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リムジン
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 今夜はきっと眠れない。
 だからせめて、傍にいよう。
 そうしないと壊れてしまいそうだから。
 もちろん。
 壊れそうなのは彼ではなく、無力で弱い自分のほう。


『ズルイゾきょーすけ!オレニモ行カセロ!』
「駄目だ桃太郎、お前は留守番」
 ちょろちょろと兵部の顔の前を飛んだり、頭や肩を往復させたりしながら、桃太郎が飛び回る。
「何故桃太郎は連れていかないんですか?」
 真木が生真面目に聞いてくるから、兵部もいたって真面目に答えた。
「遊びに行くんだぞ?邪魔されたら困るじゃないか」
「普通そこは遊びじゃないんだから、で始まるところよね」
「同感」
 ドアを開けてこちらへと近づいてくる紅葉と葉が、結託してツッコミを入れる。
「なんだよ、君たちまで……って、何それ」
 紅葉はジーンズを腕にかけて、葉はジャケットを背の高さに上げて言うには。
「遊園地に行くのに学生服はないだろ、ボス」
「サイズはこれでいいと思うの。葉のだけど」
 どうやら、それを着ろ、ということらしい。
 一方真木はいつも通りにネクタイを巻いている。どうやら真木に対しては特に|服装制限≪ドレスコード≫はないようだ。
「え〜〜!?…そんな若作りは嫌だ!」
 どうして、自分ばかり。
「学生服は若作りじゃないっての!?」
「いーから着なさい!」
『きょーすけ、オレモ連レテイッテクレルナラ加勢スルゾ?』
「誰が!」
 と、まあ、そんな感じで。
 ブルーとグレーを基調とした『若作り』の服を着せられた兵部は、悔し紛れに部屋を飛び出した。

 ガレージに行くと、それは置かれてあった。
 黒塗りのリンカーン。ただしボディの長さは通常のそれの倍近くある。
 リムジンだ。今日のために手配したものだ。新車は間に合わなかったのでレンタルだけれど。
「リームージーンー」
 意味があるのかないのかわからない音を発しながら後部座席のドアに手をかけた。
 ――後にして思うと、やはりこのときは浮かれていたのだ。
 |女王≪クイーン≫、|女神≪ゴッデス≫、|女帝≪エンプレス≫の三人がここに座るかもしれない。
 そうでなくとも、会えるだけでもいい。
 あの年頃の少女は、短い時間でも目を見張るような成長をしているものだ。また一歩、美しく、強くなりつつある彼女たちに、プレゼントだってきちんと用意 してある。
 喜ぶ顔が見たくて――そのことばかり考えていたから。

 今日、チルドレンとともに遊園地へ行く(予定の)面子は、自分に、護衛の真木。そして運転手はコレミツだ。
 車両後部へと身体を滑り込ませると、シートは4人乗りを想定しているようだった。向かい合って二人ずつ。なら、この車に乗る時だけは真木は助手席に座ら せてしまえ。
 そう思いながら座席のシートに手をかけた瞬間。
 唐突に、脳に情報が流れ込んできた。別に|透視≪よ≫もうと思ったわけでもないのに。
 この車を使った人々。場面。感情。それらはたいていどこか幸福感ただようものだったけれど。
 結婚。卒業。デート。プロムナード。家族の祝い事。ダンス。エスコート。恋人同士。
 めまぐるしくインプットされる風景。いや、それだけではない。感情が――
「――まずいな」
 思考回路が警鐘を鳴らす。細工が必要だ。だってこの車には今日。
「は……あ、ぅ」
 集中させた意識に対し、そんな暇はないと本能が叫ぶ。
 今すぐ力をカットするんだ。意識を遮断しろ。
 |はやく≪・・・≫!
「くっ……」
 シートから飛び退くように離れると、入り口側の壁に音を立てて背からぶつかるも、身体を捻って再度シートに身体を投げ出す。けれど思ったようにはいか ず、床に肘を突いて座席に頭をもたれるような格好になってしまう。
 体に流れて来る濁流からギリギリで意識を引き戻すことに成功した。
「……っ、は、はぁっ、」
 両手を交差させて自分の掌で自分の腕を掴むと、それだけなのに、ふる、と体に震えが走る。
「ん……あ……」
 どうやら、引き戻すのに成功したのは意識だけのようだ。身体の感覚はすっかり呑まれてしまったらしい。
 苦しい。痛みではないが、もっと焦燥感溢れるこの感じはやはり――。
 その時、今しがた自分が背をぶつけたばかりのドアが、外側から開く音がした。
「少佐?どうなさいました?」
 物音を聞きつけたか、何故か真木が車のドアを開けて立っている。さっき自分が部屋を出たときはシャツにネクタイしかしていなかったのに、今は上着もきち んと着込んでいる。おおかた出かける準備ができたので車の準備でもしに来たのだろう。
「ん……真木……」
「少佐?」
 ドアをさらに開いて上半身を車の中へと突っ込んで聞いてくる。 
「どうしました?」
 心配、というより怪訝と言ったほうが正しい表情で、兵部のことを覗き込む。
 革張りのシートがあるのに、それに座らず、床に座り込んでよりかかっているのだ、当然の反応だろう。
「ん……喜んでいいのか、わからないところ――中に入りなよ」
 真木じゃなかったら、我慢できていたかもしれなくて。
 でも目の前にいるのは真木だから、きっと我慢できない。
 もう遅い。戻れない。
「閉めて、ドア」
 言われたままに車内に入ってきた真木が、眉を顰める。いつもの兵部なら|念動力≪サイコキネシス≫ですぐにできることだ。なのに、しない。その不自然さ に気付いたようだ。
「早く……」
 吐く息だけでそう言うと、真木は言われたとおりにドアを閉めてから、広いはずの車内を狭そうに兵部の元へとたどり着く。彼の長身にはこのサイズでも小さ いらしい。
 兵部はなるべく窓からの光の届かない場所を求めて這うが、成功しているとは自分でも思えていない。
「一体、どこかお身体の具合でも」
「真木、悪いけどお願いがあるんだ」
 呼吸が苦しくて、さっきからとぎれとぎれにしか言葉が出てこない。
 それでも必死で繋いで、真木へと投げかけた。
「僕を、抱いてくれないかな」

