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  ASH and KISS  
 

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                                                       Illust:小塚[FreeFall 元管理人様]

 そのキャンプ場の売りはツリーハウスだった。堅く根を張り、年輪を重ねた木々の重厚な幹の上 に設置されたコテージがあり、それこそがツリーハウスだ。
 とはいえ同じようなつくりで4軒並んだそれの中は、ほとんどただ寝るためだけのハウスであり、最も大きいもので大人三名が定員なのだが、無断で借用した そのコテージ内には四名が群がっていた。
 バーベキューの後に携帯用のテレビを持ち込んで一同で見ているのはいいが、いくら全員(見た目は)十五才以下の子供だけとはいえ、さすがに全員が触れあ うような形になる。
 後ろから並べると、兵部の外見が十五才、本当の年齢が司郎十四才、紅葉九才、葉五才、だ。
 特に誰かが見たいと言い出したわけでもないテレビを見ていると、唐突にその出来事は起きた。
「ねえ、なにしてるの?」
 テレビに指をつきつけた葉の発言に一同がシン、と静まる。何故なら、テレビに写っていたのは男女のラブシーンだったからである。
「なにって……何かよ」
 紅葉が言い逃れをたくらむが、葉は明らかに納得していない。紅葉が目線で兵部に話題を振るものの。
「なんなんだろうね?司郎ならわかるかな?ねぇ、何してるのかな〜?」
 あからさまに嫌がらせで兵部もまた司郎に振ると、こういった冗談を正面から受け止めてしまう気質の司郎は、顔を真っ赤にして怒りと羞恥で声を張り上げ る。
「何って、そりゃ京介が知ってるだろ?」
「えー、とかいって司郎も知らないんじゃないの〜?」
「そ、そんなこと無ぇよ!」
 言い争いにも似た雰囲気になった二人に葉がまた小首を傾げてテレビと二人とを見比べて。
「ねえ、二人とも裸になっちゃったよ?なんでー?」
 司郎は真っ赤になった顔のまま葉に答える。
「子供はまだ知らなくていいの!」
「じゃあ司郎は知っててもいいの?」
「だから!」
 ムキになって言い返す姿が面白くて兵部が司郎をことさら構うのだが、本人はその悪循環に気付かずにいじり倒される。
 いつもの風景の中、結局言い負ける形になった司郎が「ちょっと外で涼んでくる!」とツリーハウスから降りて行ってしまったので、葉と紅葉に先に寝るよう にと言い聞かせてから、兵部もまた|瞬間移動≪テレポート≫でツリーハウスの外に出た。
 司郎の行く場所は決まっている。まだ外に長時間いるには肌寒いであろう服装で出ていった。だとしたら、と調理場のある広場の隅へ|瞬間移動≪テレポート ≫すると、そこに司郎の姿があった。
「司郎」
 焚き火から暖を取ってでもいるかのように膝を組んで座っている司郎に、後ろから声をかけると、振り返る。と、またとたんに顔が赤くなっていく。どうも少 し司郎にとって刺激の強い話だったか。
「さっきはごめんね、ああいう話題は嫌だった?」
「いやその、嫌とかじゃないけど、ちょっと……」
 どこか恥ずかしさを隠せない面持ちの司郎の脇に兵部もまた座る。月が出ていて、焚き火なしでもこの位近ければそんなに支障なく相手の表情までをも見るこ とができる。そんな夜。
「司郎、ああいう話題嫌なの?」
 思春期まっただ中で難しい年頃とはいえ、興味がないはずがないのに。
「あっ、ああいうのは、教育によくないっていうし……!」
「ふうん」
 何故か同姓であるはずの兵部にすら、司郎はそういった話題に対して羞恥心を見せる。
 これはこれで兵部としてはかわいらしくて好ましいのだが、あまりに疎いのも問題かもしれない。
 もはや大した勢いはなくそれでも光と熱を投げ続ける焚き火へと顔を向けてしまった真木は、兵部が横から見ても、やっぱり焚き火のせいだけではない赤い顔 をしている。
 誰か手ほどきが必要なのではないか。司郎に相応しい、かわいい彼女が。
 その思考に行き当たった時、兵部の心の中で何かのタガが外れた。それは大きな波となって兵部の体を駆けめぐり、勝手に口から言葉となって奔出していく。
「――ねぇ、興味はないの?」
 こんなことを考えるなんて。こんな気持ちになる日が来るなんて。嘘のようだった。
「僕が教えてもいいけど」
 かつて散った|超能力者≪なかま≫も、彼らが持っていた未来も願いも、全て炎に消えた。残った灰が年月とともに雨に流され、川の底で堆積して闇を作る。 自分はそこから生まれた存在。だから人並みの恋とか愛なんて関係ないと思っていたのに。
 自分でも不思議な感覚だった。
「キスの気持ちよさとか、セックスのしかたとか――してみたくない?」
