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襟がきっちりと一番上まで詰められているのを確認しながら怠さを隠さずに歩いていると、廊下を曲が る前から女性陣の喧しい声は聞こえていた。
「真木さんが浮気って……本当ですか葉センパイ?」
「いやまだそう決まった訳じゃねーけどな」
「そもそも真木さんには恋人いるの?知ってたの紅葉ねーさん、どんな人ー?」
「知ってたというか、知ってる人というか……」
苦笑の気配を纏った声は紅葉だ。あと二つの女性の声はパティと澪だろう。残る一人が嬉しそうに語り出す。
「ま、とにかく、あのおカタい真木さんも火遊びくらいはするってことじゃねーの?」
「そんなの……萌えない」
パティがぼそりと呟いたのと同じタイミングで廊下の角を曲がる。紅葉とパティが兵部に気付いたが、澪と葉は背を向けていて気付いていない。
「真木がどうしたって?」
「いやどうも浮気してるんじゃないか……と……!」
振り向きながら答えた葉が慌てて口を押さえるが後の祭りで、兵部は不機嫌オーラ全開でその場に加わる。
兵部が不機嫌な理由は真木が浮気をしたという話に対してではない。それを自分に隠そうとした葉に対してと、結果としては葉の思うとおりの不機嫌顔になっ てしまう自分に対してだった。
「へえ浮気。そもそも真木に浮気したりされたりするような女性がいるとは僕も初耳だなあ。ぜひ続きが聞きたいね」
紅葉がパティにしか聞こえない声で女性はね、と呟きながら項垂れる。サングラスをかけ直す仕草が伴うのは、困ったときの紅葉の癖だ。
「でも真木さんって徹底して女っ気がないってカンジだけど」
「だろ?だからさあ、多分俺と紅葉の見間違いなんだよきっと」
澪の言葉に光明を見出してフォローに回った葉だったが、そらし気味の目線に兵部が至近距離でずいっと入り込んで葉のほうに一歩を踏みだして、それから笑 顔で言うことといえば。
「へえぇ。で、二人は何を見たのさ?」
葉の言葉は所詮その場しのぎにすぎず、ため息の紅葉とふたり、兵部の視線の前に屈したのだった。
「……俺ら今さっき、たまたま買い物があってですね」
「葉が整髪料、私がネイルケア用品ということで、一緒に近くのドラッグストアに行ったんだけど」
葉が壁によりかかるようにしながら、紅葉はネイルを見せながら話を始めると、澪が大きめのリアクションを返す。
「ああ、あそこ?なんか色々売ってるよね。シュシュとか、カズラが好きでよく見てるんだー。あとピアスとかもあるよね」
無邪気というには少しだけいろんなものを知っていて、そしてもっと知りたい年頃の少女達がヘアアクセサリを選んでいるというのは非常に微笑ましい光景に 思える。
だから余計に、その場に真木がどう関わるのかが兵部にはわからない。
「そしたら、化粧品売り場にいたんですよ、真木さんが」
「いちゃ、悪い?」
こういった話題に少し疎いパティが首を傾げる。
「いやー、どう考えても女以外が足を踏み入れる場所じゃないって」
「それで、女性が一緒だったから浮気だ、と?」
「ううん。一人だったわ。だから余計不可解なのよね」
紅葉が少し困惑した声で兵部に告げる。
「誰か、適当な女性に買い物につきあわされたっていうなら浮気であれ通りすがりであれ真木ちゃんのお人好しで終わりなんだけど、一人で、しかも通りがか りって感じでもなくって」
「店内に入った俺らに気付かないくらい、店員と話し込んでるんですよ」
「ふうん……?」
「店員が次々と持ってくるものを一つ一つ見比べて、慎重に選んでるってふうだったわ。少なくとも私と葉の目にはそう映ったわけ」
「で、あそこボディソープの詰め合わせとか香水とかもあるし、贈り物なんじゃないかって」
「真木が、ねえ……」
たしかに、『今の恋人』――兵部への贈り物になりそうなものではなさそうだ。シャンプーなどの日用品でもそんなふうに店員と相談はするまい。今まで言わ れた中では香水というのが一番贈り物にはぴったり来る。そして兵部にはまったくもって不要である。
「だから『浮気』ってことか」