 真木はまばたき3回、そしてたっぷり十数秒目を見開いた後、顔を赤くしてまくしたてる。
「何を言ってるんですか。具合悪そうじゃないですか!?」
「そうじゃない。病気とか、そういうんじゃないんだ」
 はやる鼓動は兵部をせっつき続けていて、本当は説明する時間ももどかしい。
 けど説明なしで納得するような男ではない。
「高|超度≪レベル≫|接触感応能力者≪サイコメトラー≫が、火事で死んだ人間のことをサイコメトリして、実際に火傷のようなものを負ったりすることがあ るのは、知ってるね」
「ええ」
 あまりに同調しすぎて、体自体に変化が起きてしまうという現象だ。たとえば互いにテレパシーの通じる双子などでも、一方が怪我をするともう一方も同じ場 所に傷を負ったりする。他の超能力と同様に、仕組みはほとんど分かっていない。
「同じ事が僕にも今、起こってるんだ」
「……?」
 たっぷり考えたようだが、真木にはわからなかったらしい。
「レンタルしたリムジンでカーセックスする人間は、ことのほか多いってこと」
 わかりやすい言葉を選んだ結果、真木はカーセックス、という赤裸々な言葉の意味をしばし考え込んでから、唐突に理解する。
「ああ!あの、つまり……」
 戸惑いの視線が兵部の身体の上を行ったり来たりしている。
「君が欲しい」
 いまはその戸惑いが静まるのを待つ余裕がない。
「真木、君のが欲しいんだ。お願い」
 真木への説明に要していた神経が身体へと戻るのがわかる。そして焦燥はさらに深くへ染み入っていく。
 兵部は自分が着ているジャケットを脱ぐ。そんな行為ですら、体に灯った火を煽る。
「あ…ふ、んっ」
 一枚脱ぐごとに、真木の肌に近づく。そう思うだけで興奮が高まってゆくのだ。
 だから早くこれを脱いでしまいたい。浮かれた手つきでシャツのボタンを探していると、これはいつもの学生服ではなく、ワイシャツですらないことに思い当 たる。その程度ことを忘れるほどギリギリの自分を思い知らされ、知らず声が出る。
「く…ぁっ、」
「少佐」
 いつの間に近くに寄っていたのか、心配そうな顔がすぐそばにある。
「はぁ、っ……真木、っ」
 床の上すれすれに手を伸ばして、真木のスーツの足の裾を掴む。
「……」
 言葉はない。
 懇願はもう十分すぎるくらいにしたはずだ。なのに真木はまだ動こうとしない。
 よく顔を見ると、心配だけではない影が彼の顔に翳りを落としている。
「理由はわかりました。光栄でもありますが、その……」
「?」
「……自分、でなくてもいいのでは?」
 一瞬暗い目を見せる真木に、兵部の中に同じような暗い思考が入り込む。
 真木の言うことももっともだ、と。
 真木じゃなかったら頼まなかったと言い切ることはできない。あまりにも臆病者の論理だとは思うけれど、この世に絶対なんてないのだ。
 でもそれには気付かないフリをして。
「僕は、君が欲しいって言わなかったかい?」
 少なくとも今、自分は真木以外の誰をも求めていない。
「……わかりました」
 ぎこちない口調ながら、真木の声音が変わった。
 つられて顔を上げると、なるべく平静でいようとする表情が見える。まだ少し逡巡しているようではあるが、それでも隠しきれない喜びを瞳に滲ませて。
「少佐」
 跪いて、優しく抱きしめられて。
 こういう時、何故か真木が子供に戻ったような錯覚に陥ることがある。
 けど同時に、大人になったなとも思う。
 全ての懸念が消えたわけではないようだが、それでも驚きと猜疑に彩られていた心がゆるんで、柔らかく自分を許容し抱き留めてくれているのがわかるから。
 どちらにも共通するのは、嬉しそうな瞳の光だ。
 ――お人好しな、と思う。
 ――そんなところがいい、とも感じる。
 どうやら思うことと感じることは別らしい。
 でも、そんなことは言ってやらない。
「車でするのははじめてだね?クセになるかもしれないぜ?」
「強がってないで」
 少しはからかおうと思ったのに、あっさり看破されてしまう。
「大人しくしててください」
 半ば口癖となりかけた感のある言葉のあとに、真木の唇が兵部の唇の上に重ねられた。
「ん……ん」
 まるで焦らすかのように重ねるだけのキス。
 互いのベルトのバックルが当たってカチカチと音をたてる。そういえば、何のためにつけているのか想像できないチェーンストラップのようなものも、ジーン ズに最初からぶら下がっていたっけ。
「真木」
「はい?」
「脱がせて。……きつい」
「?はい」
 キスをやめてまで言われるようなこととは思えないという顔で、真木は体を起こすと兵部のシャツを一気に胸の上まで捲り上げる。
「ちょっ、真木」
 そうじゃない。と思うのに。
「っん、」
 濡れた舌が臍からみぞおちまでをなぞる。一緒にさぐりながら上がってきた手が、両の尖りをそれぞれの手でつまむ。
「っあんっ」
 誘うつもりも誘っているつもりもない。ただそこを責められると体がこう反応するのだから仕方がない。
 みぞおちから右の胸へと真木の舌が這う。そして小さな突起をゆるく吸われる。
「あ……」
 もう片方の胸は逆の腕でつまみ、弄られている。潤滑させるものがない分、真木の太い指は遠慮なく敏感な部分をいたぶる。
「あ、ふ、真木……」
 我ながら少し不満な声だと思う。
「よくないですか?」
 律儀に顔を上げて真木が尋ねてくる。舌で刺激されていたほうが唐突に開放されて、空気の冷ややかさに少しだけ粟立つ。
「ちょっと、痛い……」
「こっち、ですか?」
 今度は逆のほう――指で弄んでいたほうへと濡れた舌が辿る。胸を吸いながら、そうして逆の腕で、先刻まで唇で責められていた方へ指を伸ばす。
「あぁ、ん」
 痛かったはずなのに、真木の舌はそこに痺れるような感触を与え、兵部を責める。もちろん、快感でだ。
 もう片方を指の腹で強めに挟まれると、嘘のように甘い声が喉から出る。
「あぅっ、んっ――」
 真木の支配する快楽に体を奪われて、鼻にかかったいやらしい声で鳴く。
 躯の奥が歓喜を叫んでいる。
 でも。
「真木、苦しい、っ、てば……」
 欲しいものにはまだ足りない。
「すいません、どこか拙かった……」
「そうじゃ、ない」
 本当に分かっていないらしい。それが真木らしい部分ではあるのだけれど。
 快感を与えられるより先に、今は欲しいものがある。解放だ。
「きついから、脱がせてって言っただろ?」
「はあ」
 まだ胸に埋められたままの真木の顔に浮かぶのは戸惑いだ。
 仕方がないので、真木の手を取ると、自分の体の中心――昂ると熱が集まる場所へと誘う。
「あ――」
 普段の兵部が身につけることのない厚いデニム地越しに触れて、真木の目が見はられる。どうやら、兵部の『何が』きついのかは考えなかったらしい。
 真木の頭を見下ろすような姿勢のままくすりと笑うと、真木がむっとした顔になるのがわかる。
「ごめん、だってあまりに君らしくて」
 自分の体の焦燥よりも、今は真木の照れた姿のほうに意識を向けていたい。
 そう思ったのだが、真木が唐突に兵部のジーンズのベルトを外しにかかる。
「え?」
 ガチャガチャと、今度は手慣れた手つきでベルトを外し、ファスナーを開けると、待ちわびていた解放に勃ちあがる兵部のものをくわえこむ。下着の上から だ。
「やっ、何してっ……!」
「……」
 答えはない。ただ布ごしにやわく、兵部の形に添って歯を立てていくだけだ。
「んっ、!んん」
 はじめは先端から。そして傘の部分を、そのせり出した形に添って甘噛みされた。腰から両足の先に向かって震えが走る。
「は、あん、ん」
 顔を横にして、裏側の、快感に繋がっているラインを、歯列を使ってやわらかく責められる。今度は隠しきれずに体が跳ねる。
「ん、ま、ぎ……っ」
 刺激されるたびに、下着に無色の染みが広がっていく。真木の歯による愛撫ではなく、それで感じた兵部の先端からの先走りだ。
 すがりつく何かが欲しくて、真木の髪を掴むと、真木の愛撫が唐突に止んだ。
「え……?」
 嫌がっていると思われたのだろうか。こんなに感じているのに。もっとして欲しいのに。
「……」
 真木が屈み込んだ姿勢はそのままに、顔を上げて自分を見ている。もしかして、反応を確かめられているのだろうかと思った瞬間。
「ゃ、ふぁあん!」
 足がつりそうになるくらいの快感が体中を走る。
 邪魔な布をひき下げて、露わになった兵部自身を真木が自分の口にひきこんだのだ。
 暖かい感触に包まれて、自分の体温が上がっていくのがわかる。
 粘っこくゆっくりと与えられる刺激に、体すべてが否応なく加熱していく。
「んっ…ああ…あン」
 口の中はひどく熱いのに、丁寧すぎて物足りなくなりそうな舌の動きに焦燥が増す。
 もっと。
 無意識に真木の髪を引っ張ってしまう。
「んっ」
 真木が喉の奥で小さくうめき声を上げると、唐突に頭を上下させ始める。
「アっ、あん、ん……!」
 上下動に舌の動きが加わって、快感が過ぎてわけがわからない。
「あ、ふっ、ああぁ」
 いつもそう。真木のすることは、巧みではないのに優しくて、臆病なのに大胆で、けど唐突だったり強引だったりで、攫われるような心地がする。
 攫われるのはいつも理性。
「いっ、いい、ま、ぎ…っ」
 いつの間にか両手で真木の頭を自分自身に押しつけんとしていることにも気付かない。そのくらい真木の動きは確信に満ちている。快楽に浮かれた兵部の手に よる重圧など、真木にとっては何の障害にもなっていないのかもしれない。
「んっ、あああっ」
 全身が強ばって、快感の臨界に来ていると知る。真木の体を一際強く押さえつけると、それまで変わらずに上下動を続けていた真木の動きが止まる。
 それに代わってきつく吸い上げられると、もう情動の融解は目の前だ。
「あ、真木、い、くっ……!」
 深く銜えて吸いながらも、舌の先で兵部の凹凸を嬲る。出っ張った場所をぐるりとなめ回されて、先端から入り込まんとばかりに舌先が責めてきて。
「あアアぁん!」
 脳天を真っ白に灼いた快感の中で、兵部は自分を解き放った。

