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ナイフ   
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 カズラは上機嫌だった。
 ちょっとした臨時収入があったため、澪もパティも留守だったのでカガリを連れて街へ買い物に出ていた。丁度良い感じのワンピースを二割引で手にできて、 スキップしたいくらいの上機嫌だったが、反してカガリがやけに大人しい。
「どうしたの、カガリ」
 カガリにしてみればどうしたもこうしたもない。女の買い物というのは何故こんなに長くて回りくどいのだろうとカガリは疑問に思う。しかも「どっちがい い?」などと聞いてくるわりに、「やっぱりこっちにしよう」と違う方を選んだりするのだから、自分は何のために一緒にいるのだろうと疑問も抱こうというも のだ。
「つまんなかった?」
「まあな」
 ジーンズのポケットに掌をひっかけて歩いていたカガリが足を止める。一瞬遅れて、歩行者用信号が赤であることに気付いたカズラも立ち止まった。
「それは、ゴメン。かわりに何か食べたいものでもあるならおごるわよ?」
「いらないよ。俺もお前と同じ臨時収入手に入ったわけだし、――じゃあ、帰りにゲーム屋よらせてよ」
「わかった」
 そうなのだ。臨時収入を手に入れたのはカズラだけではなくカガリもだった。二人はパンドラでとある組織に殴り込みをかけるにあたって、玄関先で騒ぎを起 こして若い衆をひきつけるという任務を忠実にこなし、ミッションに参加したほかのメンバー同様収入を得た。
 そして今、そのお金で買い物に来ている訳だが――。
 信号を渡ってまた同一方向に行こうとしたカズラにカガリが声をかけた。
「カガリ、こっちの道通っていこう。近道だからさ」
 それは狭い路地裏だったが、時刻はまだ夕方だ、危険なこともあるまいと、カズラも大きなショップ名の入った紙袋を左肩にかけてカガリのあとを追った。
 路地裏は入ってみると暗く、エアコンの室外機があちこちに設置されてあって歩きにくい。とあるビルとビルに挟まれた路地を抜けると狭い広場状の場所に出 た。その直後、ばったり、という感じで真正面から見たことのある顔と向き合うことになった。
「あ……」
 一番最初にそのことに気付いたのはカズラだった。顔を真っ青にしてカガリの腕を取って後退ろうとした、そこに三人の男達のうちスキンヘッドの男が声を張 り上げた。
「てめぇら、昨日の襲撃の時の……!」
「!!」
 続いてカガリの顔からも血の気が引く。たしかに三人の男達の顔には見覚えがあった。昨日の襲撃の最中にカズラとカガリが気をひきつけた若い衆の一部だっ た。あのとき襲撃が本格化した頃合にはどこかに散り散りになって逃げたと思っていたら。
「へへ、ガキ二人、昨日はよくもやってくれたなあ?」
 まさか昨日の残党とこんな場所で出会うなんて、誰が予想しただろうか。
 だから喧嘩慣れした男のうちの一人にあっさりとカガリが袖を取られると、引きつけると同時に顔面にパンチを食らってよろけてしまう。
「カガリ!」
「お嬢ちゃんは見てな」
「そうそう、あとでたっぷりかわいがってやるからさ」
 お決まりの台詞に内心歯噛みしながらも、カズラは実のところそんなにせっぱつまっていた訳でもなかった。何故なら――
「ぐはっ!」
 カズラの右腕が木質の蔓状のものに変形して、カガリを掴む手を捻り上げた。
「うわっ!」
「エスパーか!!」
 ――何故なら、昨日の襲撃ではカズラもカガリも超能力を見せなかったから。
 ひねり上げた手は不自然にねじれ、ゴキリと音を立ててスキンヘッドの男の戦意を削ぎ同時にカガリを解放する。と、尻餅をつきながらもカガリの目が炎の色 に光った。
「ぎゃああっ!」
 残る二人のうち、長髪を後ろで束ねたほうの男が炎に包まれる。カズラの攻撃で自由になったカガリのパイロキネシスだ。コントロールが狂って着火したのは 左半身だけだが、男が逃げまどうには充分だった。残る一人もすっかり腰が引けて、長髪男の消火に当たっている。その間にカズラはカガリを抱えるようにして 立ち上がらせると右手を元の形に戻す。
「騒ぎになる前に逃げましょ」
「そうだな……あっ!?」
 カズラとともに走り出そうとしたカガリが、ジーンズのポケットを探ると、スキンヘッド男の近くへと戻っていく。
「カガリ!?」
 しゃがみこむカガリの手の先にあるのは、一本のバタフライナイフだった。尻餅をついたときにポケットから落としたのであろうが、形状と長さからして違法 なものだろう。それをカズラから隠すように拾ってポケットにしまい込むと、カズラのもとへと戻ってきた。
「どうしたのカガリ、ナイフ、だよね。いつから……」
「そんなことどうでもいいだろ。それより、行こうぜ」
 どうでもよくは、なかった。
 ナイフなんて弱い者が虚勢を張るためのものだ。けれど殺傷能力は高い。そんな物騒な代物をカガリが携行していたという事が、何故かひどくショックだっ た。

