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 渋谷のイラン人は全員が麻薬を売っている。という都市伝説がある。 勿論嘘だ。実際、その日兵部に声をかけてきたのは身なりも言葉も日本人に見えた。
「そこの君、買わない?」
 待ち合わせより少し早い時間に着いてしまって街をブラつこうと思ったのはよかったが、人ごみに辟易して路地に入ったのが悪かったのか、怪しげな売人に話 しかけられてしまった。
「僕に?何を売りつけようって?」
「ハッパとSと星。カクテル系なら一揃い。あと、エクスもある、新薬」
「ふうん?」
 適当にあしらおうと思っていたのに、謎の単語が面白かったので少し話を聞こうという気になった時、男はもったいぶった仕草で懐から銀色の薬シートを取り 出す。
「4錠で20k、効果は保証するよ?」
 薬ではなく、男に|接触感応≪サイコメトリ≫することのほうを目的に手を差し出す。
 シートを置かれると同時に読み取った情報によると、男が手に持っているのは、どうやら媚薬と呼ばれるものらしい。中身については専門外なので詳しくは判 らないが、二錠ずつ連なったのが二包み、中には確かに薬が入っているし、劇薬でもないようだ。
「なんなら試してみる?」
 ニヤリと笑った前歯がタバコのヤニで黄色くなっているのを見た瞬間、堪えきれない不快感が走る。そんな提案を受けるどころか、これ以上触れているのもた まらなくなり、思わず手首を捻って関節をきめてしまった。
「いてえ、いてぇよっ!離せ!!」
「僕の前から消えるんだね」
 兵部が言い放ち手を離すと、男はそのまま逃げていった。
「媚薬、ねえ……」
 薬の有効率をいくらだと思っているのか。アルコールを飲んだ誰もがハッピーになるわけでないのと同様に、飲んだ誰もが一律同じ効果が出るはずなんかな い。
 なんてことを考えながら待ち合わせ場所に到着した。そこにやってきたのが真木か葉あたりだったら話のタネにして笑うところだったが、実際は。
「あれ?カガリ?」
 年の頃は十三、四。中肉中背で、兵部よりもさらに長めの黒い髪はいかにも手入れをされていないふうにところどころはねているが、本人はそれを気にしてい る様子はない。そして何故か制服姿だ。
「すいません少佐、葉センパイは三十分位遅れるって。で、俺はこの後すぐ補習に行かないといけないんで、買い出しにはつきあえないっス」
 標準程度の学力は備えているパンドラのメンバーだが、途中から転校してきた場合どうしても出席日数の関係で補習が必要になるらしく、澪もカズラもパティ もそれは同じだ。
「真木は?」
「真木さんからも伝言あります。都合が悪くて行けないから買い出しは葉センパイと一緒に頼むって」
「なんだよみんな、女性陣に対する感謝の気持ちはないのかな?」
「それと紅葉ねーさんから。携帯電話はちゃんと携帯しろ、真木さんの機嫌が悪い、だそうです」
「あ、ははは」
 それを言われると立場がない。ここは素直に葉が来るのを待つべきだろう。
 そう思って、何の気なしに薬を上着の脇ポケットに入れて――そのまま忘れてしまった。

 買い出しから戻ってきた葉から話を聞いて、真木は目を丸くした。
「バベルのメガネとヤブ医者に会った?」
「そ」
「大丈夫だったのか?」
 大丈夫だからこそ葉が今ここにこうして居るのだろうが、やっぱり聞かずにはいられない。
「別にー。普通。ってか、女性用の下着売り場だったから、真木さんが来てても役に立たなかったと思うよ」
「女性用……!?」
 ますます謎だ。何故そんなところで遭遇して、しかも仇敵のはずのバベルとパンドラとで和気藹々と会話していたのか。
 だがつっこんだところで相手は葉と兵部、糠に釘だろう。真木はそれ以上の情報を引き出すことを諦めた。
 そして翌日、無事に女性メンバーにお返しを渡し、夜はささやかなディナーでもてなして、ホワイトデーはつつがなく終わったのだった。

 さらに二日後、夕食が終わり、カタストロフィ号は雲の上、頭の上には数限りない星の大海。なのに真木の表情は暗い。
 兵部が微熱を出して、午後になってもそれがなかなか下がらないのだ。
「――薬をお持ちしますか。熱冷ましか、風邪薬でも。」
 看護係を請け負って兵部の部屋の仕事用のチェアに座った真木が、今のように時折話しかけてくる。