 顎を上げて気道を確保しながら、荒い呼吸とともに肩が上下する。
 快感を追い求めていた時とは逆に、体中の力はすっかり抜けてしまっている。
 なのに神経はまだ静まらないらしい。まだ目の裏がちかちかと光っているかのような気すらする。
 ふと下を向くと視界に真木の姿が映る。
 舌を出して唇を舐めた後、手の甲で軽く拭う。
 ……あれは、自分のだ。なんの躊躇いもなく真木の導きのままに吐き出してしまった。
 真木はもう嚥下してしまったらしい。
 本来なら反省すべき行為のはずなのに、真木の口を犯し、その喉を通って彼の体内に|進入≪はい≫り込んだのだと思った瞬間、体に残っていた燻りが燃え上 がる。
「真木」
「はい?」
 上体を起こした真木が体を離そうとするので、咄嗟にしがみつく。
「少佐?どうしました――」
「気持ちよかった」
「……それは、なにより」
 そう言って微笑まれてしまうと、どうにも自分のペースを乱される。
 自分はまだ足りないのに、真木はそれにつきあう気はないのだろうか。
 いくら煽られた欲望だったとはいえ、ただ抜いて欲しいとだけ思っていた訳じゃない。欲しかったのはもっと熱くて、体の芯を揺さぶるような快感だ。
「もう、きつくないですか?」
「あれだけしといて何言ってるの」
 言ってから、あまり親切な物言いではなかったと思い当たり、言い直す。
「――きついよ。さっきまでより、ずっと」
 しがみついた腕を絡ませる。離れないように。
「だから、頂戴」
「しょ、少佐っ!?」
 真木の動揺が伝わってくるようだ。
「僕が欲しくない?」
 もちろん、欲しくないなどと頷いた場合にはこっぴどい目にあわせてやるぞと思いながら。
「いや、その、車も服も、汚すわけにいかないし……」
「そんなの気にしてたの?」
「少佐が遊園地行きをあれだけ待ち遠しくなさっていたので、ふ、不謹慎ではないかと思って……」
 ごにょごにょと声が小さくなっていく。
 と、兵部は思いついた。
 もっと簡単な手段があったじゃないか。彼の現状を把握し、指摘することもできて、同時に快感も与えられる方法が。
 片腕を素早く真木のジャケットの合わせ目を辿るように下らせ、一番下のボタンが途切れたさらに下へ、手を添える。
「少佐、やめ……っ!」
 掌で確かめた真木のそれは、スーツの上からでも確かに屹立していた。そのままやわく擦る。
「んッ……」 
 快感と背徳に目を閉じる真木に、かすかな嗜虐心が沸いてきて。
「おっきく、なってるね」
 指摘されて兵部の手をどけようとする真木だが、間髪入れずに言葉でたたみかける。
「ね、僕のを見て感じる?感じた?」
「ですから!」
 兵部の言葉に遊ばれながらも、それが不満だと言わんばかりに吐き捨てる。
「……俺だって男です。我慢にも限度というものがあります」
「手遅れじゃない?」
「そ、それにもう、時間も残っていないのでっ」
 時間。たしかに、午後には先に待ち合わせ場所に着いていたい。
 けれど、今は目の前の男が自分を欲しいと思っているかどうか、その事実の方が気になってしょうがない。
「したくないの?」
「したいですよ!」
「ふぅん、そう言うなら……って、え?」
 今、したいって言った?――言った。
 目を伏せ、真っ赤になって睫を震わせている姿を見ながら、手の中の真木が堅さを増していることにようやく気付く。
「あなたのあんな姿を見て、冷静でいられる俺だとでも思っているんですか」
「なら、したらいいじゃないか」
 他ならぬ自分がしていいと、否、してほしいと頼んでいるのに。
「だって、そこは……俺のことが欲しいのではなく、仕方ないから俺を誘った訳だし……」
 ここまで極まった鈍感っぷりに、怒りを通り越して呆れ返る。ずっと、どこか一線を引いた態度だと思っていたら。
 兵部は既に一度達しているのだ。真木をそういう理由でしか求めていなかったとしたら、自分が彼を更に欲しがる必要などない。
 そもそも、『誰としてでも得られる』快楽になど用はない。少なくとも自分はそういう時期はもう過ぎた。
 大切なのはもっと違う繋がりだ。望んでいるものを、望んだ量より少しだけ多く与えられることへの、無上の幸福。
 ――それを自分に教えたのが誰だったのかなんて、本人を目の前にしては言えないけど。
「馬鹿言うなよ。僕は君に二つ『お願い』したじゃないか?」
 それを忘れるなんて。
 こんな誤解、相手が真木でなければ、今頃自分は怒り狂っていることだろう。
「僕を抱いて欲しい、と、君のが欲しい、だよ?忘れちゃった?」
「……少佐」
「君じゃないと嫌だ」
 口に出して言わないとわからないような君だから――真木だからこそ。
 この思いが嘘じゃないと伝えたくて、上目遣いに瞳を覗き込むと、真木を束縛していた鎖がはじけて飛ぶ音が聞こえた気がした。
「少佐…っ」
 かちりと互いの歯と歯が軽く当たる程に、強引かつ拙速に唇を奪われる。
「…ふ……」
 歯列の間から侵入してくる真木を味わう。思えば互いの舌を交えるような深い口づけは、今日はこれが初めてだ。
 真木が精一杯我慢していたのだと今ならわかる。
 それが――こんなふうに髭を生やしたでかい男でも――いとしいと思う。
 もっと溺れたいと、思ってしまうから。
「んっ……」
 互いの唾液が奏でる、濡れた水の音。いつもよりその音が大きく響く気がするのは、ここが車の中という密閉された空間だからなのか、それとも自分が――自 分たちが興奮しているからなのだろうか。
 さっき掴んだ時のままの真木のものを、意図的に再度握り直す。真木の体がびくりと反応すると、繋がった唇が僅かに離れる。
「君ももう、苦しいだろ?」
 いつでもまた接吻できる距離に唇を添わせたまま、兵部は服の上から触るだけだった真木のものを包む束縛を外し、直に触る。
「!少佐、っ」
「ふふ、もういっぱいいっぱいだね」
 口でなんだかんだと言ったところで、真木の身体が決して兵部の期待を裏切らないことは、よく知っている。
 手で真木のそれを露わにさせながら、唇から少し横の頬へとキスを落とす。手は真木の形を辿り、唇で真木の頬に口付ける。さらに下へと接吻の雨を降らせな がら、顔と首との境目を歯む。そうして唇で首筋を辿ると真木が時折身じろぎするから、その場所を舌で責め、時に吸う。
 そうしている間に、あまり動かせなくなっていた方の手が濡れてくる。真木の先走りの量は多い。その大きさに見合った分ということなのか、先に一度|射精 ≪い≫ってしまったのではないかという位に次から次と滴が落ちて、兵部の手を透明に濡らす。
 鎖骨を舌でたどりながら、快楽に浮かされた顔が見たくて目を合わせると、陶酔の傍らにいた真木が、慌てた様子で体を引く。そうして兵部の服を脱がせにか かった。
 さっきはものすごい勢いでシャツをまくり上げたのに、今度は掌で兵部の肌を愛撫しながらゆっくりと、臆病なくらい慎重に。
「――んっ」
 シャツを脱がすために、自分が真木に施していた唇による愛撫を遮られて、つい不満の声が上がる。けれどその一瞬後にはジーンズに手をかけられて、浅はか にも体が喜ぶ。理性がどこかへ追い遣られてゆく。
「真、木、――はやく、っ…!」
「……はい」
 真木が体を離すと、上着を脱ぎ始めた。それを見た兵部も思い切って全てをさらけ出す。耳に付けられた飾り以外は、ネックレスもチョーカーも外して、体を 纏うのは指輪と時計だけだ。
 床に座り込んだ兵部に真木が重なるようにして、抱き合いながらディープキスを施しあう。
「……ん、ん」
 声が漏れるのは喜びを隠せないからだ。
 これから抱かれる男の、たくましい腕と、厚い胸と、バランス的にはやや細く見える腰と。
 与えられたい。
 ……なのに。
 何故か、次第にキスが上の空になってきていた。
「?」
 目を開くと、やっぱり真木は目を開いて目線を彷徨わせている。
「どうしたの」
 唇を離して聞くと、困惑気味に瞳だけを動かしながら真木が言うには。
「その、どうやって、しようかと……」
 ――この子は。
 そんなのどこだっていいだろう、と言おうとして、真木の長身にはこのリムジンでも狭いと思い当たる。一度、船の一等客室のベッドで痛い目に遭った。あの 轍は踏みたくない。
「じゃあ、君が横になって」
「はい…?」
 促されるままに横たわった真木にのしかかろうとして。
「そんなものまで、つけてらしたんですね」
 真木が肩を上げ、兵部の伸ばしかけた左手を持ち上げる。
「ああ、指輪」
 左手の薬指が永遠の愛の証とされているのは知っているが、どうしてわざわざ小さなサイズのものを買ってまで小指につけないといけないのか理解に苦しむ。 そのうえ時計までつけられて。外さなかったのはひとえに面倒だったから、それだけだ。
 うっとおしそうな顔を見て察したのか、真木は、自力で起こした肩をリムジンのシートにもたれさせながらくすりと笑う。
「普段からつけていたらどうですか。腕時計だけでも」
「なんで?」
「少佐は朝も弱いし、時間にも非常にルーズですから」
「真〜木〜」
 かちんときた。
 今のはけっこうカチンときた。
 何より間違っていないのが腹が立つ!
 その手を払うと、真木の体から身をひいて屈み込んだ。
「少佐!?」
 真木の屹立に手を添えて、素早く口腔で包む。
「少佐っ!」 
 慌てている真木が可笑しい。自分も同じ事をしたばかりのくせに。
 勃ちきって先走りで濡れたそれは、口に含むとぬめった感覚がする。兵部のより大きなその全てを銜えこむことはできないけれど、精一杯口の奥まで引き入れ る。
「んっ…」
 快感をひきずった吐息がどちらのものだったのかはわからない。
 口いっぱいに頬張っても傘の庇の少し下までが精一杯なので、せり出したその部分を唇で愛撫する。
 真木が息をつめると、その体は正直にまた焦燥の滴をにじませてくる。唇での愛撫をやめて、唾液と先走り液を混ぜながら、先端から舐め回した。
 舌での愛撫でも啜りきれなかった分が流れて落ちるから、右手の親指と人差し指で円を作るようにして、欲液をなじませながら真木のを根本から刺激する。
「っ、ん、んっ……」
 見た目よりも若く見た目以上に強靱な真木の体は、欲望に正直だ。 
 本人は自制できているつもりでいるようだけれど、こんな風にされても兵部を突き放したりはしない。それはつまり真木も望んでいるということだ。
 いったん顔を上げてから、再度掌の中の真木の熱を丁寧に舐める。刺激するほうの手を動かし続けるのも忘れない。
 唇と真木の熱との間に時折透明な糸をひきながらも、根本から先端まで隙間なく舌を這わせる。
「あ、あのっ!」
 焦った声の真木が兵部を止めた。――せっかく調子に乗ってきたのに、やめさせるなんて。
「僕の口に出してくれないの?」
「そ、そういうのではなくて」
 兵部の両脇に手を差し入れると、真木が兵部を自分と同じ位置へと引き上げる。
「時間が、その、あまりじっくりしていられないのでは?」
 それは兵部の用事を気遣った言葉だったけれど、この局面では逆効果だった。
「なんだよ、ムードのない。わかったよ、さっさと終わらせてあげるから」
 今度は後ろ手に真木のものを掴むと、腰を引いて自分の秘所へ誘う。
「少佐!?」
 まだ何の慣らしもしていないのにと慌てる真木。
「黙ってて」
 さっきまで口に含んでいたそれのぬめつく感触から、このくらい濡れていたら大丈夫だろうと思う。
 それに。
 欲しくてたまらなくなっているのは事実だ。
 だから欲望に正直に体を沈める。――が。
「んっ、あアっ!」
「クッ…!」
 極限まで硬くなっているそれは兵部を割開いて侵入してきたものの、それは先端だけで、その先へは進めない。
「少佐、止め…」
「……うるさいな」