 船に戻るまでの間、カガリは無言だった。カズラも無言で、たった一言が聞けない。「どうして、ナイフなんて持ってるの?」そう聞けばいいものを。何か理 由でもあるのか。狙われてでもいるのか。それとも自分の力が信じられないのか?けれど、自分には理由を話してくれないだろうという気もしていた。ナイフを 隠した時のあの仕草でわかる。
「はぁ……」
 船のラウンジでぼんやりと頬杖をついていると、後ろからカズラの肩を叩く者がいる。
「よう、カズラ」
「どうしたの、ぼうっとして」
 振り向くと、そこには紅葉と葉の二人がいた。二人とも、昨日の襲撃の実行部隊に入っていた。
「紅葉姉ぇ……」
 立ち上がって正面から二人と向き合うと、感情の渦がカズラの背を押して、たまらなくなって紅葉に抱きついていた。
「カ、カズラ?」
「どうしたんだよ、おい」
「カガリが……」
「カガリが?」
 オウム返しに問いかけてきたのは葉だった。
 紅葉に肩をさすられ、葉に話を促されながら、カズラは昨日からの顛末を話した。

 二人の反応はドライそのものだった。
「ナイフなら、カガリは昔っから持ち歩いてるわよ」
「だな。気が付いたら持ってたな。まだお上の規制が厳しくなる前から持ってたから、けっこう昔だぜ」
「そんな……」
 まったく気付かなかった。
「カズラは何がそんなにショックなの?」
 そんなのは当然だ。
「だって、今まで気付かなかったなんて、自分が情けないし……」
 そこなのだ。幼い頃から一緒だったし、パンドラに来てから今までだって何度もともに戦ったのに、カガリが持っていた武器の存在に気付かなかったなんて。
「まぁああいう武器は隠し持っててこそ効果を発揮するものだから、知らないのも無理はねーだろ」
 葉がいつもの口調で、それでも精一杯気を遣って言葉を選んでくれているのがわかる。
「でもなんか、チンピラっぽいし、似合わないし、エスパーっぽくないし、何に使うのかもわかんないし、なんか無闇にショックなの」
「ひどい言われようだけど、言いたいことはわかったわ」
 紅葉がカズラの頭を撫でる。その顔を見上げるとサングラスを外した柔らかな笑顔がそこにある。
「つまり、カガリがどうしてナイフを持ってたかわからないのが不満なのね」
「……だと思う。でも訊いても答えてくれない気がする」
「それについては同感」
 カガリと仲の良い葉もカズラの話から同じように感じていたらしく、同意してきた。
「それなら……」
 紅葉は続けて、意外な人物の名前を口にした。
「真木ちゃんに訊いてみなさい」

