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バルコニーラバー
 
- Romeo und Juliet in Caribbean Sea - 

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 空気が動いた気がした。
 こういうのを何と言うのかは知ら ないが、気配、あるいは一方的な勘というものかもしれない。ただ何かが隣の部屋から出て行った、と真木は確かに感じたのだ。
「少佐……?」
 隣は兵部の部屋である。一瞬、緩 めかけ ていたネクタイから手を離し、後を追いかけようとも思ったが、その考えをとりやめる。兵部とて子供ではない。それに今は目の前のノートパソコンで調 べたいことがあった。
「ステファーノ・パラシオス教授、 か」
 求める情報は比較的早く見つかっ た。今ここ、グルティナ共和国――南国カリブの小国で起こっているゴタゴタの中心人物の情報だ。
 それらの情報と幾分かの推測を頭 の中に納めて、真木は飲みかけのウイスキーのグラスを手に、今度こそネクタイを外して部屋を出た。
 兵部は比較的直ぐに見つかった。 娯楽室のビリヤード台で一人、キューを握っている。真木が来たことにも気付かずに。
「チッ、腕がなまったか?妙 に……」
 思い通りに動かない的球を睨んで 毒を吐く兵部に声を掛ける。
「何かが、気にかかっておいでのよ うですね」
「真木」
 驚いて自分を見返す兵部は、いつ もの学生服姿と違い南国風の柄物シャツを着てすっかりくつろいだ服装だ。なのに、表情は硬い。まあ、無理もない状況だろうが。
「どうしました?こんな夜更けにお 一人で」
 答えは大体わかっているけれど。 グラスの中身を確認するかのように僅かに氷を揺すりながら聞いてみると、予想通りの返事が返ってきた。
「別に。ちょっと、寝つけなくて ね」
 それはそうだろう。兵部の大切な クイーン、その最も身近な大人二人、皆本と賢木。ある日突然行方不明になったその二人が、ここグルティナ共和国の研究期間に拉致されている。
「では一杯、いかがですか?」
「僕は酒はやらない、知ってるだろ?」
 それだけでな く、兵部にはこの二 人のことに限らない個人的な理由もあるらしい。言葉にはしない兵部だが、態度と、仕入れてきた情報から察せない真木ではない。実際それが正しかったことを 真木はこの直後の会話で知った。

  [ジュリエッ ト] だれの案内でこの場所をお 見つけになりましたの?
  [ロミオ] 恋 に案内されて、恋がたずねてみ る気持ちを起こさせました。

「――クイーンの嘆き悲しむ姿は、 見たくないからね」
 話題が話題なだけに人目を忍んで バルコニーに移ると、現在の状況と今後の方針を打ち合わせ、一拍置くと真木は我知らず呟いていた。 
「妬けますね」
「何が」
「……こうまでして貴方に探される あの二人に、です」
 咄嗟に嘘をついた。クイーンが羨 ましいなどと言った日には、どんな反応をされるかわかったものではない。
 兵部にとって現在とは、そして未 来とはすべてクイーンのためだけにある。
「助けろとは言ってない」
 むっとした顔で言い返す兵部に、 真木は素直に謝る。
「そうでした」
 なのに兵部の機嫌は悪くなってい く一方だ。
「お前生意気だぞ、真木のくせに」
「そんなことは――」
「いや、あるね。さっきからなんだ よ。含み笑いして」
 どうやら気付かれていたらしい。
 クイーンのためと言いながら、こ の国に囚われてしまったバベルの眼鏡とヤブ医者を助けてしまう兵部の人間臭さと冷徹になりきれない甘さ。真木にとってそれらは時にどうしようもなく愛おし く見える。頬も弛んでしまうというものだ。
「すみません」
「……まあいいけどさ。にしても 君、僕がここにいるってよくわかったね」
「そうですね。自分でも不思議です が、きっと呼ばれたんだと思います」
「僕は呼んでないよ?桃太郎も多分 僕の部屋で眠ったっきりだし」
 きょとんとした兵部に、少しだけ 顎を引いて言葉を返す。
「テレパシーではないと思います。 多分」
 手に持ったまま口をつけていない グラスを手放すと、胸の高さ近くまである手すりに両腕と顎をかけてバルコニーの外を向いていた兵部の顎を取り、その瞳を覗き込む。
「……」
 瞳を細めて真木を見つめ返す兵部 の態度に、拒絶の気配はない。二人の間にあるのは夜なお蒸し暑い南国の空気と、むせるような花々の甘い匂いだけだ。
 蜜に誘われる蜂のように、真木の 唇が兵部の薄紅のそれに近づいていく。自分はきっとこれに引き寄せられてきたのだ。
「花の香りに、誘われたのだと」
 ――思います。最後の言葉は口に はせず、代わりに己の唇を僅かに触れあわせる。どんな蜜よりも甘く、どんな花よりも馨しい、兵部の唇に。
「……」
 兵部が一瞬僅かに身じろぎする と、気のせいではなくふわりと優しい匂いがした。
 やっぱり、近づかずにはいられな い。口付けを深くしながら両腕を引き寄せると、兵部が自分の意志で真木の首に手を回してくる。手すりに背中を委ねた兵部がバルコニーから僅かに身をのけ反 らせるような姿勢になりながらも、月光の下、互いの唇を味わう。
 今宵の月は、何月齢だろうか。そ んなことを考えもしたが、瞼を開いてそれを確認する気にはならなかった。