 飲み込めないはずがないのだ。いつもそうしているのに。真木のはいつも通りの堅さなのに。
「ン、ァ、……ん」
 腰を少しだけ引き上げては下ろし、また引き上げてを繰り返す。
 ベッドにいる時とは違う車の揺れが、拒まれているようで居心地が悪い。
「……っ」
 沈黙を続ける真木の顔も苦痛に歪んでいる。
 わかっている。けど引き返せるわけがない。
 少しずつだけれど深くへと進んでいるし、何より痛くても苦しくても構わないくらい、欲しいのだから。
「んン――」
 でも全体重をかけるというわけにもいかない。自分が貫かれるだけならそれでもいいが、真木に苦痛を与えるのは本意じゃない。
「少佐」
 真木の手が頬に触れる。
「……無理しないでください」
 罵倒されるかと思いきや、こんな時まで兵部の心配をする気らしい。
「無理なんかじゃ、」
 ない――言おうとした言の葉は途中で止められる。真木の親指が兵部の唇にやわらかい束縛をかけたから。
「手を、見せてください。――左手を」
「手?」
 言われるがままに手を差し出すと、受け取る真木の手は大きく、長く、骨張っている。成長を止めてしまった自分の白い手に、なんのコンプレックスも抱いて いないと言えば嘘になる。
 まして今のように指輪だの何だのと光り物をつけていては、まるで女の手のようで。
 だから小指と薬指の間をやわく噛まれて、少しすくんでしまう。
「あなたらしくない」
「え?」
「指輪も、時計も、いつものあなたにはないものです」
 当然だ。だってそれは葉のものなのだし、自分の意志でつけているわけでもない。
「だから、この手が自分を扱いていたかと思うと、興奮します」
「なっ、何を」
 咄嗟に顔が赤くなる。扱くだの興奮だのと真正面から言われるのは不意打ちだった。それに加えて真木は他の指もなめ回しながら、時々歯を立てる。
「…あ…」
 恥ずかしいのと、くすぐったいのと、その二つをあわせた以上の快感とが、意地と欲で固められていた兵部の体を変化させてゆく。
 手への愛撫が終わったかと思うと、真木の指が兵部の唇を割って入り込んできた。
「は、ぁ…」
「舐めてください」
「んっ」
 言葉は発せないから、こくりと頷く。
 そうして真木に言われたように、口いっぱいに含んでは舐め、くわえこむ。
「根本まで、そう……」
「……っ、ん」
 そうして少し経つと、懐かしい、けど焦がれた、覚えのある快感が下半身からやってくる。
 兵部の体の下で真木の体が動いているのだ。
 それは兵部と繋がっている部分を中心としたゆるい律動だ。
「ふぁ……ン」
 力でねじ込もうとした時には感じなかった、体の奥から来る震え。
 兵部を気遣うような真木の腰の動き。
 今なら分かる、この快感を伴わない挿入だからうまくいかなかったのだと。
 ――悔しいけど。
「ま、ぎ…っ」
 このまま奥まで貫いてくれないだろうか。
「まだですよ。もっと、舐めてください。さっき俺にしてたように」
 でも願いは空しく命令に押さえられる。かわりに与えられるのは、相変わらずのゆったりとした抽送だ。
 それでも言われたとおりに懸命に舐める。
「っ、く、ァ!…ん」
 時々嬌声が漏れるのは、体の中の真木が、兵部の内部を弄ぶからだ。
 |体内≪なか≫から出るギリギリにまで引き出しては、ゆっくりと挿し入れて。出っ張った部分で兵部の入り口をひっかけるように小刻みに動かれると、あま りの快感に真木の指への施しを忘れそうになる。
「ん、ん…ぁ」
 真木の指にしゃぶりついて、唾液を絡ませて。
「よく、できましたね」
「……あ……」
 自分の顎に唾液が垂れるほど夢中になって舐めていたものを、やんわりと抜かれる。喪失感で口を開いたままの兵部に、さらに追い打ちをかけるように、真木 の体が兵部を離そうとする。
「やっ、だめっ」
 ――繋がっていたい。のに。
 思いは届かず、真木は今度こそ本当に兵部の中から自分を抜き出してしまった。
「ん……や、ぁ、」
 いつからか兵部の体はすっかり性欲に支配されていた。それを唐突に取り上げられて、悶えが口から漏れる。
「そんな顔しないでください」
 真木は兵部の体を横に向かせて両腕をシートの上に預けさせる。さらにそこに兵部自らが腕枕するようなポーズで、兵部の頭をその腕に、肩口にかけてをシー トの座席にあずける。
「真木の、ばか…っ」
 自由になるのは口だけだ。あとはもう、どこもかしこも、快感に蝕まれて自分の意のままにすらならない。
 今のような、ソファの縁に腕を乗せてテレビを見るときのような姿勢では、足下にいる真木の姿は見えにくい。
 そう、ただでさえ見えにくいというのに。真木は兵部の両足のうち上の方を大きく腕で掲げた。
「ま、真木っ!ちょっ、あ…」
 片足を腕で高く抱え上げられながら、さっきまで真木が入っていた場所に何かが入り込むのがわかる。
「あ…んっ…ん」
 真木の指だ。ほんの少し前まで舌で唇で触れていたものだから、節ばった長い指の、関節の感覚までが克明に伝わってくる。
「ふぁ、あ、っ…ア…」
 兵部が自分の体重を掛けても開くことのなかったところに、真木の指が入り込んでくる。
 自在に動く感触に、兵部の体を強ばらせていたものが熔けて消えてゆく。
 その感触に頭までとろけそうになっていると、ひょっこりと兵部の視界に入ってきた真木が聞いてきた。
「気持ちいいですか?」
「っ、そんなの、聞くな、ばかっ」
「そうですね。――聞かなくとも、こんなになってますし」
「〜〜っ!」
 自分よりも近い位置で兵部の性の高ぶりを眺める真木。そんなふうに見透かされて、悔しいから何か言い返そうと口を開いた瞬間。
「――んあぁん!」
 兵部の中へともう一本の指が入ってくる。
「あ、真木、っ…」
 倍に増えた質量が兵部を追いつめる。股の内側が痺れるような感覚。
「そんなに、いいんですか」
「うるさ、んっ、あ――ん、ふ…ぁ…」
 入り込んだだけでまだ動きのない二本の指が、兵部の期待を高める。
 自分をどれだけ待たせたのか、真木はきっと分かっていないのだ。
「欲しいですか?」
「欲し、い……真木の、が、いい……」
「駄目ですよ、こうしたほうがあなたは感じるんですから」
 自分から聞いておきながら、口ぶりは素っ気ない。
「まぎ、っ、あああぁっ……んっ」
 悲しいことにそれは兵部の性欲をさらに煽ってしまった。すると、それを知っているかのように、兵部の中に入り込む真木の指が3本に増えた。
「ひあ、んっ」
「ほら……気持ちいいでしょう?」
 たった今、1本増やしたばかりだというのに、真木は兵部の中の指を激しく出し入れさせ始める。
「んっ、あ、アん、アア!」
 こんなに容易く快感にひれ伏して、この先どうなるのかなんて考えることもできない。
 真木の指はただ抜き差しするだけでなく、内側を確かめるように角度を変えて兵部をまさぐっていく。
「ん!!」
 その時唐突に、今までとは質の違う快感の波が押し寄せた。
「んあアああんっ!」
 それは稲妻にうたれるような感覚。
「ここが、いいんですね」
「ん、そ、そう……そこ……!!」
 圧倒的な悦楽に呑まれて、もはや声を抑えることもできない。
「あっ、ん、ああん――ン」
「このままイキたいですか?それとも、私のが欲しいですか?」
 指を自在に動かしながら真木が聞いてくる。
「そんなの、決まって、る――」
「言われないと、わかりませんよ」
「んぁ、っ」
 その太い指でこれだけ責め立てておきながら、更にこんな質問をしてくるなんて。
 答えなんか決まっているのに。
「真木のが、欲しいっ……真木、まぎっ……」
 愉悦の中から零れる叫び。
 君が欲しい。君のが欲しい。
 それが真木にも届いたのか、兵部を責めていた指の動きが緩やかになる。
「っ、は、あ、はぁ、ん」
 兵部の体の力が抜けると、真木の指も抜かれて。
「はぁ、クぅ、あ」
 不満そうな声になるのは許して欲しい。あのまま指で弄られるままでいたのならば確実に|到達≪いけ≫るのとわかっていながら、兵部は真木との結合を選ん だのだから。
 その期待は裏切られることなく、足を掲げていた手をそのままに、真木の熱いものがあてがわれる。
「ぁ…ま、ぎ――」
 兵部の声に誘われるように、真木の熱棒が|侵入≪はい≫ってくる。
「っん、あああああ!」
 苦しくないと言えば嘘になる。
 大きすぎる真木との行為はいつも苦しみを伴う。
 ギリギリまで引き延ばされた体を割り、引き裂かれそうになりながら呑み込んで。けど確かに。その苦しみを越えた先、真木とでしか到達できないところがあ る。
 満たされすぎて、苦しい。けど、それが欲しい。真木でしか満ちることはない。
「あ、んん、まぎ、真木っ」
「少、佐」
 兵部を呼ぶ、焦燥に浮かされた声だけが、真木の想いを代弁する。
「大丈夫、ですか?」
「だいじょう、ぶ。あ、真木――」
 真木の指に丁寧に慣らされたそこは、きついながらも侵入を拒絶はしない。
 無理矢理上に乗った時の自分の体の反抗が嘘みたいだ。ゆっくりと、けど確実に入ってくる真木に、自分では突破できなかったラインを容易く超えられて。
「んあ、あ、ん」
 悔しいけれど、認めないといけない。自分が望んでいた快楽はこれに他ならないと。
「……ぎ、真木」
 名前を呼ぶと、真木がこちらを見る。
 歯を食いしばった真木。その瞳に宿る早く動きたい、掻き回したいという欲望をかいま見て、知らず、きつく締め付ける。
「!少佐っ」
 少しだけ苦しそうに瞳を閉じた真木に、精一杯手を伸ばす。
 それを察した真木は手で高く持ち上げていた兵部の足を肩にかけて、その手を取り、口づけた。
 そんな些細な仕草に、愛されていると感じて、目の奥が熱くなる。
 だから言わなくちゃ。
「真木――僕は」
 ――私でなくてもいいのでは?
「君以外、欲しく、ない」
 ――君のが欲しいんだ。お願い。
「俺だって――」
 真木の唇が兵部のそれを覆う。
 男同士では不自然な姿勢をこらえながらも、兵部の口腔を舌でさらう。
「俺だってあなたが欲しかった」
 そのまま真木が体を動かすと、兵部の体が快感に仰け反る。
 不自然な姿勢で兵部に無茶はさせたくないから、しぶしぶながら唇を離し、情交に専念する。動かしたいままに動かし、求めるままに掻き回す。自分に嘘をつ くのをやめて、思うとおりに兵部を蹂躙する。
「んっ、ん、あっ、あん、ア…あ」
 兵部にとっては、唇を離されたのは少しものたりなくて、体を離されたのは少し寂しかった。
 でも真木が手に持った自分の足が震えている。快感と愉悦と、もっと圧倒的な何かに。それは真木の動きがひどく野性的だというだけではない。
 この姿勢は兵部のいいところに必ず当たるようになっているからだ。
「ああっ、あン、あ、ふぁ、ん……アアアっ!」
「いい、ですか?」
 冷静そうな真木の口調が少し悔しいけれど。
「うん、っ、……真木、は?」
「――いきそうです。今にも」
 腰を動かすことをゆるめることすらせずに発されたその言葉に、兵部の背がぞくりと震える。真木をくわえたところがきつく締まるのは、絶頂の近さを物語っ ている。
「いい、真木っ、」
 真木も同じくらい追いつめられていると知っているから、ますます体の昇りは激しくなる。
 そんな兵部にあわせて、体の中の真木が熱さを増した気がした。
「あん、ああ…あ、真木っ……」
「中に…出しますよ」
 互いの体を打ち付ける音がするほどに激しく突き上げられると、兵部の反応ものぼりつめてゆく。
「んっ、出して……いい、から、欲しい、っ!」
 真木の指で弄られ、すでに限界の近かった兵部。
 今日はまだ一度も達していなかった真木。
「まぎ、真木っ――」
「少佐……」
 二人の性が、文字通り交わった時。
 兵部は頂点で己を解き放ち、真木もまた兵部の中に熱情を吐き出していた。


