されその場で開けてとせがまれて開けると、中身は案の定ろくなものではなかった。中身を見 た瞬間に吹き出した紅葉は今でも腹を押さえて涙を拭いながら笑っている。
「え、着ないの?」
「どうして!?」
 しらっとした顔で行ってくる兵部と葉。ラッピングした紙ごとエプロンを地面に叩きつけたら自分がどれだけ嫌なのかわかってくれるかもしれないとも思った が、ものは大事に扱うべきだ。というわけでとりあえずエプロンは作業台の上に置いておく。
「少佐だったら着ますか?葉、お前もだ、もらったからといってこんなの着れるか?」
「無理」
「まぁ着ないね」
「だったら!」
 開いた口がふさがらないとはこのことだ。自分なら着ないのに真木には着ろというのが不条理でなくてなんと言おう。
「いいじゃん、埒があかないからこうしよう」
 兵部が人差し指を天に突き出すと、もう片方の腕に黒い布が落ちてくる。真木のスーツのジャケットだ。
「ちょっと、少佐!」
 目の前でピンクのエプロンの姿がかき消えて、瞳を一つまたたかせるだけの間をあけて、スラックスにワイシャツとネクタイ姿になった真木の胸をピンクが 彩った。
 兵部が瞬間移動で無理矢理真木に着せたのだ。
「真木さんサイコー!」
「駄目、もう死ぬ、もう限界っ」
 腹を抱えて笑う葉と紅葉の相手をしている暇はない。咄嗟に手を後ろに回して背中のリボンを解こうとしたが。
「あーあ、真木はもう人の善意を信じられない人間に育っちゃったんだなー」
 人の善意よりも兵部と葉の悪意のウエイトがこの場合重要なわけだが、話題を絶妙にすり替えながら兵部の話術は続く。
「僕や葉に感謝の気持ちがないとでも思ってるわけ?」
「いや、そういうわけでは……ないですが」
 一歩真木に近づいて上目遣いに訴えてくる兵部に、つい怒りをそがれてしまう。そこにたたみこむように兵部が言うには。
「罰として真木は今日から料理をする時はそれを着ること」
「そんな殺生なっ!?」
 思う存分笑い倒したのだろう、サングラスの下の涙を拭いながら紅葉が言う。
「諦めなさい、真木ちゃん」
「そうそう、似合ってるぜ、真木さん」
 葉にもたたみかけるように言われて、真木はしぶしぶ後ろに回した腕を戻したのだった。

 翌日から、キッチンのドアに鍵がついた。内側からかけられるタイプのものだ。
 もっともそれを使うのは食事当番が特定の一人であった場合のみ。
「あれ、今日の当番は真木さんだっけ?」
「そうみたいですね」
 たまたま二人でそこを歩いていた黒巻とパティがキッチン入り口で会話を交わす。真木が当番の日は何故かキッチンの入り口付近にECMまで設置されるもの だから、目立つことこの上ない。
「これって、透視やテレポートは禁止ってことですよね」
「だと思うけど、どうしてアタシ達を締め出すのかがよくわっかんねーな」
「理由が知りたいかい?」
 そこに現れたのは一つの影。学生服姿に銀の髪、今は悪戯っぽく唇が笑みを刻んでいる。
「少佐」
「知ってるんスか、ボス?」
「まあね」
 鶴の恩返しのごとく真木を籠もらせた原因である兵部は鷹揚に頷いている。
「そうだ、黒巻、デジカメ持ってるかい?」
「ありますよー」
 ポケットからデジカメを取り出して見せられると満面の笑顔になった兵部の横顔を、パティはまじまじと見ていた。

 ダイニングには簡単なコルクボードの伝言板がある。夕刻、そのボード一面にでかでかと写真が貼られた。誰の、とは言わない。上着のないスーツ姿にネクタ イもしめたまま、ピンクの生地にフリルとハートマークのついたエプロンを着た、長身長髪でうっすらと髭をたくわえた男――真木の姿である。
 なにやらダイニングが騒がしい、とキッチンにいた真木がエプロンを脱いで駆けつけた所、マッスルとコレミツを始めた一同が悶絶していた。
「あ、真木さん」
「ちょ、この写真、ちょっと……」
 笑いすぎて涙目になったカズラが真木を見つけ、カガリは吹き出して後ろを向いてしまったが肩が震えている。澪と桃太郎に至ってはダイニングテーブルに 突っ伏してしまっている。
「誰だ、こんなことをしたのは!」
 力任せにポスター大の写真を剥がすが、大体の目安はついている。
 先刻ECMを振り切って|瞬間移動≪テレポート≫して台所にやってきた三人――兵部、黒巻、パティだ。
 うかつにも侵入に気付かずにしばらく料理していたものだから、ちょうど手に鍋つかみをつけてオーブンから料理を出しているところをバッチリ写されてい る。
 パティは笑いすぎて腹が痛いから部屋に戻ると言っていたので、やったのは残りの二人だろう。
「なになに、それ――ぷっ!」
 知らない間に真木の横に来ていた葉が手の中の写真――というかポスターをのぞき込んでまた笑い出す。
「くっくっく、真木さん、ちゃんと着てるなんてえらいなー」
「うるさい!」
 叫んだ途端にその写真が消えてなくなった。少し遠いところから笑い声が聞こえたかと思うと、ポスター大の写真を|瞬間移動≪テレポート≫で自分の手元へ と引き寄せた紅葉が、サングラスをかけ直す仕草で笑いをこらえているのが見えた。
「紅葉!いいかげんにそれを捨てろ!」
「嫌よ、こんなおいしいネタ逃がすなんて」
「大体、真木が天の岩戸よろしく台所にひきこもって着用した姿を見せないから、こういう形でしかお披露目できなかったんじゃないか」
「いくら少佐や葉たちからのプレゼントと言えどそれだけはできませんっ!――って、少佐!!」
 唐突に姿を現した兵部に咎める口調で吊し上げられて、真木は泣きたい気分でいっぱいだった。
「少佐、意地悪が過ぎます」
「隠されると見たくなるのが人情というものだろ?」
「きっ、着ろとは言われましたが、着た姿を見せろとはいわれていませんっ」
「そうだっけ?」
「言われてみれば……」
「そうかもしれないわね」
 兵部が首をかしげ、葉が首を回しながら天を仰ぎ、紅葉がうんうんと頷いた。
「ってことで、少佐のやりすぎ、で決定?」
「了解」
 葉が諸手をあげて賛成すると。
「賛成」
 真木もあいかわらずむっつりとした顔のまま紅葉の言葉に頷く。
「ちょ、ちょっと待ってよ、どうして話がそういう方向に行くのさ」
「そういえば母の日のプレゼントでしたね、エプロンは。どうだろう、紅葉、葉、それにみんな。父の日は少佐にとびっきりの贈り物をさしあげて、是非着てい ただこうじゃないか」
 それは真木からのささやかな仕返しだった。
「えー!」
 さすがに顔色を変えた兵部だったが、一同異議なしということで事は決まってしまった。
 固まった兵部の手から、真木が炭素繊維の手を伸ばして写真を取り返すと。
「そういうわけで、父の日は楽しみにしていてください、少佐」
 目の据わった真木の視線と、新たな悪戯相手を見つけて喜ぶ面々の期待に満ちた目に囲まれて、さしもの兵部も冷や汗を流さずにはいられなかった。

                                <終……いや、続くかも?>




   ■あとがき■

  真木 さんはピンクのエプロンがデフォと思っている人が多いみたいなので、便乗してみました。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.07.17