 ぽかんとした顔で目の前に座っている司郎のことを、抱いて喘がせてみたいと思ったなんて。

 何を言われているのか、始めはよく分からなかった。
 いや、どんなに考えても、やっぱり分からない。
「エッチするってこと?」
 だから普段なら言わないような露骨な表現で司郎が兵部へ聞き返すと、兵部は頷く。
「そういうことだね」
 ……ますますわからない。司郎だってどうやって子供ができるのか、位は知っている。具体的にどうするのかと言われるとわからないけれど、大前提が違うで はないか。
「男同士だよ、無理じゃん」
「できるよ」
「えっ!?」
 今度こそ目を見開いて停止してしまう。と同時に、思考だけが急激に加速していく。
 そりゃあ、口に出しては言えないけれど、まだ出会ってすぐで兵部のことを信じ切れずにいた間も含めて、自分は兵部が好きだった。家族としてでも友達とし てでもない、特別な好きだと分かる程度には人生を歩んできた。テレビを見ている間中、実は軽く触れあったままの兵部に、ドキドキという胸の音が聞こえやし ないかと心配してしまうくらいには、特別で、少し一般的ではない感情を抱いている自覚がある。
 でも、「できるよ、しようか」と言われて戸惑わないはずがない。
「迷ってるなら、まず――」
 パッ、と目の前に兵部の顔があった。|瞬間移動≪テレポート≫で目と鼻の先に出現したのだ。
 驚いて一歩下がろうと思った距離を詰めてこられて、口と口とが乱暴にぶつかる。
「え?」
 今のはなんだ?事故?でも、兵部が唇を押しつけてきたような感じでもあった。
 目を開くと、至近距離で兵部と目が合う。兵部が少し顔を離したかと思うと、今度は腰を抱きすくめられる。
「京介!?今の……」
 司郎の言葉は全てを言わせてはもらえず、再度唇と唇とが触れあう。やっぱりキスだ。じゃあ、さっきのも?
「ちょっと、待っ――」
 無理に頭を動かすと、今度は腰を押さえているのと反対の手で頭を押さえられて、冷たく薄い舌が口腔内に入り込んでくる。
「ん……んっ!」
 舌を入れる、というのは司郎の常識の中にない行為だったので、混乱が混乱を呼び、動けなくなる。呼吸すら止めて兵部の舌の動きに翻弄される。時折漏れる 吐息が自分のものだ、というのはおよそ信じられなかった。だってこんなに気持ちよさそうな声を出したことなんて、今までなかったのに。
 体中の力が抜けていく。膝や腰に力が入らなくて、次第に兵部の腕に体を委ねるようになっていく。 
「……んん、ぁ……」
 最悪だ。何が最悪かって、相手が兵部だからだ。男だから、とかではない。誰よりも好きな人間だから、こんな風に押し流されるような口づけは不本意すぎ る。
 なのにこの生まれて初めて感じる快感に、身も心もすくんでしまって嫌だと言えない。
 でも一つだけ、確認しないといけないことがある。長い長いキスの後に、兵部から少しだけ距離を取ると、震える声で聞いた。
「京介、俺のことちゃんと好きなの?」
「……」
 言葉の前に一瞬入った沈黙。それが意味する答えが、司郎の胸に刺さる。
「……好きだよ?」
「嘘!なんで好きでもないのにこんなことすんの?どうしてさ?」
 次第に涙声になっていく自分が口惜しいが、もしも正面切って好きじゃないと言われたらと思うだけでどうしようもなく辛い気持ちになるし、それが怖くて恋 心を告げることもできずにいる。だから何より、本音を知りたい。
「嘘じゃないよ。今生きている人間の中ではきっと一番好き、だと思う。それじゃ足りない?」
「……京介、狡い」
 一番肝心なところをごまかしている。伝わるのは言いたくないことがあるという事実だけだ。知りたいのはそんなことじゃないのに。
「司郎こそどうなの?独占したい、僕を?」
「……っ」
 悔しさに目線を落として虚空を睨む。狡いだけでなく、卑怯でもある。兵部を独占するなんて無理なことは知っている。囚われたり、所属したり、そういうっ たことを嫌う人間だからこそ自分たちは今ここにこうして生きているということぐらい、幼かった頃の司郎にだってわかっていた。
 だから司郎は自分からは言えないのだ。――愛している、なんて。それはカルマを生む言葉だから、自分はその罪を犯すことはできない。だからきっとこのま ま一生言えずに終わるのだろう。
 そう思っていたのに、何故こんなに心が揺れる。沈黙してしまった司郎の耳に兵部の自嘲じみた告白が響く。
「実を言うと僕自身にもよく分からないんだ」
 何故だろう、その声は司郎と同じくらい困惑で満ちているように聞こえた。だから顔を上げて、昏い色をした兵部の目を覗き込んでしまう。
 目があった刹那、奇妙な浮遊感、そして僅かな落下。焚き火からそう遠くない芝生へと兵部の|瞬間移動≪テレポート≫で運ばれたのだろう。
「だから、確かめさせて」
 漆黒の瞳に心が引きよせられる。ああ、この闇を見つめた瞬間からもう、何もかも手遅れだったのだと頭の中で嘆く声が聞こえた。