 姿見があるわけでもないのに器用にネクタイを締めてスーツを着直すと、真木は車から出て行こうとする。
「何しに行くの?」
 兵部の手で唐突にスーツの足首をつん、と引っ張られて、真木は奇妙な既視感に襲われる。兵部ももう元通りに服を着て後部座席に座っていたのに、身を乗り 出してまでするような行為だろうか。
「双眼鏡を忘れてきましたので」
「のぞきでもするのかい?」
「あなたからは目が離せないからですよ」
「じゃ、桃太郎を連れてきてくれないかな。それとコレミツに、今日は休んでいいって伝えといて」
「え?」
「あと、君の護衛の任は解く」
「少佐?」
 にやりと笑うと、真木の首すじを中指で指す。
「ごめんね。つけちゃった、キスマーク」
「ええっ!?」
 あわてて車のドアの窓で確認する。スモークで内側を克明に反射するそこには、たしかに赤い徴がいくつも浮かんでいた。
「少佐……」
 羞恥心と拗ねる気持ちでできた真木の顔が兵部を睨む。が、兵部本人はそんなことはお構いなしだ。
「という訳で、配役変更だ。桃太郎が護衛。あまり戦力にならないけど、コレミツの代わりになるテレパスは桃太郎しかいないしね。で、君が運転手」
 真木が首を傾げる。そもそも今回の人員の配置換えの理由は自分に――正確に言えば自分の体についた兵部のしるしにあるはずなのに。
「何故です?俺の首のこれは……」
「運転するぶんには構わないし、髪で隠れるだろう。君には悪いけど」
 少し言いにくそうにしながら。
「同じ事が起きないとは限らないから。それと、僕は今、|接触感応能力≪サイコメトリ≫が使えない。精神感応系全般が弱ってるからね、できればテレパスが 一緒にいてくれたほうがいい」
 真木が来る前。
 情動に倒れる寸前、咄嗟に|接触感応能力者≪サイコメトラ≫でもこの車の情報は引き出せないように細工はした。もちろん真木との情事も|透視≪よ≫まれ るようなことはないはずだ。自分の|接触感応能力≪サイコメトリ≫がしばらく遮断され、他の精神感応系の能力が落ちてしまうのは、その反動のようなもの だ。
 案の定、上機嫌とは逆の方面に刻まれた真木の眉間の皺、それに苦笑する。
「別の車を用意しましょうか?」
 せめて『同じ事』が起きないように、という気遣いもまた真木らしい。

