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涙の行方 
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 土曜の午後、カタストロフィ号は今日も平和だった。
 少佐は真木さんに時折追いかけられながらも基本的には大人しくしてたし、カズラとパティは紅葉ねーさんと一緒に最近流行のリリアン編みに夢中だし(あた しはあっという間に飽きた)カガリは葉にーちゃんと何処かに遊びに出かけたし、マッスルは大使館だし。
「なぁんか、気が抜けるくらい退屈〜」
 特に行くところもなくカタストロフィ号のプール脇で寝そべっていたら、頭の中に声が響いた。
『澪!アソボウ、澪!』
 辺りを見回すと桃太郎がふらふらとこちらに飛んできた。鷹匠よろしく手を差し出すとその手に桃太郎がしがみつくようにして留まる。よしよし、いい子だ。
「なーに、少佐は遊んでくれないの?」
『ナンカ忙シイミタイデサー』
「そーねー。それなりに忙しそうだったねー」
 最期に見た時は今のソファに寝そべって真木さんの報告を聞いているところだった。
 気怠そうな仕草ながら差し出される案件にてきぱきと答えを出していて、なんとなく同じ場所には居づらくて船の甲板にあるプールサイドにまでやって来たあ たしと、桃太郎はどうやら同類のようだ。
「そうだ、コレミツは?今日見てないけど、アンタ何か知らない?」
『知ッテルゼー。歌舞伎町デみっしょんガアッテ出カケテル』
「えっ本当?」
 途端に不安が心をよぎる。偉丈夫のコレミツに限ってそうそうへまをするとは思えないが。
「ね、見物……じゃなくって、手伝いに行ってみない?」
『ソレイイ!賛成!』
「じゃあ決まり〜!」
 プールサイドを後にして、二人、もとい一人と一匹は船内の『ゲート』目指して歩き出した。

 新宿、歌舞伎町。
 歓楽街のにぎわいと広さが有名な場所だが、休日の午後となれば別に危ないことも怪しいこともない。こちらから踏み込まない限りは、だけどね。
 目の前に見えるのはなんの変哲もない雑居ビル。金貸しの看板が多い。
「あの建物?」
『ソウ。びる全部ガ組ノ建物デ、客トシテ潜入シテルンダッテサ』
「じゃあさっそく、侵入しちゃおっかー!」
『オー!』
 学校に通うようになってから人前で超能力を使うことは少なくなった。けれど、使う事そのものに対する躊躇はない。少佐も言っていたもの、使うほどに上達 するって。そして、いつか超能力者だけの世が来るんだって。
 意識を集中して、建物の二階、人がいない場所を選んでテレポートする。万一にそなえて桃太郎もあたしの肩の上でスタンバっている。
「さて、コレミツはどこかなー」
『澪、アレ!』
 桃太郎が髪の毛を引っ張りながらもう片方の手で右前方を指さしている。その先にコレミツはいた。
「コレミ……!」
 数人のごつい男達と並んで歩いているコレミツに駆け寄ろうとしたら、桃太郎に全身使って顔を覆われてしまった。真っ暗な視界のなかで文句を言おうにも口 もふさがれている。
『澪!極秘任務デ潜入中ナンダカラ目立ツ行動シチャダメダロ!』
 桃太郎に言われて、そういえばコレミツはミッションのまっ最中なんだったと思い出した。そして冷や汗が背中を流れる。もう少しで全てを台無しにしてしま うところだった。あぶないあぶない。
「ありがと、桃太郎」
『ドウイタシマシテ』
「じゃあどうしようかなあ」
 廊下の陰から眺めていると、やがて彼等が一つの部屋に向かっていることがわかる。
「桃太郎!あそこにテレポートするわよ!」
『エエッ』
 桃太郎の言いたいことはわかっている。闇雲に潜入してどうなるのか、ということなんだろうけど、侵入さえしてしまえばあとはなんとかなるだろう、位の気 持ちであたしはテレポートしたのだった――

