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戦士の休息
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「……何をしてい るのかな、君達は」
 兵部京介はベッドの中で目が覚めた。どうも喉が渇いて起きてしまったらしい。
 日の光はまだ薄暗い。時刻はまだ朝の4時か5時だろう。本来は夜行性の生物のはずなのに人間生活に順応しすぎた桃太郎も、まだ寝ているようだ。
 いつもなら部屋には水が準備されているのだが、珍しく今朝は冷蔵庫のミネラルウオーターは切れているし、水差しも置いていない。
 普段そういった兵部の部屋のことを管理しているのは真木だが、昨夜は部屋に戻ると、綺麗にベッドメイクされたしわ一つ無いシーツの上にパジャマだけが置 いてあった。どうも真木も忙しいようだ。
 しかも現在、諸般の事情により、ここパンドラのアジト内はECMの動作下にある。
 ECMが効いていても超能力の使える兵部だから、無理をすればキッチンの冷蔵庫からテレポートで瞬時に手に入れることもできるが、こんな時刻だし、何よ り疲れていて力を使うのがおっくうだったから、パジャマをだらしなく肩にかけるような服装のままで、ズボンを引きずりながら自室を出た。
 すると途中、リビングを横切ると、そこには三人の人影があった。
 もっとも、それが人だと気付くのには一瞬ともう少しの間が必要だった。
 第一に、そこは普段はカウチとして使われている大ぶりのソファの置かれている場所であること。
 第二に、実はソファベッドだったそのカウチをベッドに変形させて、3つの影がかたまるようにして取り巻いて横になっていること。
 何より、そんなところで寝る者など普段はだれもいない。というか、海外で購入した医療メーカー製のそれは、兵部がねそべっている場合の多い場所だが、 ベッドにもなるなんてことは兵部すら忘れ去っていたことだった。
 果たしてそこで眠っていたのは、真木・葉・紅葉の三人だった。
 真木がソファベッドの奥のほうで、長身の体を折りたたむように窓際を向きながら眠っている。
 手前には葉だ。真木の背中を押しのけるように仰向けで手足を伸ばした状態で寝ている。
 そしてさらにその手前、ソファとして使用した場合は足下になるはずの所の床から、ソファベッドを枕にして、手を組んだ姿でバランスを保ちながら、紅葉が 眠っていた。
「……あれ、少佐…?」
 兵部の気配に目を覚ました紅葉が、薄暗い部屋の入り口に立った兵部の姿を見つけたらしい。
 そして冒頭の台詞に戻る。
「……何をしているのかな、君達は」
「んー、眠ってたみたい。少佐も朝早いわね」
「喉が渇いたんだよ。紅葉、サングラスかけっぱなしだよ」
「やだ、いけない」
 奇跡的に寝返りを打って破壊というほど寝相は悪くなかった紅葉だが、鼻筋にはくっきりとサングラスの跡が残っている。
 と、どうやらそれを見て兵部が少し笑っていたのに気付いたらしい紅葉が、こちらを指さして言うには。
「…少佐。ボタンかけちがえてる」
 声も少し拗ねている。
「……こんな時間にこんな場所で人に会う予定がなかったものでね」
 つられて拗ねた口調になっている兵部に、紅葉が追い打ちをかけた。
「みたいね。けど少佐、お願いだからズボンはちゃんとあげてはいて、ください」
 ここにきて敬語を思い出したらしい紅葉が敬意の感じられない指摘をすると、兵部は自分の下半身を見る。まともに履いてないので、腰履き状態だ。
 慌ててひきあげるものの、もう紅葉には見られてしまったので意味がないのだが。照れ隠しの意味もあって話を戻す。
「そもそも、どうしたのさ?そこの、真木と葉は」
 喉の渇きより恥ずかしい気持ちより先刻からの疑問の答えを解決することを兵部は最優先した。
「真木ちゃん、一昨日も昨日もずっと寝ないで起きてたみたいで。『パティ』につきっきりだったから」
 一昨日の夜、パンドラは一人の少女の協力を得て、一人の少女を保護した。
 超能力者を洗脳して、犯罪を犯させる組織、『|黒い亡霊≪ブラック・ファントム≫』。
 『|女王≪クイーン≫』明石薫の協力と、パンドラメンバーを加えたブースターによる『|強制解放≪フォース・オブ・アブソリューション≫』は一部が成功 し、一部が失敗した。
 ブラック・ファントムの洗脳は解けたが、『パティ』の自決プログラムを解除できなかったのだ。
 意識が戻ると、あるいは力が使えるようになるとパティはあらゆる手段で自らの命を絶とうとする。
 真木は拘束衣を着せることを嫌がった。それには紅葉も葉も、兵部も賛成した。パンドラに来た者で、それを着て幸福になった者はいないからだ。
 実際に『パティ』との戦闘に加わったのは紅葉を筆頭として薫の友達(というと二人とも全力で否定する)の澪、そして若手のカズラとカガリ、それに桃太郎 だった。これら『|強制解放≪フォース・オブ・アブソリューション≫』のブーストに加わった面子は、軒並み精魂尽き果てたという感じで、アジトに戻るや否 や泥のように眠りこんでしまった。紅葉だけは気力でパティの着替えの手伝いなどもしていたが、あまり遅くまでは起きていられずに結局は眠った。そうしてコ レミツやマッスルといった「居残り組」がパティの力に相応しい本格的なECMを運んで来るまでの間、真木は自分の力で精製した炭素繊維でパティを拘束し続 けた。兵部のヒュプノに加え、黒巻が最大深度で眠らせてはいたものの、油断はできないと立ち会う姿は、きっと戦闘に傘下できなかったぶん、疲労困憊して眠 り込んでいる者たちの分も出来る限りのことをしたいという思いの現れだったのだろう。そして、何故か夜中だというのに一時間に一度くらいは葉がパティの拘 束された部屋へと入っては真木と雑談などしていたようだが、葉もまた、使いそこねた力をもてあましていたのかもしれない。
 その後――昨日の午後になるが、そこで改めて黒巻の組んだ催眠解除用の夢プログラムをパティに投射し、ECMを設置すると、パンドラはいつものように動 き出した。ように見えたが。
 やはりブーストで力を吸われた者達はぐったりとしていたし、実は葉と真木を連れてことの次第を最初から最後まで見ていた兵部も、薫の脳内出血の治療や記 憶のすり替えなどで思いの外疲れていた。
実 際の所、体調が悪いと言ったのは、大げさだったが決して嘘ではなかった。|女王≪クイーン≫と力を合わせての|強制解放≪フォース・オブ・アブソリュー ション≫など、本来なら兵部がもっとも好みそうな派手な場面なのだ。
 そんなこんなで兵部も自分に手一杯で、自分以外の者が今頃どうしているのか、などここ二日は気にもしていなかったが。
「真木は分かるが、何故葉と紅葉まで一緒に寝てるんだ?」
「いや、最初はマッスルが真木ちゃんに眠ったほうがいいって言って、じゃあ仮眠でいいってソファベッドを使ったんだけど、あたしもそのまま寝ちゃって」
 紅葉は頭をかく。