     +++

 闇の中で草木が揺れる音に混じり、くちゅくちゅと卑猥な音が響く。
「っ、ぁ、っ……あ……」
 自分の手の動きにあわせて司郎が身じろぎする姿が兵部の体にも快感の焔を灯す。
 体の後ろに手をついて膝を立て、当初は膝を開くことを拒否しようとしていた司郎だが、今は少しずつ兵部が力を加えるたびにその足が開いていく。もっと欲 しいと言わんばかりに。だからことさらに音を立てて司郎の秘部に潜らせた二本の指を操って、司郎の体が快感に侵されてゆく過程をつぶさに観察し、時に煽 る。
「司郎の先走りって、すごい量が多いよね」
 兵部のそれとは全く異なる、快感の根源。色はやや赤黒く、秘所をかき回されるたびに透明の滴を零し続けている。
「他の奴のがどうなのかなんて、知るわけないじゃん……ッ!あぁんっ!」
 体内に埋められた兵部の指から与えられる快感に、今となっては会話も最後まで続けられないくらいに感じているのが嬉しくて、言葉の途中で指を二本、深く まで挿れた。
「それもそうだね。でも僕のなんてこのくらいだよ?」
 挿れた指で内側を掻くように刺激すると、また声を抑えたまま司郎が快感に仰け反る。
 体内にある指は置き去りに、もう片方の手で、司郎が上半身を支えていた手の片方を取り、膝立ちになった両足の間にある兵部のものを触らせる。
 また真っ赤になって顔を反らせるのかと思いきや、非常に驚いた顔で兵部のそれと顔とを見比べる。
「京介も感じてたの?」
「じゃなきゃなんで勃ってるのさ」
「…………俺、で?」
「は?」
 消え入りそうな声に問い返すと、おずおずと、上目遣いに兵部を見る司郎と目が合う。
「京介は俺が感じるのを見て、その……感じてるの?」
「うん」
 でなければ何だというのか。
「それとも君は僕以外でも感じるの?もう体験済みとか?」
「そんなこと!ある訳がない!だって俺は――」
 激昂から始まった言葉は最後のほうは聞き取れない程小さくなっていた。
「俺は……だから」
「聞こえないよ、司郎」
 あまりに小声で呟くその口から違う声――嬌声が聞きたくて、司郎の胎内を再びかき回し始める。
「あっ、ク……あ……ん、あぁ、んんっ!」
 自分の体の反応に戸惑ってはいるようだが、司郎は与えられる快感を徐々に享受し始め、兵部の指を締め付けてきている。
「司郎も一人でするでしょ?そんな声出してしてるの?」
 首筋にキスをし、時に吸いながら辿り着いた耳元で囁くと、司郎はぶんぶんと頭を振る。
「だって、こんなところにこんなことするなんて、思っても、みなかったし……」
「まぁそうかもねえ。しかも『こんなところをこんなことされて』気持ちよくなっちゃうなんてさ」
 言うとまた司郎の象徴が切なげに滴を落とす。精液なのではないかと一瞬思ったが、何度見てもそれは透明なままだ。だから伝い落ちてくる滴を時に指に纏わ せ、交えながら、指を出しては入れ、入れては出してを繰り返す。
「や、っ、だ、だって……京介だからっ」
「僕だから、何?」
 また音を立てて指を引き抜くと、再度勢いをつけて奥まで差し入れる。
「アァ、っ――だって、京介じゃなきゃ、こんなに、は、気持ちよく……ない」
 司郎の台詞ではないが、聞き出してみたくなる。こんなに無防備になる理由を。
「どうして僕が相手だと感じると思うの」
「んっ、あ……あぁっ!」
「司郎?」
「ンん――――」
 いくら促しても下を向き、唇を噛んで、けれど快感に頭を揺らしながら沈黙を続ける。いっそう強くなる兵部の責めに体を揺すられ、長めの髪が一房落ちてき て。それでもまだ司郎は黙ったままだ。
「強情だね」
 その気になれば心を読むことなんて簡単だ。でも今はこの口で、この声で聞きたい。
 快感を受け入れている時はずっと心を開いていた司郎が、何故自分だと感じるのか、そう聞いた瞬間に急に心を閉ざした。それが面白くない。
 胎内を弄んでいた指を抜いて、更に数を増やして第一関節にまで入れると、こらえきれない快感が司郎の喉を通り声になって飛び出してくる。
「――っ、あ!……っ!!」
「まだだよ、司郎」
 更に数センチ。一度にではなく、じわじわと侵入しては、しばしその場所に留まる。それを繰り返しているうちに司郎の体から緊張がほぐれたのか、再び喘ぎ が繰り返されるようになる。
「あぁ……ん……」
 三本の指の根本までを挿れたところで、どこか満足げにも聞こえる司郎の吐息が聞こえる。
「大丈夫そうだね。感じてる?僕の指に」
「……〜っ!」
 羞恥と怒りの混じった顔で兵部を睨もうとするものの、掌を翻すだけで司郎の体はのけ反り、口からは快感の声が漏れ出す。
「ひゃ、あぁ、んっ――京介っ……」
 ひときわ大きな音をたてながら指を動かして、自在に溺れる司郎を見下ろす。
 体の中心よりやや下の暗い茂みにいきり立ったものは月明かりでも分かるくらい期待に濡れ、触った瞬間にはちきれんばかりだ。
