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街にて
 - stepfather's smile -
 

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 ちょっと前から欲しいブレスレットがあった。渋谷のセレクトショップに置いてあるものだ。財布は準 備OK、おこづかいの額もOK、ついでにお使いのメモもちゃんとバッグの中だ。
  服はいつもより少しフェミニンなアシンメトリのカットソーに、黒のパンツと、バッグにあわせた春物の皮のパンプス。日曜の渋谷、道玄坂のカフェテリア前 で、紅葉は人を待っていた。
 毎日のように顔をつきあわせているとはいえ、たまにはこういう待ち合わせも悪くない。買い出しは男手の必要な量なので頼んでおいたのだ。けれどなかなか 姿を露わそうとしない相手を、そろそろ来てもいい頃なんだけど、とあたりを見渡していると、不意に声をかけられた。
「ねえ彼女」
 あまりスマートとは思えない話しかけられかただが、珍しさに思わず反応してしまった。普段、サングラスをしている時はそうでない時に比べてあまり声をか けられることはないのだけれど。
「え、私?」
「そう。ねぇ退屈してるんじゃないの?どこか行かない?」
 二十代の男性だ。色柄もののワイシャツにごつめのボトム、指には大きなシルバーリング。顔立ちは優男だが、自分がもてることを十二分に知っているタイプ の服装、髪型、そして態度だ。しかし平日の昼間からこんなナンパなどしている時点であまり関わり合いたくはない。
「ちょっと用事があるから」
 煩わしさにあまりに当たり前の断り方をしてしまったのがよくなかったのか、男はますます食いついてくる。
「でも今は一人なんでしょ?どう?おしゃべりしながらさ、そのへん歩かない?」
 思わずげんなりとしてしまう。自信家はこれだから困る。
「まずはちょっと話でもしてみよう?大丈夫、俺草食系男子だから?」
 草食だろうが魚食だろうが紅葉は用事があるのだ。会話の全部を疑問系で語りかけてくるこの男になんと言って断ろうか、考えながら辺りを見渡していると、 見知った人影がすぐ近くまで歩いてきているのが見えた。向こうはこっちに気付いていない。
「えっ、キミ?どうしたの?」
 男の声は無視して早いリズムでヒールを鳴らしながら人影――真木のほうへと近づく。
 あと五、六歩のところでようやくこちらに気付いたらしい真木に、喋る間を与えず正面から手を組む。
「待たせてごめんね、司郎」
「え、ああ」
 突然の行為に驚いたらしい真木は目を丸くしていたが、すぐに紅葉のあとを追うように近寄ってきた男に気がつく。
「何だ、お前は」
「あ、いいえ。なんでも」
 両手を身体の前に出して否定してから、男は振り返って去っていった。彼氏持ちかよ、というぼやきが聞こえる。負け惜しみと言ってもいいだろう。
 坂道を下るように男が立ち去っていくのを見ながら紅葉が真木に言う。
「ありがと真木ちゃん。行きましょ」
 今日は日用品の買い出しだ。たまたま紅葉が当番だったため、買い出しの前に例の店に寄ることにしたのは買い出しの労苦に見合う報酬だ、と紅葉は思ってい る。買うとしたって自分で稼いだ金だし。
「……紅葉」

 歩き出そうとした時に真木が苦い声をかけてくる。大体何を言われるのかは分かっているけれど、紅葉 は一応聞き返す。
「なあに?」
「人をナンパの露払いにするのはやめてくれ」
「いいじゃない、ちょっとくらい恋人気分になったって」
「しかし……」
 真木は複雑そうな顔をしている。紅葉はあれ、と思った。こんな腕なんか組んだ状態で恋人気分などという話をしている状況は、いつもなら真っ赤になって慌 てふためいているはずなのだが、今のはウブな真木らしからぬ反応である。
 何の気なしに周りを見回して、店の前にたむろしながらこちらをちらちら見てくる女子高生らしき少女たちと、ショーウインドウのガラスに映った二人の姿を 目にしてようやく理解した。
「大丈夫よ、あいつらが逃げたのは真木ちゃんが怖いとかじゃないの」
「そうなのか?」
 どうもこの男は自分の容姿が他人からどう見られているかについて、偏った認識しか持っていないらしい。
 たしかに裏社会に生きる者には真木のルックスは非常に威圧的に映る。けれどここは昼間の渋谷なのだ。
「真木ちゃんがかっこいいから逃げたのよ?ほら」
 目線で少女達を指し示すと、真木がそちらを向く。いかにもな流行の服に身を包んだ三人ほどの少女達がきゃあ、とはしゃぎながらぱたぱたとその場を去って いく。ちらちらと何度もこちらを振り返りながら。
「すてきな彼氏。背も高いし、モデルかなぁ」
「ちょっといいよねー」
「うんうん、女の人もかっこいいし、お似合いだよねー。あーん年上っていいなあ」
 聞かせるための内緒話。その内容を聞いて真木が真っ赤に茹で上がる。チャンスとばかりに買い出し前にこのまま二人で街へ繰り出すことにして、紅葉は真木 の手を引いた。
「…ですって。たまにはいいでしょ?」
「……困る」
 今の真木の表情が心底困り果てている時の顔であることを紅葉は知っているが、眉をひそめ眉間に皺を寄せた顔は、たしかに怒っているように見えなくもな い……かもしれない。
 モデルにスカウトされたこともあるらしい彫りの深めの顔立ちに、長身で足が長く腰まわりの絞られた体型などは決して悪くないのにねえ。髪型と、黒スーツ と、髭と、あとシワかなあ。でもそれらがないと真木ちゃんじゃなくなってしまうし。
「中身は思春期のままなのにね」
 損よね、と思いながら嘆息した紅葉の言葉にはさすがの真木も思うところがあったらしく、珍しく言い返してくる。
「思春期とはなんだ、大体……」
「あ、ほら、あそこのお店よ、寄りたかったの。いいわよね?」
 街路の向こうを指さしながら言葉を遮ってまくし立てて、最後に育て親の真似をしてにっこり笑って。
ひとつため息をついて、けれど組んだ腕は放さずに一緒に歩き出した真木に、紅葉の頬はもう一度ほころんだ。

                                    <終>



   ■あとがき■

 サブタ イは宮部みゆきの「ステップファーザー・ステップ」より改変。
 兵部仕込みのやり手の紅葉さんを書いてみたかったのでした。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.04.29