 紅葉の言葉と葉の頷きに促されて、真木の部屋を目指していると、ロビーで真木の姿を見つけることができた。
「真木さん」
 珍しくノートパソコンを持ち歩かず、ソファに腰掛け足を組んで新聞を読んでいた、その目がカズラのものと交差する。
「どうした、カズラ」
「カガリのことなんだけど」
 真木は怪訝そうな顔で新聞紙をテーブルに置いてカズラに向き直った。
「カガリがどうした」
「カガリが、刃物持ち歩いてるんだけど、どうしてなのかわかりますか」
「何故そんなことを?」
「気になるからです」
 一度紅葉と葉に説明したことをもう一度繰り返すよりも、今はその事実を確認したい気持ちのほうが強かった。
 その態度に何か思うところがあったのか、真木は大きく頷いた。
「確かに、あれは最初のミッションの後に俺が買い与えてやったものだが」
「真木さんが!?」
「未成年のカガリがそんなもの手に入れられるはずないだろう」
「それは、確かに……」
「その時聞いた、欲しい理由だが」
 真木は珍しくどこか悪戯っ子めいた表情をして言った。
「お前を守るために欲しいんだって言っていたぞ」

「馬鹿、カガリの馬鹿」
『長いつきあいだけど、今までカズラを守って逃げ切ることができなかったから』
 それは、在りし日の二人の物語。パンドラに保護されるよりも前、とらわれの身だった頃の。
「本当に、もう」
『またいつ捕まっても逃がしてやれるように武器が欲しい、と』
 あの日々を繰り返さないようにと、今ほどにはまだパイロキネシスを使いこなすこともできなかったカガリはナイフを手にした。
「……馬鹿なんだから」
 カズラはカガリの部屋の前に来ると、ノックもせずにガチャリと戸を開けた。
「な――っ!?」
 ずかずかと入り込むと、ベッドに横たわって携帯ゲーム機を持っているカガリを、木質化させた腕でぐるぐる巻きにして宙へと浮かび上がらせる。
「なっ、何するんだよカズラ!」
「ナイフ」
「は?」
「出しなさい、ナイフ。さっき落としたの見てたんだから」
 カズラはカガリに木質化させていないほうの手を伸ばす。
 納得したというよりはカズラの勢いに押されて、カガリは銀色に輝くナイフを刃を納めたまま取り出すと、カズラに手渡した。
「こんなもの持ってたなんて、全然気付かなかったわ」
「いいだろ別に」
「よくない。没収!」
「なんでだよ!?」
「気に入らないから!あたしを守る、なんて、カガリばっかりに荷を背負わせるなんて嫌だから!」
 意図的にカガリを締めつけると、悲鳴じみた声をあげる。
「痛い痛いっ!」
「ほら、大丈夫でしょ?」
「何が?」
 カガリはカズラの気持ちをさっぱり理解できないようなので、とどめの一言を言い放った。
「あたしも、戦えるから。だからこんなものいらない。でしょ?」
「……」
 しばしぽかんとしていたカガリだったが、項垂れると肩をすくめてくつくつと笑う。
「……わかったよ、悪かった」
「わかったならいいの」
 その態度を見て、ようやくカズラはカガリを解放する。ナイフはカズラの掌の中だ。
「お前を信じてなかった訳じゃない。単純に何か――お守りみたいなのが欲しかったんだと思う」
「その気持ちは、わかるけど。でももう、いらない。でしょ?」
「……ああ、そうだな」
 カズラの掌の中のナイフに目線を落としながら、カガリははにかむように笑う。
 それは今日一番最初に見たカガリの笑顔だった。
                                      <終>



   ■あとがき■

お題:題材[上機嫌の,ナイフ,手を伸ばす,在りし日]一次創作でやってみよう!

ナイフと聞いて、「STARDRIVER-輝きのタクト」のエピソードを思い出したので、リスペクトです。パクリ違います、リスペクトと言ったらリスペク トなのデース。
一次創作というわけにはいかないので、オリジナルキャラの入るオリジナルエピソードみたいなのを目指したのですが、ふと気付いたらいつものパンドラもので した。
お気に召しましたなら幸いです。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.12.12