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ミルクセーキ
 - like a milkshake , my life -
 

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 こたつを出すにはまだ早く、けれど口にするのはそろそろ暖かいもののほうが恋しい、そんな季節が やってきた。
 兵部は暖かいものが好きである。そして甘いものも存外好きである。
「カズラが作ってたんだよ、ミルクセーキ」
 ほら、と兵部が白いカップに注がれたミルクセーキを見せてくると、暖かく甘い香りが鼻腔をくすぐってきた。
「それはよかったですね」
「友達のお母さんに教えてもらったんだって」
「ほう」
「でもカガリはなんか不機嫌なんだ。もしかして友達って、男友達だったりしてね?」
「あるかもしれませんね」
「まぁあの二人なら大丈夫だろうけどね」
「と思います」
「おかわりもらおうかなあ」
「そうしたらどうですか」
 む、と兵部は眉根を寄せる。
「なんだよ、つれないなあ」
「……この姿勢で言われても」
 クセの強い長髪に、黒スーツの男――相変わらず難しい顔でパソコンを睨んでいる真木司郎の膝の上に、一周り半ちいさな体躯の見た目は少年・実年齢は秘 密、の兵部京介がいた。いつも通りの学生服に、両足を折りたたんでこそいるものの、遠慮なんぞはどこぞに置き忘れたとばかりにどっかりと横座りしている。
 真木の両手が触れているのがキーボードとマウスではなく兵部の足と背中だったなら「お姫様だっこ」というやつだったろうが。
「ホント、本当っに忙しいんですって。夜になったらお相手しますから」
 眉根に苦悩の皺を寄せて目を伏せる真木は表情も声も疲れ果てている。憔悴していると言ってもいい。
 忙しいのだ。忙しい理由を述べるだけで一時間やそこらは使ってしまいそうなほど忙しいのだ。なのに。
 なんだかよくわからないが急に冷え込んだ今日、兵部は真木の部屋に入り浸ってはくっついて回っている。まるで猫の子だ。
「なにそれ、夜って。なんか僕が|する≪・・≫ためだけに君に会いに来てるみたいじゃないか」
「いえ、決してそう言ってる訳ではありませんが――」
 兵部の心の気圧配置の乱れを察して咄嗟にフォローにまわろうとする。だが。
「誰もが皆、少佐やカズラたちのように自由な時間を過ごしている訳ではなくて、仕事上、相手にも時間の都合というものもあるので」
「なんだよそれ」
 ……かなり初期の段階で盛大に失敗したらしい。
 口をふくらませるとむー、と唸った兵部が。
「じゃーさ、こういうのはどう?パソコンが壊れたってことにすれば……」
 などと言いながらパソコンのHDDに向かって手をかざした日には。
「やめてくださいそれだけはっ!お願いですから!」
 日に一度データのバックアップを取ってはいるが、それは逆に言うと昨日バックアップを取った時点から現在までのデータは戻らないということだ。
 はあ、とあからさまなため息をつくと両手をキーボードから離し、真木は――こんな時だけ――臆面もなく兵部を抱きかかえる。間違いなく「お姫様だっこ」 なわけだが、もちろん自覚などない。