「効くとは思えないけど、せっかくだから好意に甘えておくよ。――そこに入れておいたから、取ってきてくれるかい?」
 そこ、と言いながら戸棚を指した。
「はい」
 天井をぼんやりと見ていると、真木がごそごそと何かを探す気配がする。
 どうせ真木が買ってきた薬を兵部が戸棚に入れただけの話だから、と、渡された赤と白のカプセルを二錠、何も考えず受け取って、差し出されたコップの水で 促されるままに嚥下した。
「風邪薬がどう効果があるのかはわからないけど、まあ、プラシーボ効果くらいはあるかもね」
「……」
 プラシーボ効果、プラセボ効果とはすなわち偽薬のことだ。薬であると称して栄養剤か何かを飲ませると、体調が良くなったりする現象のことを言う。もちろ ん、偽薬と知りながら効く薬があるとは思えないが。
「そんな顔をするなよ」
 年齢を考えたらもっと頻繁に体調を崩していてもおかしくない。
「俺はただ、お体を大事にしていただきたいだけです」
「大げさだなあ。多少体が驚いているだけでもうすっかり普通さ」
「――なら」
 ギシリとベッドを軋ませて、真木が覆い被さるように兵部の両腕を掴む。
「俺をはねのけてみせてください」
「……わかったよ」
 今の兵部にとって、動くことも、力を発動させることもひどくおっくうだ。決して何も出来ないわけではないが、ただ怠いのだ。
「君の言うとおり、安静にするから。そんなにいきり立たないで」
「わかっていただけたなら、いいんです」
 そう言うと真木は身体をベッドから降ろして、また兵部のベッドの側に戻る。
「薬も効いてくるだろうし、しばらく眠るか仮眠するから、君はいいよ。ここで看病しなくても」
「ここにいますよ」
 むっすりと渋い顔をしながらも足下のバッグからノートパソコンを取り出すと、兵部用のデスクに据えて、セットのチェアに座り直す。
 すっかり番犬だな、と思いながらも、悪い思いはしない。
 せわしげにキーを叩く音を聞きながら目を閉じて、やがてやってくるであろう眠りを待った。
 のだが。
 訪れたのは、眠気ではなかった。
 初めのうちは、熱っぽいのがひどくなってきたと感じた。そして次第に体がぞくぞくと泡立つような感覚に襲われ、それが寒気というよりどちらかというとそ ういう時の感覚に近いと思うようになった頃、こういう状況でもっとも先に元気のなくなるはずの部分が自己主張を始めたのである。
「真木」
 仕事に熱中している真木は、兵部が何度も寝返りをうったことに気付いていない。ましてや兵部の頬の火照りや体の変化などは全く感知していないであろう。 だから名前を呼んだ。すると丁寧に枕元にまでやって来て尋ねてくる。
「どうしました?」
「さっきの、ホントに風邪薬だった?」
「え、ええ。言われたとおりに、あそこから」
 真木の指が射したのは、兵部の考えた通りの戸棚の引き出し…よりも少し低い位置。
 見ると、椅子に無造作に置いておいただけのはずの学生服が、椅子の背にかけられている。嫌な予感をひしひしと感じながらも真木の言葉を待つ。
「学生服のポケットにあった包みを」
「真木……」
 言葉が見当たらない。そこには処分していないあの薬が入っていたはずだ。
「――それ、風邪薬じゃない……」
 なんと言えばいいのか、ベッドの中で、兵部は比喩ではなく本当に頭を抱えてしまった。
「媚薬だ」
 抱えた両手で兵部が枕に頭をおしつけるようにしてその単語を口にすると、真木がぽかんとしている。
「媚薬?惚れ薬ですか?」
「どちらかというと催淫剤のほう、みたいだね」
 使ってみるまでは信じてなどいなかったし、だから大して重要視もしてなかった。
「さ……」
 その単語を聞いた真木がさあっと真っ赤になると、その直後真っ青になる。
「そんなお身体に障りそうなもの、どうするつもりだったんですか!?」
「君の疑問はよくわかるけど、別に僕が用意したものでもないし、使うつもりも、ましてこんな風に自分で効果を確かめるつもりもなかった。まぁ、拾ったみた いなもんでね」
「?拾った?」
「そう」
 疼く身体に気付かないふりをして、淡々と先日の買い出しの日の出来事を話す。その間ずっと苦虫を噛みつぶしたような顔をしている真木を見ているうちに、 ちょっとした悪戯心が沸いた。ひらりと掛け布団をはだけてみせて。
「なんなら効果、見る?」
「いえ、そんな」
