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バースディディナー 
 - 82th -
 

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「あたしたちも何か作りたいっ!」
「昨日のうちに言ってくれてたら非常に助かったんだけど……」
 キッチンで紅葉と真木とで今日の兵部のバースデイディナーの用意をしているところに、女性陣が勢揃いしてやってきた。
 だが仕込みの必要な料理は昨日のうちにもう下ごしらえは済んでいるし、ケーキも同じく、あとはデコレーションだけだ。台に特大ケーキを載せてクリームを 塗っていた紅葉は苦笑するしかない。
「今追い込みで、あなたたちにできることはもうないのよ。悪いけど、下の子たちと一緒に部屋の飾り付けをしてもらえる?それとも、この中で一時間でありあ わせの材料でビーフストロガノフを作れる人はいるかしら」
 紅葉が澪を見る。目線を逸らした澪が後ろを向くと、カズラも後ろを向いて、目線に気付いたパティもさらに後ろを向くと、最後尾の黒巻は下を向いてしまっ た。どうやら全滅らしい。
「というわけで、お願いね」
「……はぁい」
 一同を代表していた澪が頷いて、一同は台所を出ていった。
「――ビーフストロガノフは無理だぞ、紅葉」
「ドミグラスソース作ってたのは?」
「ああ、昨日見てたのか。あれはミートローフに使ってしまった」
「そっかぁ。いけないいけない」
 頭を掻く仕草に少し笑いながらも、紅葉の心配りに感謝する。あの人数でこの台所に入られても、身動きがとれなくなるだけの可能性のほうがはるかに高い。 気持ちだけ、というやつだ。
「助かった」
「どういたしまして」
 何事もなかったように紅葉がデコレーションに戻ると、真木もまた料理を再開した。

「二人だけで料理なんてずるいっ!」
 次に現れたのは、口の前でグーの形に握った拳の手の甲を向けていじけたしぐさをする葉だった。
「来た……」
「来たわね」
「はいはい来ましたよー。俺にも手伝わせてー」
 マッスルほどではない妙なシナを作って近寄ろうとする葉を入り口に近いほうにいた紅葉が阻止する。
「ダメ、絶対」
「なんで!」
「どうしても!」
 葉がこういった計画に荷担してろくなことになったためしがない。
「えー。だって去年のケーキ爆弾は大爆笑だったじゃん」
 ケーキに電極を埋め込んだ葉のケーキ爆弾はたしかに大爆笑ではあった。がしかし、一番最初が兵部によるケーキへの入刀だったため、用意した料理は軒並み ダメになってしまったのだ。
「あんたの発想と実行力は評価するけど、譲れないわ」
 おかげで空腹を抱えて夜中に一同で卵粥をすする羽目になったのだから紅葉の言うことの方が正しいに決まっている。
「でもさー、なんかやらないとさー。ケーキの中から美女が!とか」
「却下!」
 真木が髪の毛を炭素繊維でうねらせながら言い放つと、さすがの葉も退くことにしたらしい。
「今年はなんもなしかー」
 などと物騒なことを言いながら。

 紅葉がケーキのデコレーションの佳境に入っていると、真木のほうの料理が終わった。
「じゃあ紅葉、盛りつけの手伝いに澪達を呼んでおくからあとは頼む」
「わかった。真木ちゃんは?」
「俺はちょっと最後の飾り付けに」
 言うと真木は台所を出て行ってしまった。残る紅葉が時計を見ると時刻は五時。ディナーは六時からの開始だから、あとは余裕である。知らず知らず安堵のた め息をついた紅葉の横でまた台所の扉が開くと、今度はコレミツとマッスルが入ってくる。
「どうしたの二人とも」
「飾り付けに疲れたからちょっとお水を飲みに来たんだけど。いいかしら」
「どうぞどうぞ」
『かたじけない』
 この二人もなかなかの長身なので飾り付けの時などは非常に生き生きとしている。マッスルが変なものを飾らないようにする役割はいつもコレミツのものだ が。
「少佐は?どうしてるの?」
『まだ子供達と図書室だ。準備はできたか?』
「今ケーキができるから、あとは盛りつけ」
「手伝うわヨ?」
「ありがとう、マッスル」
『俺はまた飾り付けに戻る』
「ラジャー!」
 勢いよく答えた紅葉と、飾り付けのイチゴを持ったマッスルがコレミツを見送る。
「ところで、真木っちゃんなんだけど」
「……なんでそこで声をひそめるの?」
「いえね、なんとなくなんだけど。真木っちゃんがさっき大荷物を持って歩いているのを見たんだけど」
「うん」
 それが何なんだろう?
「持ってた荷物がね、ろうそくに見えたんだけど……」
「まさか!」
 紅葉がマッスルの危惧に気付く。
「真木ちゃん、まさか一昨年のこと忘れたわけじゃないわよね……?」
 一昨年、特大ケーキに八十本のろうそくを飾って兵部の怒りを買ったことは記憶に新しい。
「ま、そんなわけで、アタシもケーキを死守しに来たの。真木ちゃんが飾るって言い出したら身体張って止めるからね」
 腕まくりして紅葉に告げるマッスルに、紅葉は素直に礼を言った。
「ありがとう」
 それにしても、と紅葉は思う。誕生日はいい。
 『ありがとう』の言葉が行き交うことそのものが、紅葉にとって何かに感謝したい気持ちにさせるのだった。ありがとう、を、ありがとう、と。

 先に一同が揃ってから、最後に兵部がパーティ会場である食堂に入ってきて目を見張る。
「これは……」
 部屋に電気はついておらず、部屋は暗かった。けれどかわりにあたたかい光が部屋中に溢れている。
 真木が部屋中にキャンドルを灯したのだった。この演出には紅葉も葉もマッスルも満足していて、だからろうそくの光で揺れる兵部の顔が嬉しげにほころんだ 時、一同は誇らしい気持ちになったのだった。
「ありがとう。誰の提案だい?ロマンチックだね」
「真木さんです」
「真木が……?」
 九具津の言葉に真木が恐縮しきり、かと思いきや、その手にひときわ背の高い細身のキャンドルを持って兵部のもとへとやって来た。
「珍しいね、こんな演出してくれるなんてさ」
「いえ、少佐の誕生日ですから。これを吹き消してくださいますか?」
 丁寧な言葉で、若干緊張の様子さえ見せながら真木が渡した背の高いキャンドルを兵部が受け取る。
「部屋のものとあわせて、八十二本目です。八十二歳の誕生日おめでとうございます」
 結局――
 兵部がこの台詞に怒らないわけもなく、怒りは手近にあったケーキへと向かい、一同は今年も空きっ腹を抱えながら部屋の後かたづけをする羽目になり。
「結局今年もケーキ爆弾だったじゃん」
 と葉にネチネチといじめられる真木であった。

                                      <終>




   ■あとがき■

 ケーキ 爆弾、という言葉自体は諸星大二郎「栞と紙魚子」シリーズより。
 このあといつもの真木兵部いちゃいちゃに移行すると思いきやしないよ?たまにはこういうのもありじゃないかなぁなどと思いながら書きました。
 部屋中にキャンドルを灯すというのは海外で記念日にやっているのを見てうらやましいと思ったのがアイディアのきっかけです。一度リアルでやってみたいこ との一つでもあります。
 カタストロフィ号が揺れたら困るのでそこは真木さんがいっしょうけんめい固定したり船を陸揚げしたりとか工夫してるといいなあと思ってくだされば幸いで す。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.04.14