 それに触れてみたいという欲求に動かされて、真木の中に入れていた指を抜く。
「……京、介……?」
 塞いでいたものがふいに消えたことに戸惑う司郎には構わずに、その熱の棒に手を伸ばす。触れるとそれは、予想よりも熱く、堅く、そして大きく勃ち上がっ ていた。
「うぁっ!」
 内側から与えられる快感にようやく慣れつつあったところに男の快感を思い出させられて、司郎の混乱と快感とに足がびくりと動く。その太股を押さえつける ように兵部が太股の上に跨ってきて、兵部自身のものと真木のものの両裏を合わせて扱き始めた。
「く、あ……」
 自分たちを拾ったくれた人だから、父だと思おうとした。でも出来なかった。気付いたらどうしようもなく好きになってしまっていて、ココロをコントロール することもできないような相手。そんな人が、今、自分のものを扱いているなんて、興奮しないわけがない。
「京、介……」
 少しずつ形と色の違う二つのものがぴったりと寄り添い合って。見ているだけでももう極みに達しつつあるのに、兵部が両手で刺激してくると、あとはもう、 一つの単語しか出てこない。
「京介、京介……っ!」
 互いの先走りが混ざり合って月光に滑り、劣情に光る。素肌よりも赤い兵部のそれと、兵部のに比べると黒みが強く少し大きい自分のものとを重ねた場所。そ の傘の部分を強めに包まれたかと思うと、段差で先端を刺激してくる。
「きょ……すけ……ヤバい、俺っ!」
 脳をも占拠しつつある快感に、言葉を選ぶ余裕すらなくなって、翻弄されるがままになって。
「いいよ、司郎。出しなよ」
「く――ん、あぁっ!」
 名を呼ばれ促されて、気付けば全てを吐き出していた。

 無意識にであろう、射精の瞬間に顔を逸らし横を向いてしまった司郎の先端からどくどくと出てくる白い迸りが、兵部の手だけでなく体の一部とそして兵部の 屹立へと粘ついて絡みつく。
 それを掌の中の二人分のものへとたっぷり擦りつけていると、己を取り戻しつつある司郎が熱っぽい瞳で兵部の瞳を見る。
「……京介」
 罪悪感に似た司郎の表情に、つい苦笑してしまう。
「君はさっきから、僕の名前を呼んでばかりだね」
「だって……っ!?」
 握り込んでいた二つの熱塊から手を離し、体を司郎の上から芝生の上へと動かすと、粘液で濡れたままの手で司郎の脚を掴んで腰を上げさせると、覆い被さる ことで上体も芝生の上へと押しつける。
「京介!?」
 本当に、自分の名前を繰り返してばかりだ。そんなに自分は慕われているのだろうか。だとしたら。
「司郎の中に入りたい、な。駄目?」
「!っ……!」
 なんとなく分かってきた。こんなふうに笑顔で堂々と攻めると司郎は何も言えなくなる事が。
 その隙につけこんで、さっきまでの指の愛撫ですっかり開ききった司郎の窄まったところへ自分をあてがう。
「きょうす……」
「もし駄目って思ってたんなら悪いんだけどさ、司郎。君の都合は聞いてあげられない」
 言葉を遮り言い放つとともに自分を司郎の中へと進めた。
「あ、ぁあ!」
 たった今イッたばかりの余韻を引きずっているのか、その声は大きくかつ扇情的で、兵部は自分の体を奥へ、奥へと進めずにいられない。
「きょ……け、京介、ん、……ん、あ……」
 名を呼ばれるたびにある錯覚に陥る。司郎が求めているのが、世界中で自分しかないような錯誤だ。だがそんなはずがない、と考えを打ち消した途端に司郎が しがみついてきて、さっきより近い位置でまた名を呼ばれる。
「あぁ、ん――京、介……っ」
 再びわき上がってくる錯覚。でもそんなことはないはずなのだ。だってついさっき、司郎に心を閉ざされた。だから司郎が自分をそんな風に思っているなんて ありえない。
 ありえない、と呟いた声に一瞬司郎の体が反応したが、構わずに更に体を進める。
「――あ、ア、っ」
 一層強くしがみついてきた司郎の、開かれた足は長く、腕も長く、兵部の背に爪を立てる指も節張って長いし、手のひらもまた大きい。きっとこの子はもっと 成長する。自分よりも身長は高くなって、そうしたらきっと忘れる。自分は忘れ去られて、この情交もまた古い記憶の引き出しにしまいこまれる。そして二度と 表に出ることはなくなるのだろう。
「京介、っ、きょ――」
「――司郎」
 自分の想像を何故だろう、実現させたくなくて。体だけでなく心も繋ぎ止めようと名を呼んだ。
「あ――」
「つ、っ!」
 途端にきつく締め付けられ、兵部の顔が歪む。
「司郎っ!」
「あ、京介、京介――っ、ああ、んっ!」
 きつい肉壁をこじ開けるように自分の残りを全て埋めると、快感に理性を失いかけた司郎の心が流れこんできた。
(京介)
 どくん、と心臓が脈打つ。少なくとも今、司郎は自分のことしか考えていない。自分のことしか感じていない。
「きょ、う、すけ――」
「僕、を、感じてる?」