 などと言いながらもちらちらと目線が泳いでいる。真っ青だった顔色がまた赤みを帯びてくるのが、見ていて楽しい。血圧を測定したらおそらくものすごい勢 いで上下しているに違いない。
「その、効果……あるんですか」
「君も見ての通りだよ。僕は完全に風邪薬だと思って飲んだしね」
 つまり偽薬効果ではないわけだ。しかしこんなことを聞いてくるとは、さしもの真木にも多少は好奇心があるらしい。と思った矢先に。
「処置、したほうがいいでしょうか」
 などとわけのわからないことを言い出す。
「処置?」
「お、お辛いのではないかと」
 驚いた。
「君の口からそういう言葉が出てくるとはね」
 性的だったり下品だったりする事柄には全く気付かないか、気付いても真っ赤になって目線を逸らすか、というほどの奥手の真木がそんなことを言い出しただ けで驚きだった。だが更に驚くことに。
「声がうわずってます。呼吸も浅いですし、常にないほどそわそわしてますし――」
 兵部の現在の体の変化を言い当てると、ベッドに片足をもたれさせるようにして手を伸ばしてくる。とっさに身をかわそうとしたがかなわず、首筋に手を差し 入れられた。
「ん……」
 我知らず、鼻にかかった声が零れる。けれど真木の手はそれ以上何をするでもなく、掌を当てたまま心配そうな顔で覗き込んでくる。
「脈も上がってます。そして、それだけじゃない、ですね?」
 何がそれだけじゃないのかは、自分が一番よく知っている。
 本当は首に当てられた真木の手に縋って、抱いてくれと頼みたいところまで追いつめられているのだ。
 それはもしかしたら――相手が真木でなくても。だから、現実はそんな浅ましいことはできない。
「あ、っ…」
 真木の手が首の脇をなぞり、鎖骨を外側から内側へと撫でると、兵部の喉から堪えられない声が漏れる。自分でも予想だにしなかった、媚びるような声だ。
 途端、真木に気付かれたくないという思いが頭をもたげてきて、真木は気付いてないのではないかという楽観的な期待を抱いてその顔を上目遣いに仰ぎ見る が、そこには心配そうな顔があるだけだ。
 真摯さに心を奪われ何も言えずにいると、真木がまた兵部の肌を撫で上げながら頬に手を添えてきた。
「本当は、とても辛いのでしょう?」
 兵部の頭をまたいでベッドの上で手をつくと、心配そうな顔が近づいてくる。瞳の奥にほんの僅かだが自分を求める獣の気配があって、それに射抜かれて動け ない。
「目を閉じて」
 まばたきも許されないような空気の中、真木の声が兵部を誘惑する。
「俺が、楽にしてさしあげますから」
 真木は知っていて言ったのだろうか。兵部が、『俺が』という一言をこそ待っていたことを。
 口に出したら無粋になる気がして、言われるがままに目を閉じると、真木の唇が兵部の唇を覆い、ゆっくりと味わい始めた。

 体調が悪いのにバスローブのままでは良くないと真木に言われて着替えた紺色のパジャマ。面倒くさいとぼやきながらも兵部自身が着込んだそれを、ジャケッ トだけを脱いでベッドに上がった真木の手で脱がされていく。
 待ちきれずに真木のネクタイへ手を伸ばすと、真木は何を言うでもなく黙々と兵部を包む布を取り除き続けている。ネクタイを解いて兵部が真木のシャツのボ タンを三つか四つ外した所で、真木の唇が兵部の鎖骨へ落とされる。
「ん…」
 嬉しい。鎖骨を辿りながら少しずつ深くなっていく口づけも、パジャマの内側から背に回された手の感触も、逆の手で袖を脱がされていくことも。
 薬で敏感になりすぎてしまったのか、真木の指に、唇に触れられるたびに、ピリピリと痺れるような感覚がする。
 なのに、真木は唇を反対側の鎖骨へと移動させた所で、体を離してベッドを降りてしまう。
「……?」
 どうしたのかと尋ねる言葉さえねだる言葉に変わりそうで、口をつぐみ頭だけを枕から浮かせて真木を追うと、シャツを脱ぎながら戸棚の一番下の引き出しに 手をかけるのが見える。――そういうことか、と安心する。そこには男同士の行為のために必要な潤滑剤が入っている。
 兵部の期待どおりにローションの小瓶を手に戻ってきた真木が、枕元のチェストに手を伸ばして容器を起きながら、片腕をついて兵部の上へとのしかかってく る。これっぽっちの接触でも嬉しくて、天井を仰いで目を閉じた。
 途端に、胸の上をなじみのない感触が伝う。
「ひぁ、っ?」
