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濡れた髪
 
- bamboo shoots - 

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 今日は地方の某所でタケノコ狩りをした。が、夢中になりすぎて予定外に戻りが遅くなってしまった。
 そのせいで、いつもは早めに風呂を終えている子供達の声が、夜半になっても大浴場から漏れ聞こえてる。
「にぎやかだねえ」
「夕飯の時間までには戻ってきてくれとあれほど言ったではないですか」
「まあいいじゃん」
 よくない。おかげで、予定していた筍ご飯は間に合わず、しかたなく筍の中で先端の柔らかいものを選んでスライスして、マヨネーズと醤油を添えて出すにと どまってしまった。留守番兼食事当番の真木としては大いに不服だった。
「まぁた苦い顔して。筍の刺身も悪くなかったよ」
 真木の顎の下に肩を入れるような形で後ろ手に真木の耳の脇を掴むと、振り返りながら引き寄せられて唇と唇とが触れ合う。そして体ごと一歩前に出てすぐに 真木から離れた。その背中に意見する。
「――誰かに見られたらどうするんですか」
「どうもしないよ」
 本当にどうもしないのだろうなと思うと軽くめまいがしそうな心地になる。こういう少しスリルのある触れあいを、兵部はどちらかというとごく普通なそれ以 上に好む。
 真木が己の思考と唇に残る感触とに挟まれて動けなくなった一瞬の間に、兵部は学生服の上着を脱ぎながら大浴場へと入っていってしまった。きゃあ、と子供 達がはしゃぐ声が聞こえる。どうやら、一緒に入る気になったらしい。
「ひー、ジジイ乱入。助けて真木さん〜」
 入れ違いに子供達に両腕にぶら下がられながら、真っ赤な女性の唇をかたどった派手なトランクス姿で葉が浴場から出てきて、しかも葉も子供たちも髪から肩 からぽたぽたと滴がしたたり落ちている。真木はすかさずリネン室に行って大量のバスタオルとバスマットを取ってくる羽目になった。しかも、近寄ろうとする 女性陣をとどめながら。

 別に葉のパンツ姿ぐらいどうということはないだろうに、真木が一人でそれは良くないことだと女性陣に騒ぐ声が聞こえる。
「マギー、怖い」
 子供達の一人が真木さながらに眉間に皺を寄せて兵部に意見してきたものだから、こめかみを引っ張るようにしてその皺をほぐしながら答える。
「ああ、あれは怒ってるんじゃないから安心していいよ」
 どうせまた、パンドラの理不尽を一心に背負ったかのような心持ちでこれでは躾がなっていない、などと生真面目に考えているに違いないのだ。
「じゃあどうすればマギーを困らせないで済むの?」
 また別の子が兵部の右手を握りながら聞いてくるので、兵部は浴室にあるバスタオルの一つを|念動力≪サイコキノ≫で手近にまで運ぶと、ばさりと二人の真 上で落とす。
「よく体を拭いて、髪もちゃんと乾かすんだよ。そしたら真木だって女性陣だって、何にも言わないさ」
 そのまま幽霊ごっこに移行しそうな二人にそう諭すと、二人は生真面目に体を拭き始めたので、兵部は目を細めると他の子供たちにもバスタオルを配りはじめ た。ただ一人両手にドライヤーを握って右往左往するコレミツに、同士として軽くウインクを投げながら。 