 機能より値段よりサイズの都合で購入したエグゼクティブチェアに深く座り直し、高い背もたれに上半 身を預ける。そして右手で抱えていた兵部の両足はアームに乗せ、左手で腰より少し上の部分をやんわりと支えると。
「何がしたいんですか?」
「ん?特に何ってわけじゃないけど」
 自由になった右手で頭を撫ぜる。髪の毛を軽く梳く仕草は兵部の顔の輪郭を確かめているようでもある。
「聞き方を変えましょう。俺に何をして欲しいんですか?」
「んー、それも別に特別なものはないなー」
 強いて言えば、今の、真木にほどよく包まれたふわふわとした姿勢が心地よいのだが、何、と問われると答えようがない。
 手に持ったカップを口に運ぶと、もう冷えたそれをくぴ、と飲みきる。
「真木ももらってくればいいのに」
「この姿勢のままでですか?」
「うん」
 真木は軽く頭を抱えたい気持ちになる。黒スーツでパンドラのリーダーを抱きかかえてミルクセーキをもらってこい?
「……勘弁してください」
「ほんとにおいしかったのになー、秘密のレシピ、なんだってさ」
 兵部が自分の|念動力≪サイコキノ≫でカップをデスクへと置く。
 するとそちらに目線を遣っていた兵部の顔を、真木が右手で自分のほうへと向けた。
「?」
「ついてますよ」
 どうやらミルクセーキを飲みほしたときに口の端についてしまったらしい。
 真木は親指で兵部の左右の口角を掬うと、自然な仕草で指についたそれを舐め取る。
「……!」
 兵部は咄嗟に顔を背けるが、頬が熱くなってくるのを止められない。
 しかし真木にはもちろん、やっぱり、当然、自覚などない。
「どうしました?」
 そしてまた髪を梳く。その手が優しく暖かく、部屋に漂う香りがひどく甘いものだから。
「……真木?」
「はい?」
 ギュッ、と兵部は目を瞑ると、次の瞬間パッと開いて、正面から真木を見据えて言った。
「言っておくけど、僕はそんなつもりでここにいたわけじゃなくって、つまりは君が悪いんだからね」
「は?」
 アームレストから背を離して上半身を起きあがらせると、兵部は真木の唇に自分のそれを重ねた。
「、ッ!」
 驚く真木には構わずに、舌を一番深いところまで挿し入れる。
 互いの唾液を絡め合うようにしながら舌の根本までを侵すと、真木も徐々にそれに応えてくる。
 兵部自身のそれに比べるとやや厚くて固めの唇も、驚くほど熱い内側も、塗れた液の溢れるような舌触りも、別の生き物のように蠢く熱い舌も。全てを味わい 尽くさんと何度も何度も深く口づける。
 そうして互いの唇が濡れそぼり、自分の唇の端から唾液が流れるのを感じた兵部が一度唇を離すと。
「……甘いです」
 照れ隠しのように低い声で呟きながら、兵部の顎の雫を拭う真木に。
「それはもう少し前に言っておくべきだったと思うな?」
 どうにも自覚の足りない愛し子に笑みを浮かべながら、兵部は真木のネクタイに指をかけた。