 強いて言えばそれは痛みに似ていて、反射的に目を開いて自分の体を確認すると、透明な四角い氷が一粒見えた。おそらく先ほど瓶を置いた時、チェストに置 かれていた水差しからかわりに持ってきたのだろう。
「なに、して、……」
 尋ねても真木は何も言わず、かわりに舌を出し、器用に氷を動かしてゆく。
「――ん、っ」
 慣れない感覚に戸惑いながら、真木の仕掛けた巧妙な感触に翻弄される。胸の上を何度も行き来させられて、冷たいはずの氷に体温を高められて、喘ぎ声を隠 せない。
「あ……ん、んぁっ」
 氷はほとんど溶けてしまったはずなのに、まだ冷たい舌で胸の小さな突出を舐められて、声のトーンが上がった。そこでようやく真木が声を発する。
「おかしいですね。ほてりを鎮めようとしたんですが。どうして、こんな風に固くなっているんですか?」
 もう片方のほうもぺろりと舐められる。その感触で、胸の突起を熱で固めてしまった自分の体の変化に気付く。小さく立ち上がり自己主張しているそれは、真 木の手でやや強めにつまみ、コリコリと刺激されても痛みではなく快楽を感じているのだ。
「ぁ…アんっ……んっ」
 胸を執拗に舐めまわされて、痛みのかわりに快感に蝕まれて、自分でもわけがわからなくなってくる。
 だから、自分がもう我慢の限界に来ていることに気付かなかった。
 気付いたのは、胸から顔を上げた真木に言われてからだ。
「自分でしないといけないくらい、堪えられないですか?」
「ふぁ、…あ……?――っ!」
 愕然とする。いつからか、兵部は自分の雄を触って――いや、握り、扱いていたのだ。
「やっ、なんでっ――いや、ぁっ」
 嫌だと思うのに、手が言うことを聞かない。掌で勝手に自分を包んで、裏側を指で強めに握って。
「やだ、まぎ、っ」
「いやらしいですよ」
「いやだ…っ!」
 本当に嫌だと思っているのに、手は速度を速めていく。これではまるで真木に足りないと見せつけているようではないか。
「駄目、違……んぅ、っ……!」
 自分の指を先走りの液で濡らし、水音を立てながら登り詰めようとしている。もうなにをどうしようと、この勢いを止められそうにはない。 
「物足りなかったようですね、すみません」
「ちが、う、っ、あ……ん」
「違わなくていいんですよ。――今、楽にしてさしあげますから」
 身勝手に快感だけを追いかける体から意識を離して、真木に言われたことの内容を理解する頃には、兵部の両手を真木の両手で包まれ先端をその口に受け入れ られていた。
「あアっ!」
 いつもより少しだけ温度の低い口腔内に引き入れられて、かと思うと鈴口をこじ開けるようにして舌先でつつかれる。
「あ、あぁ、んっ……真木……っ…!」
 せり上がっている所の裏側を唇で刺激されて、先端を執拗に責められると、駄目だ、と思うよりも早く真木の口の中に解き放ってしまっていた。

 真木が口を離し、両手の拘束を解くと、魔法でもかけられていたかのように自分を握ったままだった手がようやく離れる。
 次に思ったのは真木の口の中を汚してしまったという罪悪感だった。
「……ごめん、真木」
「何故謝るんですか?」
 兵部の精を飲み込んだであろう喉でくす、と笑われてしまうと、今更なにがごめんなさいなのかを言い辛くなる。
「まだ全然足りなかったでしょう?それとも、一人のほうがやりやすかったですか?」
「――馬鹿。君にしてもらったほうがいいに決まってる」
 言い切ってから急に恥ずかしくなって俯くように自分の手を、体を見て――息を呑む。すると真木も同じものを見る。
「嘘……」
 兵部の熱棒が、まるでなにもなかったかのように空を仰いでいる。さすがの真木も素直に驚いているようだ。
「これは……すごいですね、薬は」
 すると、ごくりと喉を鳴らす音が聞こえて、真木が腕を伸ばす。
 真木に目をやると、さっき氷を取ってきた枕元から、今度は潤滑剤の容器を持ってきて、掌に零していた。
「……っ……」
 今度は兵部が喉を鳴らす番だった。真木の言うとおり、薬に侵されたこの体は、先の奔出だけではまだ足りないのだろう。真木の掌で暖められているそれの 滑った感覚を思い浮かべるだけで、期待に体が疼く。ついさっきまでのような手近な快感――自分自身による慰撫に手を伸ばしそうになる。
「ふ、う、ぅ……」
 だから真木の手が兵部の秘部をまさぐりはじめると、安心と期待に満ちた息が漏れる。こらえていた分、ずいぶん長い時間待たされたような気がする。
「待たせてしまったみたいで――すっかり、ほぐれてますね」