 今にも自分の欲情を解放したい気持ちを抑えて、司郎に尋ねた。司郎はこくこくと頷きながらしがみつく力を更に強め、とぎれとぎれに伝えてくる。
「京介としか、したく、な――い。京介だから、っ……――京介、気持ち、いいっ……!」
「しろ、う――く、っ……」
 初めて聞いた、快感を肯定する言葉。その瞬間に、京介の性が限界を超えて司郎の中で弾け――迸った。

 自分の一番奥から溢れてくるかのような熱い兵部の精を実感しているのか、それとも単に呆けているのか、気が付くと兵部にしがみついていた司郎の腕は解 け、頭の両脇へ力無く投げ出されている。普段より早いリズムで上下する胸にはうっすらと汗が浮かび、頬は赤く上気している。
 先刻の兜合わせの時の司郎の絶頂、それと共に上り詰めようとする体を抑えることには成功したが、最深部への挿入を果たしたことによる刺激には耐えられな かった。実は長く長くその瞬間を待っていたことを、射精によって知った形になった。――いや、挿入だけじゃない。
「司郎?」
「……あ……?」
 抱えていた足を下ろして、でも中に留まったままで名を呼ぶと、反応こそするものの、顔はまだ夢見心地だ。
「……ん……」
 喘ぎのおさまらない唇に自分の唇を重ねると、くだらないわだかまりが氷解していく。
 今、ここでこうして自分を受け止めていること。差し入れた舌に臆病に司郎自身が舌を絡め応えてくること。それ以上の何が必要だというのだ。
 愛しくて、何度も何度もキスをしている間に司郎の呼吸もおさまってくる。
 まだ兵部は司郎の中に入ったままだが、先の絶頂で勢いを失ったそれに、司郎の体の体温を上げる効果はそれほどないようだ。
「……京介」
 キスの合間に発された第一声が、予想どおりの単語だ。単純でひたむきな声を生み出す喉へもキスをすると、司郎の体が僅かに反応するから、面白くてつい何 度もキスして、時に吸って、そして唇を離したときに気付く。
「あ、司郎、ごめん」
「え?」
「キスマークつけちゃった。まぁ、虫に刺されたって言えばいいだろうけど」
「キス、マーク……?」
 目尻と頬を染めたままの司郎が、不思議そうに兵部に尋ねる。
「それって、女のほうの役だからついちゃうの?」
「は?」
 兵部は思わず聞き返した。
「だって、女の子のほうに出来るじゃん、本とかだと」
「……君がキスマークについて全く知らないことがよくわかったよ」
「え?」
 訪ねた司郎の胸の大分下側、司郎自身にも見えるような場所にキスをして、強めに吸う。
「……?」
「吸うとつくんだよ。ほら、できた」
「……本当だ」
 ついたキスマークを指先で撫でながら本気で感心されて、思わず苦笑する。が、司郎はなんだか妙に嬉しそうだ。
「じゃ、俺が京介にしてもいいの?」
「んー、まあ、見えるところとか困るけど」
 それ以外なら、と続けようとした言葉は首へのキスで中断した。かなり強く吸われたからだ。
「司郎!吸い過ぎ」 
「え…?」
 吸った後も兵部の肌を舌で舐めていた司郎を止める。
「あ……」
 顔を上げると、今し方まで自分が吸い付いていた場所の色が変わっていることに気付いたらしい。
「青くなってない?」
「ちょっと、そうかも」
 肩を落とすような声音に、ついフォローをしてしまう。
「えっと、肌の弱そうなところを少しだけ吸うんだ。こことか」
 鎖骨と首の間とを指すと、司郎がごくりと喉を鳴らす。自分の上に乗る兵部にもぐりこむようにして同じ所にキスをする、が、すぐにそれは吸う行為に代わ る。
 少しの時間舐め、吸い続けた後、こわごわと顔を上げた司郎が嬉しそうに言うことには。
「ほんとだ、出来た。見て?」
「……見れないよ、そんな場所のなんか」
 嘘だ。本当は力を使えば容易に|透視≪み≫える。でも今は司郎のあわてふためく様が見たかった。そして期待を裏切らずに慌てた司郎は、今度はさっき自分 がつけられたのと同じ、胸より少し下の柔らかい部分へと吸い付いてから、瞳をあわせて聞いてくる。
「どうかな、京介」
 どうかな、と言われても。
「うまくできてると……思うよ」
 さっき司郎がしたように、吸われたところを見下ろしながら指先で撫でてみる。薄赤いマークがそこにはついていた。
「え、ちょっと、司郎」
 今度は嬉々として司郎は胸の下から上へとキスをしながら時に吸い、時に舐めて、あるいは両方で兵部の肌を堪能し始める。
「やっ、くすぐったいって、司郎――あんっ!!」
 生来色の違う部分、二つの突起の片側に偶然唇がかすめた時、兵部の喉から嬌声があがった。
「乳首、感じるの?」
 見透かされた発言に兵部は自分の頬が赤くなるのを感じる。
「司郎は知らなくていいの」
「知りたいに決まってるじゃん。京介のことなんだから」
 ――京介。呼ばれてドキリとする。さっきまで自分にしがみついて啼いていた声を思い出してしまったからだ。頬が火照るのを止める手段を一所懸命に考えて みようとするのに、司郎がそれを許さない。胸の尖りに吸い付いて、舌でこね回し始める。