  行為後特有の甘い疲れを嫌々振り切って服を着ると、体に鞭打って真木は部屋を出た。
 夕食前とはいえ堂々と兵部の部屋からバスローブや寝間着を真木の部屋へ持ってくる訳にもいかない。別に何も着なくていいとうつらうつらしながらベッドを 占拠している兵部に、仕方ないから真木のシャツを着せてはきたものの、人目をしのんできちんとした部屋着を用意しようと思いながらドアを閉めると。 
「ずるーい!あたしだけ飲んでない!」
 自室を出てから一番に聞こえた甲高い声は、澪だ。
 今日はコレミツ・マッスル・九具津と一緒に任務に出かけていたはずだが、どうやら戻ったらしい。
 真木が扉のあいたままのリビングに入ると、澪に紅葉・葉・カガリ・そしてカズラがいた。
 澪の様子を見ておこうと思ったのだが、どうやら元気そうだし、このぶんでは一緒に行った他の三人にも心配はいらなそうだ。
「うん、おいしかったわよ」
 紅葉の言葉から察するに、話題の中心は、先ほど兵部が飲んでいたカズラお手製ミルクセーキのことらしい。
「なんつーか甘いんだけど、甘いだけじゃなくて?なんか香ばしいけど嫌味がないというか、懐かしいというか…んー」
 葉は言葉を選んでいるらしい。カガリも頷きながら、やっぱり頭を左右に傾けている。
「そうなんだよ、キャラメルとも少し違うんだよな」
 卵とミルクの甘さを消さない、けれど口に含んだ瞬間に広がる深い香り。
 真木には食材に心当たりがあった。
「黒糖を使ったんだろう?」
 輪から少し離れて入り口近くに陣取っていた真木の言葉に、輪の中心にいたカズラが目を丸くする。
「すごい、わかっちゃったの?」
 真木は比較的よく卵酒を作る。熱を出す子どもとか、熱を出す老人(見た目は若い)とか、甘いものをねだる老人(外見だけは真木より若い)とかのためによ く作るからだ。ミルクセーキと卵酒は、手間こそ違えど限りなく材料が似通っているから、レシピを知っている者であれば相違点もわかりやすいのは道理だっ た。
「さっすが真木ちゃん、パンドラ一家の台所主」
 褒めてるというより明らかにからかっている紅葉を横目に、澪がぼそぼそとカズラに聞く。
「黒糖って砂糖とどう違うの?甘くないの?」
「んーと……黒い?」
 カズラもスーパーで『一口大の黒い石のような』見た目に少し躊躇はしたのだが、喜んでもらえているのだからそれは言わないし、なるべく目にもとまらなそ うな場所に置いたのだが。
 そこでカズラの頭に疑問符が浮かんだ。
「あれ?でも真木さん、いつ飲んだの?」
 澪が飲んでいないのは留守にしていたからだが、カズラがミルクセーキ作りを初めてから、真木はそもそもリビングにもキッチンにも近づいていない。もっと も、何かの理由で留守にしたとき味見されたというのも考えられるが、真木の性格的にそれはありえない気がしたカズラはそう聞いたのだったが。
「ん?……――!!いや、その、それは!」
 突然口を覆って慌てはじめた真木に、紅葉がなにやら察したようだ。
「だーめよぉ、大人の事情だから。ソコは」
「え?」
 カズラと澪が面白いほど同じ方向、同じ角度に首をかしげる。なにやら動物のようでかわいらしくはあるのだが、向けられた瞳の透明さが今の真木には痛い。
「俺は卵酒も好きだけどなー。なんか似てるし、酔えるし」
 いつも通りに天井付近に浮いている葉が話題に加わってくる。何故か少し頬をふくらまし気味に見えるのは気のせいか。
「じゃあなに、卵酒は大人の特権とか言うわけ?」
「そ、20才以上の男性向け。お子様にはわかんねーのよ」
 ぴしっ、と空中から葉が澪の頭に軽くチョップを入れると、澪がいきなり爆発した。
「このっ、こーしてやるっ!」
 ヒュ、と空気の流れが変わったかと思うと、澪の両肘から先が消え、葉の両脇腹に出現。そのまま葉をくすぐりはじめた。
「ひゃっ、やめろ澪、ひゃあっ」
 葉は空中を上下しながら逃げまどい、それを澪が追いかけながら走り回る。
「おいこら!」
 二人の姿がキッチンへ消え――近場でドアがあいていて一番近い部屋だからだ――るのを見て真木が声を上げる。事態を収拾しようとしたのだが、カズラとカ ガリは真木より早くキッチンに飛び込んでいった。
 今のは葉が悪い。澪は、実はスキンシップが苦手だ。人を拒んできたせいか、他人を近づけることに抵抗があるらしい。一時に比べれば大分緩和はされたもの の、俗に言う|パーソナルスペース≪自分の領域≫が広く、今のように感情的になる場合がある。
 だがキッチンに罪はない。それに、何かあった場合キッチンは包丁だのコンロだのと危険の多い場所なのだ。
「なによ!どうせ葉だって飲んだくせに!」
 キーキー騒ぐ澪に、カズラとカガリはいいぞ、とか、足の裏もやれ、とか無責任にはやし立てている。
「わかった、認める、飲みました、だからやめひゃあははっ!」
 集中力を失って堕ちそうになる葉。慌てながらも誰から止めたものか躊躇う真木の後から、おっとりゆったりやってきた紅葉が声をかける。
「ちょっと、火は使ってないけど晩ご飯の準備が途中なんだから、あなた達――」
 今日の夕食当番である紅葉が二人を止めようとした時。
「うああっ」
「きゃあっ!」
 バランスを崩した葉がキッチンの作業台の上に足のかかとをぶつけると――あとは悪夢だった。
 両肘で台の上に踏ん張ろうとする葉の努力も虚しく、肘と肩とで中身の入ったボウルが一つ、二つと続けて台の上から床へと落下し、もう片方の足で蹴飛ばし たスープ鍋がひっくり返りって半透明の液体が床を広がる。その上を転がるのはみずみずしいトマトだったり、皮を剥かれて下ごしらえの済んだエビだったり、 ベージュ色のソースであったり、あるいは調理道具であったりと、いずれも紅葉の苦労の足跡だ。
 咄嗟に葉に怪我をさせまいと己の両手ごと|瞬間移動≪テレポート≫させた澪だったが、焦りのために目測がやや外れ、澪・カズラ・カガリの三人をまともに 巻き込んで食器棚に倒れ込む。ガラスや食器こそ割らなかったものの、調味料の瓶がとどめとばかりにまき散らされると、さすがの真木もあんぐりと口を開ける しかなかった。
 そして彼は気付いた。背後に殺気。|超度≪レベル≫計測不能。やばい、と戦士のカンが告げる。いや、長いつきあいだからこそか。どちらにしても今動いた ら死ぬ。
「……あなたたち……」
 怒っていた。真木の目線の先で『あの』葉が真っ青になる程度には、紅葉が怒っていた。よかった、自分が紅葉に背中を向けていて。正面から見ていたら今頃 石になっていたかもしれない。
「全員、晩ご飯抜きーーーっ!!!」