 言いながら、真木が指を侵入させてくる。
「ぁん、っ!」
 ゆっくりと、探るようにまずは一本。でも、足りない。
「真木、っ」
「どうしました?」
「……っ、足りない……っ」
 もっと入れてほしい。もっと多くてもいい。もっと、強引でもいい。もっと、もっと。
「わかりました」
 あっさり指を抜くと、ぬめり気を纏いその数を二本に増やして、一気に奥まで入れられる。
「あ、ああ、あっ、んっ」
 兵部自身が望んだ快楽に思わず仰け反り、己を失いそうになってシーツにしがみつく。
「このくらい、ですか?それとももっと?」
 問いかけながら、兵部の答えを聞かずに真木は容赦なく出し入れをはじめる。
「あっ、あ、んん…んっ、ァ!」
 快感に、思わず腰がうねる。真木の指を入れられては喘ぎ、抜かれては喘ぎ。自失しそうになりながらも体の感覚を追っていると、真木が指を三本に増やし た。
「あ――ぁ、ん……」
 そして今度は掻き回すように兵部を翻弄する。
「っ、ま、ぎっ……ぁ、アんッ!」
 出し入れの動きに加えて激しさを増していく真木の施しにクラクラしながらも、もう一人の自分が自分に囁いてくる。
 まだ足りない。
「真木、もう、っ」
 今でも十分すぎるほどに感じているはずなのに、貪欲になりすぎて、もっと大きな快感が欲しくなる。
「どうしました?」
「ま、ぎ、入れてっ――ひぁあ、っ……!」
 それでも真木は指による責めを止めない。
「真木、お願、い……!」
 いつもなら聞いてくれるはずの頼みなのに、聞いてもらえない。こんなに焦れているのに、真木が欲しいのに。
「真木!」
 もうほとんど悲鳴に近い声をあげると、真木の動きが止まる。
「――ぁ……」
 さっきまでの動きが嘘のようにゆっくりと指を引き抜かれながら思う。いくら何でも、恥を知らなさすぎる。叫んでまで挿入をねだるなど。頭ではそう思って いる、だからおそるおそる真木を見ると、そこには兵部が予想していたような呆れや軽蔑の目線はなかった。
 ただ、どういうわけか悲哀と苦渋に満ちていた。
「…真木……?」
「貴方が心配です」
 それは十分によくわかっている。なのに、心配だけではないこの声音はどういうことだろう。
「たったこれだけでこんなになって、俺以外の誰かがいる時だったらどうなるのか」
 痛いところをつかれた、と思った。
 今のこの衝動が本当に薬だけから来るものなのだろうか、という思いがついさっき兵部の頭をよぎったばかりだ。
 そして真木と同じ所に行き着くのだ。
 もっと早く気付くべきだったかもしれない。自分にばかり意識が向きすぎていた。真木がどう思うかなんて容易に予想できたはずなのに。
「今だって、俺がいなくて、別の男がこの部屋に入ってきていたら、同じことをしていたでしょう?」
「……っ……」
 兵部はその答えにはイエスともノーとも言えずに、ただ力無くかぶりを振るしかない。
 違うと言いたい。違うと言い切れない。どうしようもなくて、泣き出したい。そんな気持ちでいると、真木の雄が兵部の入り口に添えられたのがわかる。
「あ、…」
「これから貴方に侵入っていこうとしているのは誰ですか?」
「……ま、ぎ――真木」
「それは俺のことですか?それとも体のこと?」
 兵部がシーツを握っていた手を、真木のものに触らされる。いつもより熱い気がするそれは、待ちこがれていたものに間違いはなく、手の感触で真木を確かめ ているだけで、兵部の体温も上がっていくかのようだ。
「こっちだけなら、他の人間のでもいいのではないですか?」
 これは時折起こる、真木の抱えた疑惑の噴出だ。今のように言葉の時もあれば、態度だけの時もある、真木から投げかけられる疑念。言葉で晴れることはな く、まして行為でもって晴れることはないのに、行為の最中でしか確かめられず、同時に行為のみでは絶対に解決することはない。それをを証明できる手段があ るとするならば互いの純潔を貫くことだけだろうが、兵部には、真木の胸に抱かれ身を貫かれる圧倒的な快感から離れることは、もう考えられない。
 でもいつだって、これだけは間違いない。
「真木、だ。君が、いい」
 たったそれだけを得るために、真木もずいぶん回りくどいことをしたものだ。今はもう、嬉しげに笑っている。
「よくできました」
「嘘じゃ、な……いっ、から、な……」
 疑念の全てを根こそぎ取り去ってしまいたくて、必死で言葉を続ける。