「ひゃっ、んっ……しろ、う……!」
「すごい、感じてる、ね?」
 良いながら顔の位置をずらして、もう片方の赤みに舌を伸ばす。
「知るか、馬鹿司郎……もう、やめ……んん、っ、ぁ……」
 説得力がないのは自分が一番よくわかっている。昂っている時にそこを刺激されると、自分でも驚くほどに感じてしまうのだ。
「やだ。京介が言わないなら、体に聞く」
「どこでそんな言葉……っ!あんっ!」
 強めに吸われて、悦びを滲ませて声を上げて啼く。
 みっともないのはわかっているのに。この子にそんな姿を見せたくないのに。
「京介、すげー色っぽい」
 自分の体の下にいる司郎にそう言われて、兵部もかくなる上はと腰を振り始める。
 どうせ司郎の責めでもう準備は整っていたのだ。
 力任せに司郎の片足を高く掲げると、繋がっている場所がよく見える角度で抽送を始めた。
「えっ、あん、ちょ、ちょっと待って、京介っ」
「待たない。僕のをこんな風にした責任をとってもらうから」
「そんなこと――アんっ!」
 先刻までよりももっと高い水音を立てて接合部へと刺激を与え続けると、司郎のものもまた根本から力強く立ち上がってくる。
 兵部の頬の火照りが羞恥から欲望へと変わる頃には、司郎もまた快感を享受する側へと戻っていた。
「んっ、京介――ぁ、あっ」
 また、名前だ。
「どうしてそんなに、名前ばかり呼ぶの?もっと言っていいんだよ。気持ちいいとか、足りないとか」
 普段は髪に覆われてみえない耳の後ろから首筋をさすりながら、見た目よりも穏やかなさわり心地の長い髪が、芝生の上に広がって落ちているさまを見る。
「いい、けど……足りなくは、ない。てゆーか、いっぱい、京介で、も――う、いっぱいっ……」
「本当に?」
 司郎の屹立を触ると、司郎の腰が悩ましげに動く。逃げようとしながらも離れようとはしない。そして兵部は、貫いた己の欲棒を通じて、司郎の体の中の変化 に気付く。
「あ……きょうす……」
 名前を言おうとして司郎自身が意志の力でそれを止める。確かに名前ばかり呼ばれているのが気になってはいるが、別に嫌だとは言ってないのに。素直にもほ どがある。
「司郎のに触った瞬間、中が締まったよ。もっと欲しい、って言ってるみたいだった」
「ちが、う……」
 快感に翻弄されて涙声になった司郎の反発が、兵部の悪戯心を刺激した。
「じゃあ――」
 抱え上げていた足を戻して、司郎の腰の下に腕を入れ、そのまま引き上げてがっしり手を固定すると、頭をぶつけないように注意しながら後ろへと倒れ込ん だ。
「うわっ!?」
 そうすると二人の体の上下が逆転する。
 貫かれる側の司郎が上で、下になっているのは兵部のほうになった。
「ちょっ……京介!こんな……っ」
 人はこんな時顔だけでなく胸まで真っ赤になるものなのだと兵部は感心する。だから片肘をついて、赤く染まったその胸に、さっきまでのお返しとばかりにキ スをする。
「……ん……ん、ぁ」
 顎を引き歯をくいしばって快感に耐えるさまが兵部の興奮を高めるから、思うがままに胸から喉から脇から、舐め回しては吸いついた。
 しばらくはそれに酔っていた司郎だが、次第に焦れてきてついに口を開く。
「京介、もっと……さっきまでみたいなのが、したい」
「いいよ、しよう」
「でも、これ……俺が、動かなきゃ……」
 野性的な見た目と裏腹の、少女じみたとも言えるほどの恥じらいの高さについ意地悪をしてしまう。
「その通りだよ。だから早く動いて、司郎」
 余裕を見せていても、兵部も実はギリギリだ。誰も見たことのない司郎の顔、だれも聞いたことのない司郎の声。快感に濡れたそれらを独り占めしているの だ。ならば、誰も入ったことのない奥深くを突いて、自分の証を吐き出してしまいたいという自然な欲求が再度生まれてくるのは、特におかしくはない話だ。
「……んっ……」
 真っ赤になりながらも、ゆっくりと腰を動かし始める。そのつたない動きを必死で追っていると、司郎が嬌声ではない声をかけてきた。
「京介、大丈夫……?」
「僕は大丈夫だよ。どうしたの?」
「だって、はじめては痛いって、言うじゃん」
「――げほ、ごほごほっ!」
 ――むせた。盛大に。
「なっ、何言ってんの?痛いのは女の子の初めてだけで、しかも場所が違うよ?」
「場所……?――あっ」
 動きをぴったりと止めると、了知した、という感じで一人、頷く。
 と、それを見ていた兵部と目があって、あわてて元の動きに戻る。
「……別に無理に動かなくてもいいんだぜ」
「う、うるさいなっ。平気だよ、このぐらい」
 口ではそう言っているが、兵部の脇についた司郎の腕がずっと震えたままなのを知っている。
 耐えられないのはこの体勢になのか、あるいはそれによって生まれる快感になのかまでは分からないが。
「辛い?よくない?」
 そう聞いたのは眉間に皺が刻まれているからだった。無理に腰を動かしているようなら無理はしてほしくない。けど。
