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プラネタリウム
 - planetarium -
 

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 闇夜の公園で、街頭に照らされた年若い少女の手首をぐるりと覆うように金属的な光が鈍く煌めいた。
 少女の細い手首に嵌められた円形をした銀色の器具――ESP錠を玩びながら兵部は少女に問いかける。いや、念を押したというべきか。
「もう周りの声を無視するような行動はしないって、約束できるね?」
 少女は涙で真っ赤になった目で兵部を見上げながら、確かに頷いた。
「いい子だ――これは外してあげるね」
 これ、と言った瞬間に少女の手にかけられたESP錠が機械的な音を立てて外れる。兵部は自分の手にそれを納めると真木に目配せをする。意をくみ取った真 木が携帯から電話をかけた。
「紅葉、終わった。悪いが迎えに来てくれないか」
『わかった、今からそっち行くわね。葉も連れていく?』
「いや、紅葉だけでいい」
 瞬間移動の使える紅葉が呼び出される。兵部もテレポーターだが、どうやら今日は使う気がなさそうだ。
 パンドラの少年少女達への教育はリベラルで、教育方針の一つに『おこづかいは自分で稼ぐ』というものがある。その方針に則って数人の年若い少年少女が初 仕事に挑んだ結果、目の前の少女が一人だけ突出して深追いしてしまい、たまたま付近をパトロール中だった警官に捕まってしまったのだった。超能力を使って 逃げる前にエスパーであることもバレてしまい、ESP錠をかけられてしまってはあとはただの非力な子供に過ぎない。パンドラのメンバーであることも口にす る寸前まで追いつめられた頃、一同の帰りが遅いので待機していたメンバーの中から、逃げおおせた子供達からの連絡を一番に聞いた真木と兵部が救助に来たと いうわけだった。
「お待たせー」
 と、虚空から紅葉が現れて、真木は目を丸くする。
「早いな」
「近くまで来てたのよ、悪い?」
「いや、助かる――少佐はどうします?」
「僕と真木は残る。この子を連れて先に戻ってて、紅葉」
「了解」
 紅葉はグーの形に緩く握られた少女の手を取ると、自然な仕草で少女と目を合わせるとふわりと微笑む。
「帰るわよ」
 紅葉の笑顔に感極まってまた涙が落ちてきたらしい、少女はぐい、と顔を拭と兵部と真木に小さくバイバイと手を振った。兵部が手を振り返すと、次の瞬間に は二人の姿は無くなっていた。
「……なんにせよ、大事にならなくてよかった」
「そうですね」
 兵部の言葉に真木は頷く。警官の記憶は兵部が消してしまったのでバベルに事が露見することはない。とはいえ今回は任務失敗と同じようにケアや作戦の見直 しをさせる必要があるだろう。そのことを考えると多少のやっかいさを感じるが、今はそれより目の前の上司が何を考えているのかのほうが真木にとって大切 だった。
「少佐、何故残ると言ったのですか?」
 まだ何かあるのだろうか。兵部は手を伸ばすと、公園の隣の建物を指さした。どうやら何かの公共の建物らしいが、あまり大きな建物ではないので体育館では ないらしい、程度にしか真木は認識していなかった。
「あそこの看板、プラネタリウムって書いてある。見たいな、と思ってさ」
「雲の上を飛べば見えるでしょう?」
「たまにはいいだろ、地上の星でもさ」
 つかつかと歩み寄ってきて、真木の手を掴んだと思うとガチャ、という音がしたかと思うと真木の左手首に金属の感触がする。もう一度ガチャと音をたてた手 首付近を見ると、兵部が兵部自身と真木の手に手錠をかけたのだとわかる。
「少佐っ?」
「真木逮捕。なんてね」
「何を……」
 ご機嫌でにこにこと笑っている目の前の上司は、この状況を心底楽しんでいるようだ。だが時刻はもう深夜である。
「……そもそも、もうやってないでしょう」
「当然」
 と思わせぶりに一息ついて、心底楽しそうに笑みをうかべると。
「忍び込むのさ」
 ESP錠をつけて無力化された状態で一体どうやって、と聞こうとして、この拘束器具は真木の唯一の上司にはほとんど意味がないということを思い出す。と 同時に、目の前の視界が深夜の公園から真っ暗な建物内へと切り替わる。
 テレポートで連れて来られた闇の中、パチリと微かな音がしたかと思うとプラネタリウムに明かりが灯る。
『今日はようこそいらっしゃいました――』
 無人の室内に星座の図と連動した説明が流れる。機械の声である。さっきの微かな音は兵部がスイッチを入れた音だったのだろう。
「さあ真木、座ろう」