「……嬉しいですよ」
 きつく抱かれて、その強引な抱擁に身をよじって、乞う。
「だから、っ――真木ので……いか、せてっ……」
 何を求めても、この手は必ず受け入れてくれるのを知っているから。
 だからこの腕になら、全てを委ねられる。
 この男の熱なら、受け入れられる。
「――あああ、ああんっ!」
 真木が身を乗り出しすと、一拍遅れて真木が入ってくる。
「ゃ、あぁんっ、真木っ――!」
 いつものような、兵部の体を気遣ったゆっくりとした侵入でも、だからといって激しいだけの侵入でもない。慎重なのに熱っぽい侵入だ。
「あ、っ!」
 それは体を時折揺すりながら、何かを確かめるように埋める深度を増していく。
「真、木――」
 それとも、これはいつも通りの優しいセックスにすぎないのだろうか。薬のせいで自分だけがいつもと違うように思っているだけなのか。
 どちらでもいいではないか。つまりは気持ちいいということなのだから。自分勝手で安易な結論に抗い、真木の肩に爪を立てる。
「真木…真木……?」
「どうしました?」
 返される声で思う。やはり、真木の吐息も熱っぽい。
「真木、熱い……」
「貴方の胎内もですよ――火傷しそうです」
「ああっ!?」
 慎重に侵入を進めていた真木のものが、そこに当たる。
 兵部が感じて仕方なくなってしまう場所。
「――ここですね?」
 真木はそこを探していたのだ。そして、見つけたならば次はきっと。
「ああああンっ!」
 手早く兵部の両足を体に押しつけ、腰をすっかり上げた姿勢にされて、そこを何度となく突く。
「んっ、ああんっ、アああ、ぁうんっ、ン!」
 執拗に、何度も何度も擦られて、あまりの快感に体中が震えてどうにもたまらない。
「ああんんっ、あ――あっ!」
 気持ちいい、と。感じている、と伝えることすらできずにただ嬌声を上げる。
「感じてください――」
 喘ぎを繰り返すだけの性の人形に成り下がった兵部に、真木が言葉をかけてくる。
「俺を感じてください」
 そのひとことで、冷静な自分が少しだけ戻ってきた。
 ようやく訪れた理性の細い糸にしがみつきながら、最後のお願いをする。
「ま、ぎ…」
「はい?」
「そこばっかり、じゃなくて、…っ、全部、入れて――奥まで……」
 すっかり欲に侵された目でそれでも真木を見ると、少しだけ困惑の表情を返される。
「しかし、ここが一番――」
 言いかけた真木を、首を横に振ることで言葉をとどめさせる。
「僕だって、君を感じたい、真木。君の全部を――感じたい」
 全てを受け入れたい。全て真木で満たされたい。
「これじゃ、君を抱くことさえ、できない」
 兵部のそこを突くための今の姿勢は互いの体が離れすぎている。そうじゃない。真木の背にしがみつき、首筋に華を埋めて雄の匂いを感じられるくらいの距離 でいたい。
「だから、真木……――っ!」
 兵部の言葉は最後まで言わせてもらえなかった。
 真木が一気に体重を掛けて、兵部の中に自分を埋めきったからだ。
「アぁあ、ああああんっ!」
 凄い質量が自分を侵してきた、と思うと、兵部の足の拘束を緩め、そのかわりに真木の腕が兵部をくるむ。
「あ――真木っ――」
「……」
 言葉はない。ただ荒い息を繰り返すだけだ。
 そうして互いの呼吸が整うのを待つと、真木が兵部の頬にキスしてきたので、同じように反対側の頬にキスをする。
 額に、瞼に、そして唇に、触れあうだけのキスの応酬をしていると、真木がクスクスと笑い出す。
「どうしたのさ」
「あの――なんだか、くすぐったくて」
「自分からしてきておいて?」
 つられて兵部も笑うと、お互いを正面から見つめあって、吐息のかかる距離で笑いあう。
 そしてその笑いがひとしきり収まると、いつの間にか濃厚な接吻を交わしていた。
 先刻までは、快感だけを求め続けていた兵部の体の熱は、いつしかそれ以上をも求めるようになっていた。けれど焦燥感は大分なりをひそめ、今感じるのはこ のキスを終わらせたくないという気持ちだけ。
 なのに、唇は離れてしまう。
「ン――」
 不満に華を鳴らしてしまう兵部を、真木がまた笑う。幸せそうに。
「――なんだよ」
「いえ。ずいぶん、飛んだなと」
「え?」
 なんのことかと真木の目線を追いかけると、自分と真木の胸の両方に、白い飛沫を見つける。
「え、これ――」
「全部入れた時にイッたんですよ。わからなかったんですか?」