 浴室前の通路で子供達の最後の一人まで夜着へと身支度をすませると、兵部が浴室から出てきた。一歩後ろからコレミツもにゅっと体を出す。どうやら兵部一 人で中の子供達を相手にしていたわけではなかったらしい。
「ご苦労だった。コレミツ」
『お前こそ』
 コレミツ一人で子供達と兵部の両方の面倒を見ていたのかと思うと申し訳なさすら感じる。だから真木は気付いていなかった、兵部の目が不穏に顰められてい くのを。
 通路の端に小山になったバスタオルを二人でどうやってランドリールームへ運ぶか相談していると、後ろから兵部が真木とコレミツの背中に覆い被さってく る。
『……重いです、少佐』
「邪魔しないでくれませんか」
「ふーん、邪魔、ねぇ」
「そうだ、少佐もお風呂に入ってくればいいじゃないですか。さっきちょっと埃っぽかったですよ」
 兵部は風呂には入らなかったらしい、シャツを袖まくりして、子供達にからまれたせいか身だしなみが少し乱れている。となれば、筍狩りからこちら風呂には 入っていない算段になる。
「へえ、さっき」
 さっき、というのは勿論口づけした時のことで――そこまで考えてから真木は自分の失言に気付く。せっかくのキスがほこりっぽかったぞなどと言われて喜ぶ 人間が居ようはずがない。が、時すでに遅く、コレミツは廊下の反対側へこっそり逃 げてしまっているし、兵部は真木の斜め後ろで仁王立ちになっている。
「真ー木ー」
 澪あたりが見たら最高の笑顔を浮かべているはずが、正面から目を見ると石にされそうで振り向けない。ゆっくりと首だけを後ろに向けて、視界に兵部の姿が 入った瞬間。
 バシャン!
 不自然な音とともに軽い衝撃が真木の上に落ちてくる。続いて頬をつたうぬるい水の感覚。それがとりあえず人体に無害な湯だと思い至って目を瞬かせると、 兵部もまたびしょぬれであった。
「コレミツ、それに紅葉に葉」
 無事なコレミツと、いつの間にか通路の角にやって来ていた紅葉と葉――勿論服は着ている――に兵部が声をかけた。
「僕、今日は自分の部屋のシャワーを使って、あとはそのまま寝るから、ここの始末をお願いしていいかな?」
「え、ええ、構わないわ」
「いーけど」
「――少佐っ」
 咄嗟に真木の頭に浮かんだのは、兵部が風邪をひいたらいけない、という思考だった。
 手近にあるバスタオルから比較的綺麗なものを選ぶと、自分もびしょぬれであることなどすっかり忘れて兵部に駆け寄る。が、もう少しというところで瞬間移 動でかき消すように消えて、ほんの少し先にまた姿を現す。
「ちょっと、少佐、いけません、お風邪を召しますから髪の毛だけでも……!」
「嫌だね」
 ヒュンヒュンと自在に瞬間移動を繰り返しながら兵部は少しずつ自分の部屋へと戻っていく。真木がそれと気付かず兵部を追う。
 真木からは見えない角度で、一度だけ、兵部が心底愉しげに笑うのを見た残りの三人は。
「あのまま一緒に風呂はいるのかなー、あの二人は」
「まさか。子供じゃあるまいし」
『子供じゃないから手に負えない、というのはあると思うが』
 一部始終を見ていたかたちになる一同は、兵部の究極的な目的は多分、真木に自分の髪を拭かせる――身の世話をさせることにあるのだと気付いていた。
 その前にイロイロあるかもしれないが、それはもう二人の問題であって自分たちの知ったことではない。
 しょうさ、とやや情けなさそうな真木の声を最後に、今度は不自然に沈黙すると、しばらくしてバタンと大きな音で兵部の部屋の扉が閉まる音が響いた。
「あの人が一番子供なんだもんなー」
 この中で一番年少の葉が語った最年長者に対する言葉に、残りの二人は強く頷いた。



                                          <終>




   ■あとがき■

 季節のたけのこ見てたらこ んな話ができあがりました。にょきにょきとね。でも竹林は遭難しやすいそうですのでよく注意してください、
 前作と大変時間があいてしまいました。同人誌の方にかかりきりだったものですから。どうも長編書き慣れてないのであたふたしてしまいます。その分こちら にしわ寄せがきてしまったことについては本当に申し訳なく思っております。でもこれからはまたバリバリ更新していきたいと思っていますのでよろしくお願い します!

                 
written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.05.31