  [ジュリエッ ト] あなたは私を愛してくださ います。「そうだ」とおっしゃってくださいますわね?
  [ロミオ] あ の木々のこずえを銀色に美しく 染めてかがやいている、あの祝福された月にかけて、わたしは誓います。

「お前は、いなくなるなよ」
 キスの合間に兵部が囁く。
「僕の許しなしにいなくなったりし たら、さんざんな目にあわせてやる」
「俺を探してくださるんですか?今 回みたいに」
 クイーンと関係ないから探さな い、と言われるかと覚悟していたが、兵部は黙り込むと。
「……むっつり真木」 
 今度は自分から瞳を閉じてキスを してきて、真木の唇の隙間から舌を入れてきた。
 沸き立つような兵部の甘い香りを 感じて、頭の芯が痺れるようなこの歓喜から、離れることなど考えられない。
「いなくなったりするものですか。 何なら誓いましょうか、あの月にでも」
「どうせなら僕に誓えよ」
 その言葉の傲慢さも、腕の中の人 を愛おしく思う気持ちの前にはその恋心を募らせるだけだ。
「月だって、あなたみたいでは ないですか。気紛れで、一日とて同じ姿ではいない」
「お前ね……」
「だからこそ綺麗で、目が離せなく て、俺にとってあなたは――」
「しっ」
 兵部に止められて始めて、言って はいけないことに言及しようとした自分に気付く。
「だから僕は酒はやらないって言っ てみせたんだ。心の奥に秘めておくべきことを、口にしてしまったりするからね」

  [ジュリエッ ト] いえ、月にかけてお誓いな さってはいけません、あの不実な月、丸い形をひと月ごとに変えてゆく、変わりやすい月にかけてはいけません、あなたの愛がそれと同じように変わってしまう といけませんもの。
  [ロミオ] そ れでは何にかけて誓えばよいの です?

 そういえば、兵部だってまったく 酒を飲まない訳ではなかった。祝いの席でのシャンパンなどは普通に口にしていたはずで。
 開放的な南国の空気に理性を委ね てしまいそうになった自分を見透かされたようで。咎められるかと身を引こうとすると、逆に抱きよせられた。
「誓うなら、勝手に自分自身にでも 誓ってろ」
 きつい言葉を投げつけられている はずなのに、真木を包む体温は優しい。唇を頬へとずらし、さらに顎から首筋へと下ろしていきながらシャツの内側に手を差し入れても、兵部は今度は身じろぎ ひとつせず真木を受け入れた。


  [ジュリエッ ト] 誓いのことばなんかおっしゃ らないで。 でももしおっしゃりたいなら――


 部屋に戻ってようやく一人になる と、兵部は真 木の馬鹿、とつい口にしてぼやいてしまう。
「だからむっつりだって言うんだ、 まったく」
 いくら南国の夜を楽しもうと兵部 自身が言ったからといって、あのまま誰がやってくるのかも知れないバルコニーで最後までしてしまう、なんて。確かに、スリルに陶酔して、真木を受け 入れてしまった自分の責任も分かってはいるが。
 部屋まで送るという真木の言葉を 断って自分の部屋に戻った直後、脚の内側を温く粘るものが伝い落ちてくる。否応でも、野生を滲ませた真木の汗の匂いを思い出さずにいられない。
「間一髪というか、ギリギリだった な」
 その感覚に、一抹の快感の余韻を 煽られる自分を知っている。だから困るのだ。真木に部屋まで送られなどしたら、きっと明日の作戦などどうでもよくなるくらいまで求めてしまっていただろう から。
「……明日は別働隊に入れてやる」
 強硬な軍事政権で名高いこの国 の、しかも軍内部の研究機関の情報を真木は仕入れてきた。どれだけ苦労して情報を集めてきたのかは想像にかたくない。
 だからこそ自分に出来るうちで もっともささやかで、そしてもっとも効果のある嫌がらせをすることに疑念はなかった。


  [ジュリエッ ト] あなたご自身にかけてお誓 いくださいませ、あなたこそは私の崇拝する神様ですもの、あなたのおことばなら信じます。



                                               <終>





   ■あとがき■

 カリブではどんなふうに月 が見えるのか、について調べきれず、日本と同じ設定にしてしまいました。誰か詳しい人いましたらツッコミお願いします。
 なお、裏テーマは「匂い」でした。見事に失敗、というより生かし切れてない感がひしひしと・・・。
 ジュリエットの「夜ごとに姿を変える不実な月に〜」というフレーズはずっと使ってみたかったのでした。
 色々あるかも知れませんが、それでも自分なりにラブラブっぷりを発揮しようと努力しましたので、よろしくお願いします。


                   written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.03.17