 兵部には真木に言われるまで全くわからなかった。
 道理で、あの強烈な欲求が薄れているはずだ。
 ――なのに、胸に落とした視線をさらに辿ると、兵部の欲棒は勢いこそ衰えたもののまたしっかりと自己主張を始めている。
 途方にくれて真木を見るが、真木だって困った顔をするしかないようだ。たしかにそれはそうだろう。
 どうしようか悩んだ挙げ句、口からはまったく別の話が飛び出してきた。
「お風呂、入らない?」
 自分でもどうしてこんな思考に行き着いたかわからない。胸までかかった精を恥ずかしくて洗い落としたカッtあのかもしれない。
 真木のほうが順応は早かった。
「そうしますか。少佐のお部屋のなら、一緒に入れますし」
 思わず目を見張る。これは珍しい反応だった。
 いつも、一緒に入ろう、と誘うと真木は断る。二人だと狭いから邪魔してしまうとか何とか。そのくせ、兵部の体を洗うのは嫌いじゃないらしく、行為のあと はいつもそこで裸の兵部を、何かしら着込んだ真木が洗い、後始末をする。
 なのに一緒に入る、などと。こういう日もあるということだろうか、と思う兵部の腕を真木が自分の背に回させると、兵部の体を少しベッドから持ち上げて、 腰の下に手を入れる。
「では、念のため掴まっていてください」
 と言ったと思ったら、兵部の体を浮游感が包む。それはいい。が。
「う、嘘っ」
 まだ達していない、いきり立った真木のものを兵部の中に入れたままで、真木は兵部を抱え、立ち上がったのだ。
「ぁ、アアああんっ!」
 声が迸る。兵部の全体重を真木が支えて、その中心で貫かれて、かつて無いほど深くまで真木をくわえ込んだ形になる。
「少佐?」
「あ、ん――!」
 声が出ない。入り口がもういっぱいいっぱいにまで拡げられているのが判る。真木の雄で、引き裂かれんばかりに。
「イイんですか?」
「――っ!!」
 応えられない。歯を噛みしめて体中に力を入れて、これ以上真木が入ってこないようにしがみつくのが精一杯だからだ。なのに。
「ひゃ、ああんっ!」
 こともあろうに真木は兵部を抱えて立ったまま、体を揺すり始めた。
「ああ、ぁ、ああんっ、ア!」
 ギリギリまで入り込んだ真木が、兵部の胎内で大きく、堅くなっていくのがわかる。
 もうこれ以上は無理だと泣いて止めさせたいのに、身体が自分の意志を置き去りに走り出した。
「やっ、や、だぁっ!」
 真木の動きと呼応して、自分の屹立が固さを増していく。真木の体と擦れる胸が、腕が、足が、肌のあらゆるところが快感を生む。揺すられるたびに文字通り 体を貫く快感で頭が真っ白になる。
「ああんっ、ん、ふぁ、アア!」
「少、佐」
 どうしようもない程感じすぎて、過ぎる悦楽で涙が溢れて、自分を呼ぶ真木の顔を見ることさえかなわない。でも自分が今どんな顔をしているのかなら想像が つく。きっと物欲しげで、でも陶酔して快感に浸りきっていることだろう。
「少佐――!」
「アあ、あ……んっ!」
 真木の動きが激しさを増す。兵部の全身が真木の手に任せられ、快感すらもその腕に委ねられている。
 気持ちよすぎて、何も考えられない。何ものにも止められない。
「真木、真木っ…!」
 口をついて出るのは馬鹿のように一つの単語。今自分に途方もない快楽を与えてくれている人間の名前。
「ま、ぎ」
「少佐、……っ!」
 ひときわ激しく突かれたその直後に、真木の欲が胎内で吐き出される。
 熱い、あまりに熱いその感覚に、兵部もまた、今日何度目かの絶頂を迎えた。

「ん――」
 真っ白に灼けた快感からしばらくして、意識が、自分の感覚が戻ってくる。
「少佐――大丈夫ですか?」
 気付くと浴室で、湯船に湯を張り終わるのを待っているところだった。タオルにくるんで椅子に座らされて、背はどうやら浴槽にもたれかけているらしい。
「入れますか?シャワーだけのほうがいいですか?」
 尋ねてきたのは真木だ。どうやら自失こそしたものの気絶したとかではないらしく、時間もそう経ってないようだ。何故なら――
「……」
 真木の胸に手を当てると、ぬるりとした白濁がそこにある。まだ乾いていない。先刻確認した時よりも増えているのは、多分兵部自身がまた達して撒き散らし たに違いない。
 そこに考えが至ると、急に恥ずかしさが増した。
「少佐?」
 恥ずかしさの矛先にいる相手がこちらを見てくる。その純粋に自分を心配する目線に、照れのような怒りのようなものを感じる。