 観音開きの扉を開くと、若頭の部屋は応接室と見まごうばかりの装飾のなされた部屋になっていた。向かって左側は本棚になっており、右側には床の間風の空 間に長ドスなどの物騒なものが飾られてある。その中心に、テーラードスーツを着込んだ青年、いわゆる「インテリヤクザ」若頭の小松は座っていた。室内に全 員が入り込み、ドアを閉めた上にコレミツの後ろにいた者が用心にも施錠した時、えもいわれぬ緊張が室内を包んだ。
「さて、動かないでもらおうか、ヤマダ・コレミツ」
『――っ!?』
 若頭の凍てついた声に、コレミツは蒼白になる。偽名を使って潜入していたはずなのに、名前がばれているということは。
「そう、お前のことはわかってるんだ。民間軍事会社に所属していた元傭兵のミスター・コレミツ・ヤマダ。うちの事務所になぁ、覚えてる奴がいたんだよ、あ んたをな。そして今はパンドラのメンバーだということも」
 小松は面白そうにくつくつと笑う。 
「よくもまあ正々堂々とここまで入り込んだもんだぜ。だが、終わりだ」
「お前の超能力が今では役立たずだってこともわかってる。無駄に抵抗するより、潔く楽に殺されることだな」
 全員がスーツの下や脇のホルダーから拳銃を取り出す。軍用のトカレフから身を守る術はコレミツは持っていなかった。歯噛みする思いでそれでも格闘戦の構 えを取る。
 一人でもいい、道連れにしてやろう。それがコレミツの思惑だった。のだが――
「そこまでよっ!」
 にゅう、と本棚側の壁から手が伸びてくる。手だけだ。肘から根本はない。次いで頭が同様に壁から突き出す。
『――澪!?』
 大きく目を見開いたコレミツの頭に響くもう一つの声。
『俺モイルゼ!ぴんちノ時ニハオ任セアレ!』
「桃太郎、出しゃばらない!」
『お前たち、どうしてここに……』
「パンドラのエスパーか!」
 小松が舌打ちすると、その小松を澪から守るように男達も場所を移動する。銃を構えてはいるが発砲する者はいない。皆の関心が澪に移ったところを見計らっ て、コレミツが男の一人に体当たりを食らわせた。
「ぬおっ!?」
「ぐあっ!」
「チッ!」
 勢いに押されて若衆の三人が全員倒れたところに、無事な小松が銃口をコレミツに向ける。照準をあわせる前に銃を握る手が盛大に弾かれた。
「なに!?」
『桃太郎か!』
 コレミツの目の前でエアミサイルを発射させた桃太郎が得意げにふんぞり返る。
『ドウダこれみつ、俺ダッテコノクライ……』
『よくやった、桃太郎!』
『オ、オウヨ!』
 遠くへはじき飛ばされた銃は無視して、若衆三人の鳩尾に蹴りを入れて行動不能にすると、机を飛び越えて逃げようとした小松を羽交い締めにする。
「くそ、放せ!」
『そうはいかない』
 その間に壁から抜け出てきたかのように全身を表した澪の耳に、ゴギンという鈍い音が入る。
「ギャアアアー!」
『もう片方の腕も同じ目に遭いたくなければ、吐け。組長は今どこに潜伏している?』
 コレミツが問いかける頃には、もはやコレミツと澪と桃太郎以外には行動できる者はいなかったのである。

「よかった、コレミツ」
 小松とかいう奴が組長の潜伏先を吐くと、コレミツは当て身を当てて気絶させてから、あたしを見た。
『澪、あまり危険なことは……』
「いいじゃない、間に合ったんだし」
『そうはいかない、すぐに――』
「若頭!」
「どうしました、何か問題でも……!!」
 扉を叩く音と同時に男達が部屋に飛び込んできた。返答を待たずして飛び込んでくるなんて、マナーのなっていない奴らである。
『!!』
 なんて言っている場合ではない。迅速に反応したのはコレミツだった。部屋に押し入った先頭の男が銃を構えてすぐに発砲するとともに、あたしを抱いて後ろ の窓を突き破るようにして飛び出したのだ。
「コレミツ!」
 二階からの着陸にもコレミツは揺るがない。着地後、しっかりとした足取りであたしをかばって被ったガラスをはたき落とすと、ふ、と目を細めた。
『こんなに派手にするはずではなかったんだが。仕方ない、足で逃げ切れると思わないし、澪、テレポートしてくれるか?』
「まーかせて!」
 コレミツの役に立つのは楽しい。こんなふうにかばってもらった直後なら尚更に。
 そうしてあたしとコレミツと桃太郎は、ビルの正面から堂々とテレポートして逃げおおせたのだった。

