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不意打ち 
 - before afternoon tea time -
 

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 日本某所にカタストロフィ号を係留して、すっかり現地になじんだ子供達はおのおのの意志で出歩き、 船には僅かな人数しか残っていない。
 結果、海岸ではなくカタストロフィ号のプールサイドでは兵部が一人でチェアに腰掛けて日よけの下で午後穏やかな時間を過ごしていた。
 相変わらずの学生服姿だが、兵部は機嫌が良かった。昨日のホテルへの襲撃は傑作だった。ザ・チルドレンの運用主任、皆本光一の見合いの席に襲撃をかけ、 はからずもバベルの管理官――蕾見不二子の鼻をあかしてやるのにも成功した。そもそも「お見合いを邪魔する」というのが第一目的だったから、それには完全 に成功した訳だし。
 ただ、それに不満を持つ者も少なからずいるわけで。
「少佐!」
 きた、と兵部は声で判断する。兵部の名を呼んだのは真木だが、足音は三人。顔を上げると、見慣れた黒スーツ姿の真木に加え、紅葉と陽も一緒にプールサイ ドを歩いてきていた。
「どうしたの、三人揃って」
「どうもこうもありません!」
「真木っちゃんの言うとおりよ、少佐」
「だ、そーです」
 三人はプールサイドチェアを取り巻くように兵部に詰め寄ると。
「なんなの、昨日の任務は」
 まず紅葉が口火を開いた。兵部があっけらかんと目線を葉に向けて言うと、葉も答えた。
「楽しかっただろう?」
「まぁまぁかなー」
 相変わらずの二人に口を挟んだのは真木だ。
「葉!少佐も!そういう意味ではありません。なんなんですか、お見合いの邪魔、だなんて。日本に戻って最初の仕事があれとは、パンドラの士気も威厳もガタ 落ちです」
「ま、そう言わない。葉の士気は上がってたよな?」
「おもしろかったっス。特に一斉に逃げ出した時なんか」
「そこなのよ、少佐、葉」
 額に手を当てて二人を咎めたのは紅葉だ。
「任務自体は真木ちゃんの嫌そうな顔を見てるのも含めて楽しかったけど、逃げることが上手になっちゃうっていうのは問題じゃないかと思うの」
「嫌そうな顔って……ともかく、紅葉の言う通り逃げ癖がつくのはどうかと思います」
 それっきり、紅葉と真木は黙り込んだ。紅葉はサングラスをかけ直して、真木は腕を威圧的に組んで。
 兵部を責める目線の二人と、第三者気取りで楽しげに見ているだけの葉を含めた四人の影がプールサイドに落ちている。次第にその影はプールの縁へと長さを 増しつつあり、このままでは日没後も説教され続けるかもしれない。
「わかったわかった、今後こんなことがないように気をつけるよ」
 ので、チェアの背もたれから背中を離して上半身だけ起きあがると、紅葉と真木に謝った。もっとも、横で葉がぼそりと言うことには。
「気をつけるだけでやらないとは言ってねーけどな」
「……」
 じっとりと葉を睨んだのは兵部、真木の両人だ。紅葉が軽く肩をすくめる。
「まあ、一応分かってもらえたならいいんだけど。ここから本題、少佐、お茶が入ったけど、どうする?」
「え?もう?」
 どうも穏やかな時間を過ごす間にけっこうな時間が経っていたらしい。そういえばついさっき日の傾きを意識したばかりだ。
 カタストロフィ号では午後にお茶の時間というのが設けられているが、これは子供達のおやつの時間にあわせたものである。特に強制力のない自由参加で、今 の兵部のように声をかけられてはじめて気付く者も多い。だが時々そのまま作戦会議に入っていくこともあるのでなかなか重要な日課であったりするのだ。
「行きましょ」
 最初に紅葉が扉に向かって身を翻すと、葉もふわふわと空中に浮いてそれに続く。兵部は、というとチェアに腰かけたまま真木に手を伸ばしてきているではな いか。
「……」
「………」
 にっこりと笑う兵部。
「……わかりました」
 しばしの沈黙の後、真木は折れることにした。少し屈むようにして兵部の手を取り手前に引っ張ると椅子からその体を浮かす。
 真木の手によって引き上げられた形になった兵部が、何かにつまずいたかのように前方に身を崩した。
「えっ……」
 慌ててフォローに回ろうかとした瞬間、ぐい、とネクタイを下方向に引っ張られた。視界が下がり、兵部の靴が見える。そしてそのかかとが上がってつま先立 ちになると。
「!?」
 視界が兵部の顔のアップになる。呆気にとられている間に、真木を見据えていた漆黒の瞳を長い睫が覆って。兵部のまぶたが閉じられると、真木の唇に兵部の 唇が重ねられた。
「!?!?」
 唐突に与えられた柔らかい感触に目を白黒させる真木から瞬時に離れた兵部は、何もなかったように体を離してしまった。そして紅葉と葉のほうへときびすを 返しながら。
「どうした、真木。みんなを待たせる気かい?」
 などと肩ごしにいけしゃあしゃあと言って歩いていくのだ。
(――この人は……)
 心の中でそう思いながらも、真木は紅葉と葉の背中がこちらを振り返ってないことに安堵したり、兵部の後ろ姿に、柔らかな唇の感触を思い出して赤くなって みたりするのだった。
 

                                               <終>



   ■あとがき■

 コミッ クス17巻「家に帰ろう」のお見合い翌日のエピソード。なんでもない日常の中にあるLOVE YOUR LIFEであります。
 ええと、頑張ってはいる(つもり)なのですが・・・どうも更新速度が遅くなってきてしまい恐縮しきり。精進したいです。今よりもっとうまくなるんだ、と 言い聞かせながら創作している毎日ではあるのですが、筆が進むかどうかとはどうも別問題らしく遅筆っぷりに悩んでみたりしながら、今日もがんばっておりま す。
 では、あとがきにまでおつきあいいただき誠にありがとうございました。

                   written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.04.23