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群衆 
 
- stray child - 

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 大都市、東京。
 その象徴とも言える古く重厚なデザインの外観に最新の設備、そしてあふれかえる人、人、人。
 ここは東京駅、八重洲北口の改札を出てすぐの場所に、二人の少年と一人の少女の姿がある。
「あれだけ、手を離すなって言っておいたのにさ」
「メモのこと、思い出すかしらね」
 兵部は出かける前に、葉の手に「迷子になったらこれを見せること」と、『八重洲南口で待ち合わせ 保護者・兵部京介、同行者ほか2名』と書かれたメモを 渡した。
 その行動自体は用心深いとも言えるが、司郎が今にして思うに。
「京介、こうなることがわかってたんじゃん」
「いや、ならないといいなーと思ってはいたよ?」
「ちょっと、見失うわよ二人とも!」
 紅一点の紅葉の言葉につられて二人、司郎と兵部は歩き出し、ひとつの小さな影を追う。
 目線の先には、手に持った大きな飴を時折くわえながら、ぼんやりと上を向きよたよたと人ごみの中を歩く幼い男児――葉の姿があった。
 世間は連休で騒いでいる、が、あまりに観光客だらけのところに行くのもなあ。と、連休が明けた翌日の朝早く、四人は東京駅へやって来た。
 そこから八重洲南口でバスに乗り行楽先に向かうはずだったのだが、月曜の朝という時間上、駅はビジネスマンで溢れ、背の低い子供達は兵部について歩くの が精一杯だった。それでも葉の手だけは離すまいと兵部が努力していたにもかかわらず、ふとした拍子に葉はその手を離して、どこぞへ駈けだしていってしまっ たのだ。
「っていうか、どうして合流しないのさ?」
 何故か葉に声をかけようとせず、それどころか一定の距離を保ってもう二人をさがらせていることへの疑問を司郎がぶつける。
「葉をこういう人ごみに連れてきたことはなかったからね。迷子の怖さを知るいい機会だと思ったのさ」
「荒療治ね」
「イヤかい、紅葉」
「ううん。言うとおりだとは思う。でもあんまり穏やかな手段じゃないわよね」
 葉は目線を下に落とし舐めていた飴を手に持ちかえて、何かを追っているようだ。周りはほぼまったく見えていない。
「もし葉が泣き出したら……」
 懸念を口にした司郎に紅葉が続ける。
「さすがにこの人ごみで駅舎を壊したらやばいと思うんだけど」
 しかし二人が苦い顔なのに対して兵部は。
「面白いじゃないか」
 葉の力は超音波であり、しかもまだ幼い分制御も不安定で、暴走も時折ある。もしも本気で力を解放しながら全力で泣かれたりした日には、あちこちの壁を破 壊し屋根を吹っ飛ばすくらいのことはやりかねない。
 なのにそれを面白いで片づけてにこにこ笑っている兵部に、紅葉がつぶやく。
「……悪趣味」
 往々にして女性のほうが成熟が早い物だが、この面子で鍛えられた紅葉の精神年齢は実年齢よりかなり高くなっている。まだ年相応の精神年齢でしかない司郎 は、大人びた紅葉の物言いにただ苦笑していた。
 しばらく行くと葉は足を速め、目線もひとつのことに集中しはじめた。
 三人が不思議に思うのにも気付かず、その低い視点からさらに低くを睨むように追い、時折駈ける。
「なんだ?」
 司郎が疑念を口にするが、葉の足は止まらない。残りの二人も首を傾げるばかりだ。と、とある植え込みの所でしゃがみこむと、飴をもっていないほうの手を 差し出す。その先には白い毛玉が落ちていた。
「……犬?」
 それは毛玉ではなく、長く白い毛をした犬だった。体躯は猫よりも一回り小さいくらいで、白い毛は長く、顔と耳に黒い部分があるが、そこからもまた見事な 長毛が流れ落ちている。
「パピヨンね」
 耳の下の毛が長く広がりながら落ちるさまが蝶々のように優美だからという理由でそういう名前だったはずだ。
「たしかに、葉の目線じゃないとあの犬は見つけられないな」
 首輪はつけているし、おそらく何かの弾みに飼い主とはぐれたのだろう、どこかおびえたように見えるが、手を差し出す葉に近づいてくる人なつっこい一面も ある。
「あっ」
 と、葉はむんずとその犬を小脇に抱えるときょろきょろと当たりを見渡しだした。咄嗟に隠れる三人。仕方がないので兵部が透視する。
「大丈夫、こっちのほうは見てない。――けど、誰かと話してる」
 柱の影から顔を出すと、片手に飴を、もう片手に犬をかかえて葉が近くのビジネスマン風の男に何かを尋ねている。
「メモを見せてるんじゃないみたいだけど」
「道を聞いてるね、交番だって」
「そうか、交番か」
 紅葉が観察し、兵部が超能力で聞き耳を立て、司郎が感心する。
「メモのことは忘れたみたいっスね。ま、飴と犬とで両手を使えないんだから当然だけど」
 迷子になった時用のメモはまだポケットに入っているはずだが、忘れたのだろう。
「飴を手放せばいいのに」
「それを言っちゃあ……」
 ぼそぼそと会話を続ける三人の前で、葉が男に指された方向に歩き出す。がしかし、生来あまり集中力の高いほうではない葉は、何か興味深げな物を見つけて はそちらに気を取られて犬を落としかけたり、歩き疲れたのか立ち止まってはぼーっと人波をながめてみたりと、なんとも危なっかしい。