「新車でもない限り、似たようなものさ。たとえ新車でも、君がいるからどうなるかわかったものじゃな いしね?」
「っ、俺はっ!」
 真っ赤になった真木をくすりと笑う。
「わかってるよ」
 誘ったのは自分であること。彼はそれに応えただけでなく、さらに有り余るほど与えてくれたということも。分かっている。
「本当に、大丈夫ですね…?」
 目と目が合う。ふと気付くと、互いは近すぎるわけではなく、でも遠いわけでもない距離にいた。
 奇妙な沈黙が二人を包む。けれどそれは決して不快ではなくて。
 気が付くとどちらからともなく距離を詰めて、互いの唇を重ねていた。
「んっ……」
 性欲のためではないそれが、少しだけくすぐったい。
「は、ぁ」
 つい先刻までの激しくも甘い感触が戻ってきそうな、贅沢な不安をはねのけながら口づけを止める。
「…大丈夫だから、頼むね」
「……はい」
 互いに名残を惜しみながら体を引き離す。
 二人とも同じ気持ちだという幻想を、今だけは信じてもいい気がした。


 公園でチルドレン――明石薫、野上葵、三宮志穂と接触。合流に成功。
 この日のために借り切ってあった遊園地へ、夕刻まで遊び回る。
 日暮れとともに、バベルのメガネ――『ザ・チルドレン』運用主任、皆本光一の部屋で食事。
 そのままベランダから市街地での空中戦。
 リムジンで帰宅。
 ――箇条書きにすると、どうしてこんなに簡単になってしまうのだろう。
 パンドラに戻るまでの道すがら、今日の出来事を整理しようとするたびに、真木はもどかしさを隠せない。
 もっと色々あったのに。
 沢山あったのに。
『もしかしたら些細なことで喧嘩になるかもしれない。でも手を出さないでくれるかな?』
 そう桃太郎と真木に兵部は伝えてあった。
 まるで予見していたかのように、人気の絶えた市街地で二人――兵部京介と明石薫の戦いは始まった。
 当初は兵部の優位に見えたのが、彼の挑発に少女が逆上した。怒りというよりは悲しみに満ちた力で、ビルというビルのガラスは割れ、看板が吹き飛び、街灯 がそれに巻き込まれてひしゃげて折れる。あわてて双眼鏡を放り出して近づこうとしても、あの兵部ですら防戦一方の構えだった。
『――少佐!』
 こらえきれずに名前を呼んだが、少女の力の前になすすべもなく消えていった。
 風に散った声、届かない言葉。
 無力な自分に腹が立って、手のひらを握り込んだ。血の滴が地に落ちて、気がついたら紫に腫れ上がっていた。
 すべてが、あの力の放出で砕かれ、消えていった。
 数刻前に繋がったと思った絆すら、これほどまでに儚いなんて。