「悪くないけど、前のほうがいい……」
 真剣な顔でそう言われると、兵部も刺激されて腰を動かし始めた。
「あっ!んっ、あ、あん」
 さっきまでとは明らかに違う声。トーンの高い嬌声はかつてない快感を感じていることを表していた。
 つられて体を起こして抱き寄せて、二人ともが正面から向き合った形のまま快感を与え続ける。さっき見つけたばかりの場所へと。
「ここ?ここがいいの?」
「――っん、っ――」
 しかしこの反応だけでは堪えているのか頷いているのか分からない。だからわざと小刻みにその部分だけを突くと、司郎の先走りが滴り落ちてくる。
「んぁ、ぁア……ふ、ンっ」
 その体がすっかり快感に染まっているのは兵部の目から見ても明らかだった。司郎本人も耐えきれずに腰を揺らしている。
 自分の子供なのに、貫いて、喘がせて。ひょっとしたらものすごい罪を犯しているのかもしれないという背徳が兵部を襲ってきた。――が。
「アア、あ、あっ!駄目……京介、だめっ」
「どうして?」
 言われている間も体を揺することは止めない。司郎も、兵部もだ。
「感じ、すぎて、気持ちよすぎ、で、おかしく……なるっ!」
「おかしくなりなよ、司郎」
 言い放つと更に強く更に奥へと自らの杭を撃ち込み、突き上げる。愛しの我が子へと。
「やっ、だめ、気持ち、よすぎる……京介、いや、ぁっ――!」
 兵部自身もそれは感じていた。互いに悦楽が過ぎてやしないか、と。けれど司郎の反応を見ているとどうにも我慢がきかない。
 動きの強さはそのままにぐい、と引きよせて唇にキスをすると――
「ぁ、ん――んんっ!きょ、う……すけっ」
 背から腰までを仰け反らせて、内側が急に締め付けてくる。
「ぅあっ…!」
 急激な刺激に、自分を失って解き放ちそうになる自分を堪えようとしたが。
「んぁア、ん、京介――アァああ!」
 ひときわ甲高い声とともに、司郎の熱い液が下腹部から胸のあたりまで飛び散ったのを確認すると、兵部もまた二度目の絶頂に身を委ねた。

 草いきれの匂いが強い。全てが終わってから、司郎は改めてそう思う。
「ねぇ司郎、君、ひょっとして僕のことすごく好きなの?」
 裸のまま互いの体を抱き寄せあいながら、芝生の上で柔らかいキスや触れるだけの口づけを重ねていると、兵部が唐突にそう訊ねてきた。
「なっ、な、何をっ!」
 思わず体を離してしまいそうになるが、少しムッとした顔で抱き返されて動けなくなる。今や真正面に兵部の顔があった。
「だって何回も僕の名前呼んでたぜ?」
「それは…その……」
 好き、どころではない。でなければこんなことは絶対にしないし。たった今、今日初めてのキスの相手が、生涯最後のキスの相手になるようにと願っていると ころにそんな言葉をかけられては、冷静でなどいられない。
「そう……かもしれないけど……」
 でも許されないことだ――唐突に頭に浮かんだ一言に、司郎は硬直してしまう。
「――司郎?」
 ハッとしながらもまた改めて閉じた心の扉を厳重に封印する。
 だって自分たちは父子だったはずだ。なのに、こんな。
「……シカトかい?なら質問するけどさ――」
 司郎は自分の中の悔悟に夢中で、兵部の声はうつろにしか聞こえていなかった。当然、その目が悪戯っぽく光っている様も気付かなかった。
「――気持ちよかった?」
「それは勿論そうだけど」
「ふーーん」
 イエスかノーかの簡単な質問なら、簡単に答えられる。
 なのにこんな。何故こんなことになったのか、これはどう答えても許されることはないのではないか、と思うと世界の全てが遠くなる。兵部の声もどこか水の 膜の向こうのようにくぐもって、よく聞こえない。
 だから、思考を遮るように兵部から不意打ちのキスをされて、思わず仰け反ってしまう。
「うわっ!?」
「なんか余計なこと考えてたでしょ」
 じろりと上目遣いに見られて、表情から全てを読まれていることを感じる。かくなる上はと素直に懺悔することにした。
「……よかったのかわからないんだ。京介とこんなことして、親子の、はず、だったのに――」
「人の心は変わるものなんだよ、司郎」
「でもこんなの、きっと許されない」
 後ろ向きな兵部の言葉に反発を覚えて声を荒げると、その形の良い眉が寄せられて、睫毛の先に月の光が乗る美しい風景を台無しにしてしまっている。そうさ せたのは自分なのだけれど。
「許すって、誰がさ」
「え?」
 怒号ではなく質問で返されて、その内容にも驚いて、声が出せない。
 誰に許されたいのか?と訊かれると――答えられない。
「僕が許してるから、司郎はそれでいいんだよ」
 その傲慢にも聞こえる言葉が何よりの許しであり、幸福だった。
 当事者同士でない他の何者にも赦しを乞うことはないのだと思えることは、この想いを封じなくても良いと言われるに等しかった。
「――ありがとう、京介……」
 兵部の細い銀色の髪に顔を埋めると、ゆっくりと瞳を閉じた。