「君は女の子だろう?自分の部屋に戻って寝たほうがいい」
「だって真木ちゃんがマッスルを近寄らせるなって言うんだもの」
 あんなことを言って、もし下心があったらどうする。少佐ひとすじなどと言っているが、俺だって貞操は守りたい。とか何とか、クマを作った目をつり上げて 言っていたのだったが。だったら部屋に戻って寝たら?とは言えなかった。戻ったらどうせ枕を持ってパティの部屋にこもって寝不足を助長させるのが目に見え ていたからだ。
 そうして結局寝てしまった紅葉だったが、どうやら真木の心配は杞憂に終わったらしい。
 にしても、ECMがフル稼働してはいるものの、いやだからこそ、案外真木も、実はマッスルの筋肉には勝てる気がしないのかもしれない――という想像は、 紅葉の気分を少し上向かせもしたのだが。
「それで葉も真木のガードに来たのかい?」
「ううん。ダイブしたの」
「は?」
「夜中にいきなり来たと思ったら、ソファベッドにダイブしたの。……って、今こうして見るまであたしも夢だと思ってたんだけど」
 現実だったみたい、と言いながらソファベッドの二人と自分とを見るに、なんというか、合コンの後の大学生のようだと紅葉は思う。真木は着替えもせずスー ツ姿のままで縮こまって寝ているし、葉も何故か部屋着やパジャマではなく、普段着のままだ。
  兵部はその光景を見てくすりと笑う。
 昔、まだ三人が小さかった頃。兵部が紅葉と同じ布団で寝ていたり、皆で寝ていて真木と兵部がくっつくように寝ていたりすると、葉はよくその中心に割り込 むようにして飛び込んできた。
 負けず嫌いな彼にとっては、誰か二人がくっついていると、その真ん中にいないと気が済まないらしい。子どもらしい、ひどく子どもらしいささやかな戦争 は、今になっても葉の中では続いているようだ。
「起こしてくれてありがと、少佐。あたしは部屋に戻って寝るわ」
 紅葉は厳密には兵部の気配を察して自力で起きたのだが、立ち上がると背伸びをする。不自然な姿勢で寝ていたからどこか痛いのだろう、首をまわしながらリ ビングを後にしようとして――振り返って、兵部に言った。
「それから、少佐、寝癖」
 左手で耳の後あたりを指しながら紅葉が言う。兵部は自分の頭の同じあたりを探ったが、すぐにやめた。
「今の君達だけには言われたくないけどね。――いいんだよ、僕も寝るから」
 顎で、ソファベッドの大きな子ども二人を指す。
「ここで?」
「ん」
「じゃ、水持ってくるわ」
「ありがとう」
 意図を理解した紅葉が、キッチンのほうへと向かうのを見て。
「さて」
 人の悪い笑顔を浮かべながらひとりごちると、兵部は一歩下がってから、ソファベッドに眠る二人の間のごく狭いスペースにダイブすべく駈けだした。

                                                                        <終>



   ■あとがき■

   構想一日、記述に一日以上。でした。
 とにかくホームページになにかのせねばと。
 でも難しい、超むずかしいよ。  思ったことを字にするって作業がこんなに難しいとは思ってなかったよ。
  でもでも、つたなくても何度も推敲していっしょけんめー書きました!
 なので、気に入っていただけると嬉しいです。


               written by Yokoyama(kari) of hyoubutter  2009.11.19