 こちらからの報告よりも先に一同が声を上げたのは兵部の有様についてだ。特に服については葉が真っ先に声を上げたから、それが話題の口火を切った。
「なにこれ、どうしたの!」
「ん、ちょっとね」
『薫ニヤラレタノサ。イイ気味ダ、泣カセルナンテ!』 
「一日でパー!?」
 大体一同事情は察したらしい。
 あげく、プレゼントを渡し忘れるというていたらくだから、紅葉にまで笑い含みで叱られて。
「もー一生、学生服着てなさいっ!」
 けれど皆、服の方に意識が行っているから気付いていない。兵部がいつもよりぼんやりしていること。足下がおぼつかず、浮かされたようになっていること。
 そもそも、|女王≪クイーン≫との戦いを終えて|瞬間移動≪テレポート≫で真木のもとへと戻った時、すでに兵部の意識は朦朧としていた。桃太郎に対して は気丈に見せていたが、体中が冷え切っていて、無茶な力の使い方を強いられたのだと真木は気付いていた。
 だから真木は皆の手から兵部をもぎ取るようにして寝室へ運び、湯に浸からせ体を綺麗にしてからベッドへ横たえた。
「まったく君は大げさなんだから」
「今日のあなたはお疲れですから――心身ともに」
「そう、かもね」
 身体の外側からも、内側からも。
 でも。
 いつもより回転の緩い頭で兵部は考える。
「大丈夫だよ、朝になったらまたおはよう、さ」
 そうやって生きてきた。人より少し長い時を超えて。
 目指す未来まであと少し。
 そうしたらもう、君を傷つけることも悲しませることも全て、遠ざけてみせる。
『皆本に、手を出したら、許さない……!』
 怒りと涙、両方を浮かべた強い瞳。
 僕の|女王≪クイーン≫、早く大人におなり。
 そして気付いて。
 その男の傍に居る限り、君にハッピーエンドはないんだということを。