 向こう3ヶ月は紅葉は一切家事をしない、掃除はここにいる全員で行う、という紅葉の指示に、その場の全員一致で頷いた。
 それでもまだ憤懣やるかたないといった風に足音高く部屋へ戻る紅葉を見送って、一同は粛々と台所掃除を始める。
 ただ澪だけがアイスプラントをちまちまと拾いながら葉に向かって、
「フンだ。いい気味っ」
 と誇らしげに鼻先を天に向けていた。澪なりに思うところがあるのは分かるが、真木は葉が不憫になった。
 出かけたのは澪の仕事の都合、作ったのはカズラの都合、居合わせたのはその他全員の都合。そこにたまたま手を出したとはいえ、葉を責めるのは明らかに八 つ当たりだからだ。がしかし、調理用具の並ぶシンク周辺へヒットしそうになった一番危険な瞬間には自分のところへ葉を避難させたわけだし、おかげで被害は テーブルの上のものだけで済んだわけだし、紅葉に片づけを命じられて一人|瞬間移動≪テレポート≫で逃げなかったのは紅葉への反省の意なのだろうとは分 かっている。が。
「まったく、何をやってるんだか」
 正直、自分とカズラとカガリは悪くないと思うのは自己保身だろうか。だがカガリの周りで時折チリチリと火花が飛んで見えるのは気のせいではないと思う。 まあ、台詞の半分はそれでも手伝ってしまう自分に対してという意味合いではあったのだが。
 それに、部屋を出る時のあの様子だと兵部も今頃熟睡しているだろうし、今は目の前の惨事の痕跡を片づける事に専念することにしよう。
 仕事のことはあえて考えないようにしながら雑巾片手に床を拭くべくしゃがみこむと、葉が近づいてきて同じように身を低くして真木に話しかけてきた。
「ほんとだよね、真木さんも、何やってきたんだか」
 葉が見ているのは自分だ。はて、自分は特にヘマをした気はしていないのだが。
「何をだ?」
「ミルクセーキ」
「は?」
 厳密にいえば、葉が見ているものは真木の顔ではなく、どうもスーツの襟元のあたりらしい。
 わざとらしく口に片手を添えて声をひそめて言うには。
「じっくり味わってきたんでしょ?ネクタイ、捻れてるよ?」
 思いっきり目を細めた笑顔で告げられた真木は、慌ててネクタイに手をやるが、時既に遅し。
 実際には曲がってすらいないネクタイをさすりながら赤面するハメになった真木の目線の先で、葉が立ち上がると。
 仰ぎ見た葉の顔は、先ほどの笑顔が作り物であることを誇示するかのように、意地悪く舌を出していたのだった。


 以来。
 パンドラでは20才以上の男性及び澪はミルクセーキ厳禁!という掟が出来てしまい、真木たちはその度に兵部にチクチクと嫌味を言われることになるのだ が、それはもう少し先の話である。



                                                                        <終>



   ■あとがき■

   サブタイトルは昔読んだ本のタイトルより。ミルクセーキの部分だけ改変。
  前回(ホテル)が短く地味かつ説明的すぎたかなと感じたので、もう少し視覚に訴えるよ うなものを、と 心がけました。
 とはいえこんなに長くなるはずはなかったんですが、パンドラベイビーズ誰も欠けさせられなくってこんな 感じに。
 何度推敲して削ろうとしてもいつの間にか戻ってくるんです。すごいよパンドラベイビーズ!
 読む側にとって冗長で苦痛にならなければいいのですが。それだけがとても心配です。
 退屈だったみんな、罵ってくださいっ!そしたらそのぶんもっといいものが書けるようにな ると信じてますっ!(キリッ


                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2009.11.29