 テレポートを繰り返してカタストロフィ号に戻る途中で、コレミツがあたしに話しかけてきた。
『何故あんなところにいた』
「んー、暇だったから?よね、桃太郎」
『ソウダナ』
 あたしと桃太郎の会話を聞いて何故か肩を落とすコレミツ。
『これで組長の潜伏先になるべく早く突入する必要ができてしまった。いやもう場所を移してしまったかもしれないな』
 そのコレミツの言葉に無性に腹が立って、あたしはコレミツの向こう臑を思い切り蹴ってやった。
『いたたっ!!なんだ、澪!』
「なんだじゃないわよ!」
 これを怒らずにいられるわけがない!
「大体、あんな人数に囲まれて、脅されて、しかもみんな武器を持ってて!そんな危険な状況に自分を追いつめてしまったことに先に反省するべきでしょ!あた しが行かなきゃどうなってたのか……」
 コレミツは超能力者だが、肉体以外に武器になるような能力を持たない。ごく普通の、ちょっと喧嘩慣れした一般人より少し強いぐらいのただの元軍人のはず なのだ。なのに、あんな、全員に銃を向けられるような状況に陥ったりして。
「どうなって……たのか……っ!」
 言ってるそばから、感情が高ぶってしまってなんだかうまく話せない。気付くとあたしは泣いていた。
『…澪……』
「部屋の隣の隠し金庫の中から様子をうかがってたらなにやら物騒なことになってて、心配したんだから!そりゃあたしも助けてもらったけど…本当にびっくり したんだから!!」
 全部言い終えても涙は止まらない。
 だってもしコレミツがいなくなったら?なんて事考えたくもないのに、こんな混乱した場面に限ってそんな不安が胸をよぎって、涙が止まらない。
『……すまなかった、澪』
「フンだ!」
 それだけ言うと、桃太郎をむんずと捕まえて抱きかかえると、あたしは思い切り泣いた。
 情けないくらい沢山泣いたけど、桃太郎もコレミツも何も言わなかった。何も。

 まだ目が痛いけど、何はともあれカタストロフィ号に戻って、顔を洗って洗面所を出るとそこにコレミツが立っていた。
「どうしたの、コレミツ?」
『その……調子は戻ったか?』
『これみつノ奴、澪ガマダ怒ッテルンジャナイカッテ心配シテタンダゼ』
「あー……」
 そうよね、普通は気にするわよね。
「大丈夫よ、コレミツ。もう気にしてないからさ!」
『……なら良かった』
「うん、平気」
 そう言うと、コレミツがあたしの頭を撫でる。大きな手で、わしわしと。
 この手のぬくもりが失われるようなことがなくてよかった。また少し泣きたい気持ちになりながら、大丈夫と微笑んでみる。
『……ところで、澪』
「なぁに、コレミツ?」
『さっきからずっと気になっていたんだが……そのポケットが膨らんでいるのは、まさか……』
 そのまさか、だったりする。
 コレミツと合流する前にテレポートした先は隠し金庫だった。そこには当然現金の類があったわけで。なんか同じようなこと、前にもあった気がするけど、そ の時とは違って今回の首尾は上々だった。
『クックック。ソノマサカ、サ』
「コレミツも欲しい?助けてもらったお礼と口止め料として半分、いや1/3くらいなら支払ってあげてもいーわよ」
『また計画にないことを……』
「駄目だった?」
 コレミツの腕にしがみついてそう問うてみると、コレミツは小さくため息を吐いて、それでも優しい目で言った。
『……他の奴には秘密だぞ。特に、今回の首尾のおかげで今すぐ組長潜伏先に突入することになったメンバーには』
「とーぜん!」
 そしてまたコレミツが目を細めて笑う。
 あたしもまた、赤い目をこすりながらも桃太郎とコレミツと一緒に笑ったのだった。 

                                      <終>



   ■あとがき■

題材[凍てついた,青年,突き破る,こんなはずでは]一人称でやってみよう!

 一人称でやってみよう!って言われたからやってみた!難しい!!
 初のコレミツ&澪メイン話。これでパンドラのメンバーでメイン話を書いたことがないのは名無しのロリコンおにーさんと煙草のおねーさんだけになりまし た。サイト開設1年でようやくパンドラそろい踏みです。嬉しいです。
 コレミツと澪はいいですね、親子みたいでナイスコンビだと思います。二人の仲がいいとほのぼのすると同時にキュンキュンします。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.12.12