 人間の心は変わるものだから――。

 だから、絶対なんていうありふれた嘘はいらない。
「きっと離れません、俺は――ここを」
 そんなことを考えながらぼんやりと暗い天井を見ていたら、傍らにいる誰かが自分に話しかけてきたことに気付く。
 真木だ。ベッドのわきに座って自分の手を握っている。そうか、僕はベッドにいるんだ。何故だろう。夜だからかな?
「俺はここにいますから」
 真木は苦しいような悲しいような不思議な顔をしていた。
 何をそんなに深刻になっているんだろう?
 少しだけ。
 疲れただけ、なのに。一晩眠ればこの混濁した記憶も整理されるのに、どうしてそんな顔をしているのだろう。
 そして、どうして真木の手に包帯が巻かれているのだろう。
 繋がれた手にいくら神経を集中しようとしても、|接触感応能力≪サイコメトリ≫が使えない。どうして?
 これじゃあ、真木が今考えていることがわからない。たったそれっぽっちのことで、自分でも不思議なぐらいの不安が押し寄せる。
「大丈夫です」
 まるで真木の方が困惑を|接触感応≪サイコメトリ≫したかのように兵部に声を掛ける。いつもの、不器用で優しい声だ。
「俺は、あなたの側にいますから……いつも」
 その言葉に、少しだけ、自分の心のかたくなな部分がゆるむのがわかる。
「……うん」
 感情も、考えていることもわからないけれど。
 真木に握られた手からあたたかいものが流れてくる。
 逆らわずそれに身を委ねると、眠りの淵はすぐそこにあった。

 自分はここにいる。……絶対に、とは言えない己が歯がゆくて、それでも。
「――本当に、そう思っているんですよ」
 安らかに眠る姿と裏腹に、真木が握り込んだ兵部の掌は、今もまだ冷たくて。
 真木はそんな兵部の手に額突いて、闇を睨んで一人思う。

 今夜はきっと、眠れない――


                                                                        <終>



   ■あとがき■

   今回はエロと正面から向き合って書きました。
 出来る限り克明にエロくしようと努力しました。
 頭フル回転させてエロをひねり出しました。
 エロだらけの日々でした。
 拙くって見苦しいところもあると思いますが、どうかご賞味下さい。

 それと、今までのを振り返ると、あれ、シリアスなもの書いてなくね?ってのがありましたので、そのへん を頑張ってみました。
 兵部の「でも、人間の心は変わるものじゃないかな?」っていう台詞は、原作では言ってなくって、アニメ のオリジナルなんですよね、8話の。で、ある日携帯のキャリア変えてから見てみたら公式サイトの着ボイ スになかった!ショック!!もしかしてディスティニーキャンペーンか何かの限定ボイスだったのかもしれませんが、かなり印象的な台詞で、なかったのが本当 に悲しかったので、風化する前にここで使わせていただきました。

 少しでもお気に召していただけたら嬉しいです。

                 
written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2009.12.08