 北自由通路をようやく抜けて丸の内北口に辿り着くと、ようやく交番へと向かってくれる。ちなみに、当初行くはずだった八重洲南口とは見事に正反対の対角 線上にある場所だ。口には出さないが人ごみに疲れ果てた様子の紅葉と司郎の顔色を見ながら、兵部は葉と合流することに決めた。
「葉」
「……きょーすけ」
 警察署を出てきた葉に声を掛けると、ぽかんとした顔で兵部を見て、それから司郎を見て、紅葉を見る。
 葉の手に犬の姿はなく、いつも通りに飴が握られているだけだ。
「しろー、もみじ――」
 一同の顔を確認して、また兵部を見る。
「大丈夫かい?怖くなかった?」
 叱るでも呆れるでもなくいつも通りの声音で話しかけると、葉がこくりと頷いてから、少し考えるような顔をする。
「少ししか怖くなかったけど……」
 そしていつも通り飴を口にくわえようとすると。
「あっ」
「駄目っ!」
 兵部の両脇をすり抜けた紅葉と司郎が、それぞれ手と頭を押さえて葉から飴を取り上げる。
「え、えっ?」
 いきなり奪われて目をまたたかせた葉だったが、一拍遅れて顔をしかめる。
「う、うわぁぁあぁぁん、ぐ、もがが」
 泣き出したところに、今度は兵部がその口を塞いだ。
 こうして東京駅壊滅のシナリオは避けられた訳だが――。
「別に罰とかじゃないの」
 紅葉がすまなそうに言うと、司郎も反省の意と理由とを口にする。
「ほら、これ――犬の毛が」
 飴にはたしかに犬の毛に限らずうろついていた間の汚れがあれこれついていて、もう口に出来るもののようには見えない。
 その葉はというと、泣き出しはしたもののすぐに泣きやんだごほうびだからと、一人兵部に抱っこされている。
「あの犬が、一匹でうろうろしてたから、迷子なんだと思って。京介が迷子になったら交番に行けって言ってたから」
「それで、警察に届けたわけ?」
 歩きながらも少し呆れた声で紅葉が尋ねると、頷いた葉を見て。
「っていうか、お前が迷子だったんだぞ、わかってんのか?」
 司郎が問うと、またぽかんとした顔をする。どうやら、わかっていなかったらしい。眉間に皺を寄せる司郎をなだめるように兵部がくすりと笑う。
「まあ、いいさ。迷子の犬はどうなったんだい?」
「飼い主の人が一度探しに来てて、連絡先わかるから大丈夫だって」
「そうか。よかったな、家に戻れて」
「――うん」
 兵部の言葉に、三人が三人、一様に思いこむ顔をする。
 三人とも、もう戻れる家がないというのに今でもこうしてそれなりに生きているのは、ひとえに兵部のおかげである。そしてその事実を痛いほど理解してい る。それでも家に戻りたいという気持ちを抑えるにはまだ幼いはずなのに、気を遣うことだけは一人前に育った。その努力を無にしたくないから、兵部は話題を 変える。
「あの人ごみは、怖くなかった?」
「怖いっていうか――京介がいないのはやだよ。司郎も紅葉も、さっきまでそこにいた人がいないのはイヤだけど、怖いのは、なかった」
 紅葉は眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいる。
「寂しくなかったか?知ってる人間が誰もいなくなって」
 珍しく弱気なことを司郎が聞く。その真剣な視線にも葉はゆるく頭を振りながら。
「あの犬も、大人の人も、みんなそれぞれ違って、みんなが一人で……」
 少し目線を彷徨わせると、また続ける。
「一人なのは僕だけじゃなくって、全員が同じく一人だったから、寂しく、なかった」
 同じような服装で同じような場所を目指しているように見える人々にも、全員に異なったドラマがある。この世に同じ人間がいない以上、どこまでも人はひと りだ。
「――人は、元来孤独なものだからね」
 そんなことを言いながらも兵部は正直、年若い葉がそんなことを見抜き、考えを巡らせていたことに内心舌を巻いていた。大人になったら忘れているかもしれ ないけれど。
 なんて考えていたら、ふと気付くと紅葉が兵部の脇を肘でつつき、司郎が葉の頭を撫でながら口を開く。
「今は俺らがいるだろ。だからもう迷子になるなよ」
「とりあえず飴買いにいかない?葉には迷子の犬を助けたご褒美をあげなくっちゃ」
 などと言うと、二人して兵部を両脇からせき立て始める。
「バスの時間があるんだけどなあ……まあ、いいか」
 もときた通路を戻りながら、兵部は思う。
 大人になったらきっと忘れるであろうささいな出来事。でも忘れないで欲しい一つの事実。
 人は孤独で、だからこそこうやってひとりじゃない時間がかけがえのないことであるということを。
 覚えていてくれたらいい。葉だけでなく、司郎も、紅葉も。
 そしていつか自分がたまらなく一人だと感じた時に思い出してもらえればそれだけで、今一緒にいることには価値があるだろうから。

                                           <終>



   ■あとがき■

 キリ番げったー seth 様よりのリクエストです。
   リクエストが「パンドラ幹部子供時代」ということで、こんな感じになりましたー。ど、どうでしょうか・・・?どきどき。どうかお受け取り下さいませ。


                 
written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.03.22