 ぐいぐいと手錠でつながれたほうの手を引っ張られて、一瞬だけ深く瞑目すると諦めの言葉を自分自身に投げかけながら、真木は促されるままに客席に座っ た。
 ――が。
『真上に見えますのが北極星、この星の見分け方ですが――』
「少佐」
「んー?」
「……見えません」
 席に座った真木の膝に膝乗りになって視界を遮る兵部の仕打ちゆえに、真木の視界にあるのは兵部の顔だけだ。綺麗な顔だと思う。ドキドキしないと言えば嘘 になる。だがそれ以前に、プラネタリウムが見たいと言い出したのは兵部のはずなのだが。
「気が変わった」
 そう言いながらにっこりと笑われて、嫌な予感を覚える。と、手錠で繋がれた真木の左手を、同様に繋がれた兵部の右手が胸のあたりまで掲げて、掌同士で重 ねられる。
「何を――」
 咎めるような口調を演出しながら、実際は心臓の音が兵部に聞こえやしないかという位に高鳴っている。が、期待と違って兵部の顔が真木の顔に近づいたかと 思うと、口付けではなく、頬の脇を抜けて耳を甘く噛まれた。
「んっ」
「久しぶり」
 耳元で囁かれると、熱い吐息に身体が反応してしまう。たしかに久しぶりだが――まずい、こんな場所で。
「や、やめて下さい少佐!」
 その時。
 自由な方の右手で兵部を押しのけようとして、慌てて引き寄せた手が兵部の頬を叩いた。
「あっ!」
「……っ!?」
 一瞬何が起きたのか分からなかったらしい兵部がぽかんとしている。
「す、すみません」
 そんなつもりはなかったのだ。兵部をひっぱたく、など。
「本当にすみません、わざとやった訳じゃ――」
「わかっててやったろ、真木」
「違います!」
 どう言えば納得してくれるだろうか。ものすごい勢いで色々な言葉が頭に浮かぶが、口から言葉になって出てきてくれない。ひたすらに首を左右に振り続ける だけだ。
「いーや、わざとだね」
「少佐…!」
 真木の耳元から少しだけ顔を上げた兵部の表情は角度が悪くてよく見えない。口を尖らせているのはたしかなようだが。
 と、真木の右手を自分の自由なほうの左手で掴むと、両手を上げさせられて、手錠のかけられたほうの手と一緒に頭上にまとめられる。カチャ、という音とと もに兵部が自分の手を自由にすると、真木の右手にも手錠をかけた。これで、両腕は手錠に繋がれて、しかも席の金具にひっかけられて、真木は完全に両手を頭 上にくくられた状態で自由を失ってしまった。
 その分自由になった兵部が、手錠をかけていたほうの手首を軽くさすっている。
「その……少佐?」
 真木が聞いた時だった。膝の上に足をあずけていた兵部が、真木の両足の間に股間深くまで膝を割り込ませてきた。
「っ、ぁ!」
「ふぅん?」
 真木の両足の間にあるものの変化を気取られて、意味深に笑われて。
「その……俺は、どうしたら許してもらえますか」
「しばらく、そのままでいることだね」
 そのまま――両肘を詰めてバンザイさせられたような今の恰好でいろ、ということか。
「置き去りになんかしないから安心して」
 くすくすと笑うと兵部は舌を出して自分の下唇を舐める。次いで、真木の下唇を。扇情するかのように一度だけ。そしてさっきとは逆のほうの耳を舐めてか ら、兵部の両腕が真木のネクタイにかかる。
「おしおきの時間だよ、真木」
 あいかわらず悪戯っぽくクスクス笑いを続けながら、そんな声すらも色っぽいと真木は気付いてしまう。そして密着させた兵部の身体の変化にも。
「しょう、さ――」
 こうなると、もう兵部の術中にはまったようなものだ。真木は観念して、自ら兵部の唇に自分のそれを押しつける。兵部の舌がすすんで真木の口腔内に入って くると、もう兵部以外の何もかもがどうでもよくなってくる。
 きっと兵部はこの先身体を投げ出してくるだろう。そして自分はそれに応えるだろう。甘い想像が刻一刻と現実となって真木へと迫ってくる。
『――まずは大曲線と大三角形を探してみましょう。先ほど説明した北斗七星の――』
 しらじらしいアナウンスが春の星座を説明しているのを、意識の遠くで聞きながら。


                                        <終>




   ■あとがき■

 ついっ たー診断メーカーに恋愛お題ったーというのがありまして、そ ちらから、

 『「深夜のプラネタリウム」で登場人物が「ひっぱたく」、「手錠」という単語を使ったお話を考えて下さい。』

 と言われたので、こんな作品ができあがりましたー。
 プラネタリウムなんて十年単位で行ってないので忘れてしまいましたが、なんとなく行きたくなった初夏のお話でした。

                  written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.07.25