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亡霊桜 
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 僕自身は、桜というものをそれほど好きにはなれないのだけれど――。

 ひとりテレポートを繰り返してたどり着いたのは、山奥の別荘。
 夜の蕾見男爵邸。ここには古い思い出が宿っている。
「ああ、あった」
 樹齢は軽く百年を越える山桜の大樹が裏庭に植わっている。呼ばれるように、僕は毎年それを見に来る。
 いつからか、隣の藤棚の藤の幹がその木に絡まり、拘束するように元の木を越える成長を果たし、桜の木は大きく傾いでしまっている。
 それでも花をつけているのは見事というべきか、思い切りが悪いと言うべきか。
「不二子さんも思い切りの悪い人だからなあ……」
 この屋敷の主人の女性のことを思い出して少し笑う。
 |女王≪クイーン≫の誕生は止められない運命なのに、愛の力が全てを救うと信じている。時代は普通人と超能力者の戦争へと流れ、目の前の大樹に絡まる宿 木のように浸食し、末は大本の木をも倒そうとしているのに。
「やどりきと思ひ出でずは、木のもとの旅寝もいかにさびしからまし……源氏物語、薫、か」
 まだこの屋敷で姉弟だった頃。自分は時代という木に宿っていた。それが普通だと思っていた。
 居場所が無くなったらどうなるかなんて想像もせずに。
 だから今でもこれほど薫――|女王≪クイーン≫を欲しがるのかもしれない。焦がれる程に。

 風が一陣吹くと、桜が舞う。亡霊の声が聞こえる。
『出陣だ、君たち』
 あの日々、花弁と凱歌とに彩られて戦地へと見送られた超能力者達。
 誇らしい顔、心は祖国を守るという喜びに満ちて。自分もその中の一人だった。
 そして生き残ったのは――。

 今は忘却の彼方へと葬り去られてしまった、二度と逢えない人々のことを、僕とこの屋敷の主人だけは生涯忘れないだろう。

 体にまとわりつく夜風が冷たい。そろそろ船に戻った方が良いだろう。
 桜の木と宿り木とに別れを告げて、僕は空席の玉座の待つ船へと思いを馳せる。
 夜の桜はぼんやりと白いシルエットを浮かべていたが、跳躍を繰り返すとあっという間に見えなくなってしまった。儚いほどに。
 ああそうだ。その儚さ故に。

 ――僕はどうしても、桜というものを好きになれないのだ――。



                                      <終>



   ■あとがき■

  2/22日更新ですが猫ともにゃんにゃんともまったく関係なく、桜の季節のお話です。兵部さんと不二子さんはコンビ組むと最強姉弟すぎてさぷりとかでたま に大爆笑しますが、せつない思い出ももう供給できる仲間はいないんだな、とかいうことを考えて書いていました。

                   written by Yokoyama(kari) of hyoubutter 2011.02.22