「……知らない間に寝てしまった、のか」
 月の位置も大分変わったようなので、けっこうな時間を眠りに費やしていたらしい。
 遠くの焚き火はとうに消えていて、残りにけっこうな量の灰が積もっている。何故かそれを司郎に見られたくなくて、積もった灰をテレポートで川へ流して やったところで司郎が目覚める。
「……あれ……?」
 寝起きは悪くないはずの彼が不可思議そうな顔をしている。
「――京介」
 開口一番、また自分の名前を呼ばれる。呆れるを通り越して感動の域だ。もちろん、悪い気はしていないが。
「起きたね。ツリーハウスに戻らないと」
 目線で互いの服の位置を把握しようとするが、転々と分散してしまっていて全ては把握できない。
「あ、うん、その……おはよう、京、介」
 思いっきりぎくしゃくしている司郎に少し現実を教えてやるために軽くキスをする。
「朝じゃないんだから、おはようは変……」
 言葉の途中で、目が覚めて以来ぽかんとしていたはずの司郎に急に抱きしめられた。
「なに、司郎」
「……夢じゃなかったんだって、思って」
 それきり口をつぐんでしまったその背中に手を回して力を込めた。
 嘘なんかじゃない。夢でもない。現実だ。
 そしてその現実は、いずれ二人を試すような方法で襲いかかってくるだろう。
 だから告げた。
「ねえもし、僕がまたバベルに捕まって、しばらく君から離れても――」
 その言葉にびくん、と司郎の肩が跳ねた。
「そんなの、嫌だ」
「仮定の話だよ」
 いきり立った司郎を兵部が手のひらを押しつけるような仕草で宥める。兵部は今までもたしかに何度か捕まっている。そのつど脱走してくるが、脱走できない 状況に追い込まれることはありうることなのだ。そんなことは考えるのも嫌だ、と思ってもらえるのは喜ぶべきことなのかもしれないが、だが現実と向き合わな ければ求める未来は掴めない。
「最後まで聞いて。……もしもそんなふうに離ればなれになっても、君は待っていてくれるかい?」
「どのくらい待つの」
「さあ。一年か、五年か、あるいは十年か」
「待つよ」
 司郎はきっぱりと答えた。が、一度瞑目すると再度睨みつけながら告げる。
「京介が戻ってくるって約束したんならいくらでも待つ。でもその間、京介も待っててくれなきゃ嫌だ」
 熱い目で見つめられて、一瞬だけそれに見とれるが、京介はいつものペースを取り戻して言う。
「わかった、そこはフェアに行こう。君が待っててくれている限り、僕も君を待つって約束するよ。――それでいい?」
 互いに待つと決めた、ということは、離れていても同じ想いを抱いているということではないか。
「うん」
 それはすでに|約束をした間柄≪エンゲージ≫なのかもしれない。
 そう想像するだけで、兵部は不思議と自分の心が軽くなることを知った。だから自分からも約束を取り付けることにする。
「もし離れた時は、戻ってきたらまたキスマークつけてね」
「うん」
「キスもするんだよ」
「う、うん」
「何万回もね」
「……うん」
 最後には頷いたまま俯いて髪の毛に隠れてしまった顔はどんな表情なのか分からない。でも耳は赤く染まっている。
 本当に純情すぎて、なんだか、十年くらいなら今の心のままで待っていそうな気がしてきた。それはつい昨日までの自分だったら、ありえないね、と鼻で笑う ような思考なのに。
 この子なら実現してしまいしそうな、そんな甘い予感がした。


                                             <終>
 




   ■あとがき■

 はい!兵部×真木です。
 逆カプのため封印していたのですが、今回真木受けイラストの雄、元FreeFallの管理人様であらせられるところの小塚様が挿絵を描いてく ださる!という奇跡が起きましたのでこうして皆様に披露させていただくことになりました!
 もうね、イラストが美しい。美しすぎて私の駄文にこんなにきらめいたイラストを添えさせていただいてもう恐悦至極で、そして至福です。
 小塚さま、本当にありがとうございました!

  さて私のほうのあとがき。
 すいませんすでに真木×兵部で16才真木がやったのかやってないのか分からなくて慌てる、というネタをやっ てしまったので、完全パラレルでwあえて京介少年と司郎少年であることにこだわって名称変えているのはそのへんです。
 タイトルは「ASH and SNOW」より。ちなみにこれ、大麻を指す隠語らしい。そうですね、兵部真木というカップリング自体が既に大麻でラリった状態ととらえていただけると、 ちょうど「it was all a dream !」って感じでいいかもしれません。にやり。



       written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2010.04.23校了 05.05掲載