「いやしかし、何度も言うけれど虫よけスプレーとかかもしれないし、浮気とは限らないですって。だから少佐、その足を……よけてください……」
葉に言われて始めて、兵部は今までずっと踏み続けていた葉の足の上から自分の足をどけたのだった。
今日は全員休暇、有給で、と言い渡したのは兵部だった。朝早くに真木が起きる気配に自分も目が覚めた時、ひどく怠かったので、真木にそう告げて再び寝 入って、二度目に起きたら真木はいなかった。その事実に多少苛ついている兵部に、起き抜けに聞かされた浮気疑惑で余計に不機嫌さは増した。自分を放ってお いて出かけたというだけで――それがただのドラッグストアであっても――胸が苛々するのに、あるはずのない浮気話にますます気分が害されていく。
だから真木がノックもせずに兵部の部屋に入って来て、きっちりと学生服を着こなした姿の兵部を見てぎくりとするのを見た時には、苛々はマックスに達して いた。
「すみません、まだ寝てると思ってノックしませんでし――」
皆まで言わせない。目の前にテレポートすると、その手に抱えられた紙袋をむしり取る。間違いない、くだんのドラッグストアの包装だ。すかさず中身をサイ コメトリした兵部だったが。
「え?」
手元にあるものだけでは補完できない情報を、真木の手を握って読み取る。
と。
「――、真木……」
名前を呼ぶのが精一杯。あとは。
「あっはっはっ、あーーっはははっ」
口をついて出たのは笑いだった。
「そ、そんなに笑うようなことですか!?」
「だってさあ……あはははっ!」
袋の中身はファウンデーションだった。もちろん女性用の。その方のお肌の色あいはどんな感じでしょう、と次々と見本を持ってきては、ようやっと真木が兵 部の肌色に合うものを見つけたかと思うと今度は肌に刺激の少ないタイプだの匂いのないタイプだのと色々なファウンデーションを奨めてくる店員の画が透視で きた。
そして少し遡った真木の朝の記憶からは、焦りが読み取れた。
兵部が二度目の眠りに入ってすぐ、その身体に残る昨夜の形跡をタオルで拭いたはいいものの、キスマークだけがどうしても残る。
そして真木は思いついたのだ。女性のファウンデーションで隠すことはできないか、と。
「それで、僕についたキスマークを隠すために、朝っぱらから慣れないドラッグストアで店員と相談してたわけ?」
「い、……いけませんでしたか」
恥ずかしさ半分と、笑われた悔しさ半分で構成された真木の顔には浮気のうの字もない。
こんなにおかしいのは、わかっているはずなのに少しでも心を乱された自分の弱さに対するものが多分に含まれている。自分で自分がおかしい。そしてこの結 末が嬉しくて更におかしい。
「そうだよな、浮気なんかするはずないもんな」
「浮気?――なんの話ですか?」
「それがさ、まぁ座りなよ。ゆっくり話してあげるから」
そして兵部は真木と二人、並んでベッドに座ると、ついさっきまでの話題を語って聞かせたのだった。
「真木さん?」
リビングを出てすぐのテラスで時間をつぶしていたカズラとカガリに、パティが問いかけた。
「ずっとここにいたならカズラが見たんじゃないかと思って」
「ああ、見たぜ。俺」
パティの言葉に返したのはカズラではなくカガリだった。
「さっき外から戻って兵部少佐の部屋に入っていったけど」
「どこか…変なところ、なかった?」
「んー?そういえば、昨日と同じスーツだった……かもしれない。ちょっと髪もボサボサしてたし。それがどうかしたの?」
「ううん、なんでもないの、カズラ。ところで、真木さんの浮気、っていうか恋人って……」
「は?」
「?」
「……いい、やっぱり、ぷぷ……まだ全部は知らない方がいい……ぷぷぷぷ」
まだ午前中の、全員有給休暇の日。
パティの妄想は朝から全開であった。
<終>
■あとがき■
サン デーのさぷりめんとで「有給休暇」の単語が出たので、こんな作品になりましたー。
written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.07.05