「しょう――」
 椅子から身を乗り出して真木の口に噛みつく――かのようにキスをした。そしてすぐにまた身を離す。
「少佐?」
 湯気ごしに戸惑った態度を見せる真木を押し倒すと、その上に覆い被さった。そして出来る限りで最高の笑顔を作ると、言った。
「今度は僕が、君をいかせてあげる番だね?」

「何も言いませんけど……」
「……言いたいことはわかってるよ、多分」
 すっかり湯当たりした体をベッドに投げ出して、ぐったりと兵部は天井を仰ぐ。
 あのあとも変わらずに薬の効果は続いていたらしく、真木の上の場所を陣取った後、今度は兵部が跨って、また性交渉をした。
「いくら湯当たりしたからといって何もかけないのはよくありませんよ。ほら」
 真木が布団を掛けようとしたが、それを阻止しようとして失敗し、余計な事実を露見させられた。
「ふぁ、んっ」
「え?」
 真木の手と自分の手とを触れあわせてしまい、声が出る。
「少佐…?」
 真木が不思議そうに肩に手を当ててくる。
「やぁ、あんっ」
 触れられて、また甘い声。
「…!少佐、…その、まさか…」
「何だよ、いいだろ別に。構うなよ」
 恥ずかしくて真木の顔を見れない。まだ足りないなんて、いったい自分はどうなってしまったんだろう。
「……って、どうなってしまったもない、薬のせいじゃないか、明らかに」
 深くため息をつくとともにこぼすと、真木が応える。
「薬が抜けるまで、つ……続く、ってことなんでしょうか」
 それはぞっとしない考えだった。
「……勘弁してくれよ」
 苦しいし、これ以上は真木にも迷惑を掛けるし。ただ一人でこの疼く体をどうしようと思うと、ついもう一度ため息が出る。それを見た真木が意を決したとい う風に意気込んで立ち上がる。
「わかりました」
「ん?」
 ベッドの脇から兵部の学生服へとつかつかと歩み寄ると、銀色の薬シートを取り出し、迷うことなく袋を開けて薬を取り出す。
「真木?」
 今度はベッド脇の水差しからコップに水を入れて――
「何を、っ?」
 止める間もあらばこそ、真木は薬をあっけなく飲み込んでしまった。
 正直、ぽかんと口を開けるしかない。
「真木、きみ――」
 なんてことを。と言おうとした口は、唇に塞がれる。さっき浴室で、兵部自身がそうしたように。
 唇はじきに離されるが、言葉が見当たらない。何と言っていいのかわからない。
「おつきあいします」
 などということを、真面目な顔で言い出してくる。
「……本気?」
 思わず指を指しながら聞いてしまうと、その手を握られ、体ごと引き寄せられる。
「そのかわり、今夜は眠らせませんから」
 甘い囁きの中に、自分と同じ疼きを感じたのは、勘違いだったのだろうか。


 結論から言うと、翌日ベッドから出てこれなかったのは真木のほうだった。
「――怠いです。全身」
 結局本当に朝までかかって互いの「症状」に「処置」しあって、うとうとし始めた頃、真木がそろそろ朝食の準備の時間だと言い出した。のだが、その真木自 身が、ベッドから立ち上がれないという状態である。
「まだ若いのに」
「あなたがそれを言いますか……」
 口ではからかっているが、兵部だって立っているのがやっとという状態だ。
「連帯責任ですからね」
「まあ、そういうことにしておいてあげてもいいけど」
 何故か嬉しげな兵部を見ていると真木もつい本音が出る。
「もとは貴方が怪しい薬を持ち込んだのが原因なんですからね。わかってますか?」
「うんうん、わかってる」
 いつものお小言をいつもと同じようにいなして、そうやっていつもとは少し違う朝を二人で過ごす。
 こんなふうにいつもと同じくくすぐったくて、それでも昨日とは少しずつ変わっていくそんな日々が穏やかなまま続くように、心の奥で祈りながら。

                                                                        <終>



   ■あとがき■

 書き始 めの頃は卒業記念のつもりでした。

 今年卒業した全ての皆様へ、捧げます。卒業おめでとうございます!
            (作品はまったく卒業と関係ないとかそういうのは言わない約束で)

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.03.31